超越的な存在
リリアが倒れてから、一ヶ月の時が過ぎた。
その間にも、リリアは着実に復帰へと向かっていく。
一週間程で、リリアは立ち上がり、話せるようになった。
二週間程で、一人で大概のことはできるようになった。
しかし、一ヶ月をかけても復帰していないものがある。
それは……
「ねえ、リリア」
リリアの自室の扉を開け、メイド服姿のセシルが訪れる。
少し心配そうな声で、セシルは呼びかけていた。
「………」
部屋の扉を開けた瞬間、セシルは話すのを止めた。
部屋には、リリアとセレニアの姿があった。
自らのベッドの縁に、セレニアを座らせ、その一定間隔の先にリリアは机の椅子を置き座っている。
今では、セレニアも子供用のドレスをまとい、小さいながらも気品がある。
一見すれば、リリアがセレニアになにかのお話をしている家族睦まじい光景だが、どこか違う。
こういった状態の時。
セレニアに対して、リリアは魔力体として培ってきた種族としての教えを説いている。
「魔力体と人とでは、大きく個体差があります。魔力体にしかできぬこと、人には不可能なことを熟知し、心がける必要がこの世界にはあるのです」
「………」
リリアの語りに、セレニアはなんの反応もしない。
互いを見やる以外のことをしない。
頷きも相槌も理解したような反応もなく、瞬きもしない。
語っているリリアも反応がどこかおかしい。
人らしさの希薄さが窺える。
本当に、人と人ではなく。
魔力と魔力がそこにあると言える。
セシルはこの雰囲気が怖くて、リリアが教えを説いている時は近づきたくない。
「あっ、お母様」
セレニアがセシルに気づき、屈託のない笑顔で呼びかける。
先程とはまるで正反対の快活な女の子がそこにいた。
「セ、セシルさん? なぜ、そこへ? 一度、呼びかけて頂ければ良かったのに……」
少し恥ずかしげに、リリアは語る。
意識を集中し過ぎていたのか、リリアはセシルに気づかなかった。
リリアは他の誰かに自らの教えを説く際の様子を見られるのが好きではない。
例えそれが、セシルであっても。
「私は普通に呼びかけたのよ?」
「そうでしたか?」
惚けたような反応をする。
「はいはい、セレニアちゃーん」
リリアの反応などお構いなしに、セシルはベッドに座るセレニアに近づく。
そのあとで、セシルはセレニアを抱き上げ、頬を寄せた。
「とっても可愛いねえ、誰に似たのかなあ? やっぱり……セシルちゃんなのかな~?」
「リリアお母様です」
「そんな風に言っちゃう子に、育てた覚えがあります」
ちらっちらっと、セシルはリリアを見る。
「………」
面倒だなあと、リリアは思っている。
「セシルさんにも、よく似ていますよ」
「うん、知っていた。だって、この私と貴方の子ですからねえ」
とても鼻高々に話している。
この流れをセシルは一日に一回は必ずやっていた。
「それでね、セレニアちゃん。ちょっと、リリアとお話したいことがあるから、おじいちゃんのところに行ってほしいの」
「はい、おじいちゃんのところに行きます!」
セレニアは特に問題なく、空間転移を発動させる。
一瞬で、セシルの腕の中からセレニアは姿を消した。
行く先は、エアルドフのもと。
産まれてから、わずかに一月。
セレニアは特に誰からも教わることなく、一通りの能力が扱えた。
「さてと」
セシルも空間転移を発動させる。
リリアの机の上に、ノートパソコンが出現した。
「リリアに……見てもらいたいものがあるの」
「私にですか?」
「本当はもっと前に、リリアに見せようと思っていたの。でも、これを本当に貴方に見せていいのか、心配で……」
話している間、セシルの目線がリリアとは別の方へ行く。
自然な流れで、リリアも視線を移した。
リリアの机の上にある卓上カレンダーをセシルは見ていた。
「日付が気になりますか?」
「ちょっと待ってね」
セシルはリリアの机まで歩いていき、ノートパソコンを操作する。
とある動画サイトが画面に表示された。
「私に動画を見せたいと?」
「その通りなのよ」
操作を続けて、とある動画を検索する。
動画タイトルは、対談 第15回。
その動画は一ヶ月前に投稿されていた。
動画自体は大体1時間で、テレビ番組をアップロードしたもの。
番組が始まり、まず司会とコメンテーターの紹介が行われる。
番組が作られた世界の名立たる者たちが出演しており、とても豪華な雰囲気があった。
各々がスタジオ内の長テーブルの椅子に座っていく。
最後に、見覚えのある人物が映った。
「デミス?」
ぽつりと、リリアは語る。
動画内では、司会に紹介されながらデミスが現れる。
いつものパラディンとしての軽装ではなく、司祭としての格好をしていた。
デミスは他の出演者と同じ長テーブルの椅子には座らない。
小さな丸いテーブルを挟み、両側に置かれた椅子の片方に腰かける。
デミスは終始笑顔で温和な雰囲気が窺えた。
誰かと対談する様子を眺める番組のようだが、もう片方の椅子には誰もいない。
「どうして、テレビ番組なんかにデミスは出演しているのでしょうか?」
リリアは全くテレビ番組が好きではない。
「ええ、そうなのよ」
セシルの表情は明らかに引きつっている。
普通に話の内容が噛み合っていなかった。
内容が内容だったせいか、セシルはリリアに見せるべきか悩んでいた。
「では、本日の出演者の方をお呼びしましょうか。スター興行の社長、ハインツさんです。どうぞ」
動画内では進行が進み、デミスは柔らかな口調で、手のひらを誰もいない椅子側に向ける。
次の瞬間、何者かが椅子に座った状態で現れる。
さも当然のように空間転移を発動して、その場に出現させられていた。
「えっ……」
椅子に座っていた者は、ハインツ社長だった。
見てくれは、30代のスーツを着た紳士的な感じの男性。
突然の空間転移により、驚き固まっている。
出演させられているが先方にはなんの説明もないアポなし。
ハインツ側には全く事情を知らせていない。
デミスが番組内で会いたい者を勝手にセレクトしている。
「えっ……」
ハインツと同じように、司会・コメンテーターも似た反応をしている。
デミス以外の出演者は事前になにも知らされていない。
「ようこそ、ハインツ社長。貴方は、どんな悪いことをしたんだい?」
親しげに、それでいて手短にデミスは聞く。
「ここは、どこなんだ! お前は、デミスか……?」
目の前にいるのが、デミスだと理解してしまったハインツの表情は鬼気迫るものへと変わる。
この世界では、すでにこの展開が14回も放送されているのだから。
「ああ、そうだ。知っていてくれて嬉しいよ。貴方は、どんな悪いことをしたんだい?」
デミスの問いかけは変わらない。
番組内では、デミスの質問に正確に答えなくては話が進まない。
「オレは……なにもしていない、なにも知らない」
「そうか、次の出演者の方にも出て頂こう」
終始笑顔でデミスは話も聞かず、再び空間転移を発動する。
次に出現したのは、明らかに柄の悪そうな男性。
その人物がハインツの座る椅子の近くに立っていた。
「うわっ……!」
ハインツは急に人が現れたことに驚いたが、男性の顔を見て、さらに鬼気迫る表情へと変化した。
最早動揺を隠せず、体温の上昇から汗が止まらない。
その男性はハインツとともに悪事に加担した者だった。
強制的に出演させられた者がわずかにでも往生際が悪いと、デミスは淡々と共犯者を空間転移でスタジオ入りさせる。
こちらも当然ながら、誰一人としてアポなし。
とにかく終始ずっとデミスの独壇場であり、招かれた司会・コメンテーターはただただ様子を見守っている。
最初からずっと異次元の展開が繰り広げられているため、誰もが話に混ざれない。
「随分、共犯者がいたんだな。貴方たちのしたことだが……」
それから、デミスは本人たちしか知り得ない情報などを簡潔に語っていく。
デミスが語っている間、次々とスタジオ内にこの世界の警察に該当する組織の者たちが入ってくる。
デミスの番組に強制的に出演させられた者らは逮捕され、死罪が確定。
法律などの観点ではなく、柵や縛りを度外視したデミスの観点からであり、元々そうならざるを得ない者たちしか出演しない。
デミスが本人しか知り得ない内容を次々と語れたのは。
未来予知の一つ、シナリオという能力を発動しているからである。
通常ならシナリオで確認した内容を口にした瞬間に、確認した内容を忘れてしまう。
しかも見られる内容は相手の未来と、自分の過去であり、通常なら相手の手口など分からない。
これは、シナリオ使用者本人を守るためである。
元々シナリオは夥しく魔力を消費する禁忌の能力。
普通なら一発で魔力切れとなり死の危険があるため、確認した状態を記憶としてストックし維持するのは他の者に知らせた時までと決まっている。
なので、内容を口外してしまえば魔力切れ近くになっており、見た記憶もなくすのは激しく魔力を消費してしまった結果があったから。
しかし、デミスは違う。
デミスはあの魔力邂逅R・ノールに並び立つ程の存在。
魔導人であり、完全無欠のデミスは魔力切れなどならない。
他の者なら一気に魔力を消費して、シナリオの継続が不可能になる状況でも、デミスにとっては今でも大したことがない。
デミスが見ているシナリオの内容は、自らがもしもこの悪党たちとともに行動をしていた場合の、過去の自分。
それはもしもに過ぎないが、紛れもなく当たっているため、口頭でのデミスの説明だけで彼らは全て逮捕される。
「なんなのでしょうか、これは……こんなことあり得ませんし、起こり得ません」
番組内容を見ながら、リリアは絶句していた。
状況がめちゃくちゃである。
デミスは淡々と犯罪者を強制的に呼び出し、悪事を語り、警察としての組織が逮捕していく。
このような状況が構築されるはずがなく、なによりもこの場にいる全ての者がデミスを除き、魔力を持たず、魔法の存在も知り得ない普通の一般人なのだ。
その状況の者たちが、不可思議な状況を高速理解した上で、狂言とも取れるデミスの発言を即応理解し、犯罪者を捕らえるなどあってはならない。
「でも、それが簡単にできる人たちがいるの。R一族たちよ」
リリアの言葉に、セシルが語る。
セシルが語るように、実際にデミスの行動をR一族たちおよび総世界政府クロノスがフォローしている。
なぜならば、このデミスの行動に対して言葉にも言い表せない程の著しい危機感を抱いたからである。
どう考えても不可思議な途轍もない状況が、テレビ番組内で展開されている。
能力者ならば空間転移などの能力を理解でき、デミスがかなりヤバい能力者だとも分かる。
しかしながら、これは普通のテレビ番組である。
魔力も持たず、そもそもそういった能力があるだなどと知るはずのない一般の者たちにまで見られてしまう。
こんな状況を創り上げてしまうこと自体が総世界法違反であり、即処罰の対象。
なのだが、処罰の対象とされたとして、一体誰がデミスを対処するというのか。
デミスはあの魔力邂逅R・ノールに並び立つレベル22万の能力者。
あまりにも格も次元も違い過ぎるため、デミスが正義を主とした行動を取る間はあえてフリーハンドにさせる対策を取った。
それによって、できた対策がデミス法。
デミスが見抜いた悪事は例え口頭での言葉だけであろうと証拠として処理される法律。
そして、デミスを“絶対に番組に映してはならない存在”から、“そういうことができる特別だけど普通の人”だとスキル・ポテンシャル権利により、能力者ではない視聴者や番組を知る者たちは認識を変えられている。
これの効果対象範囲は総世界全体と大規模なものとなり、R・ノールが終戦へと導いた第一次広域総世界戦後初めてのこと。
R・ノールが総世界規模のスキル・ポテンシャル権利を使用した場合は殺すと公言していたが、もう四の五の言っていられない状況となり、示し合わせもなくほぼ同時タイミングでR・クァール、R・タルワールは権利を使用した。