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一族の楔  作者: AGEHA
第三章 人対魔力体
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我が子

デミスが総世界を見て回り始めてから、一月の期間が過ぎ去った。


その間、リリアたちにも様々なできごとがあった。


リリア・セシルの結婚。


式は、エアルドフの提案でなんと三日も続いた。


エアルドフ王国でも最も名高き仕立て屋ジスに、リリア自らオーダーしたウェディングドレス。


ジスにとっても、マスターピースとされる美しいドレスに身を包んだリリア・セシルは多くの人々から祝福された。


リリア・セシルが女性同士であっても誰一人それにはふれず、当たり前のように認められる。


その時の心境を、リリアはこう述懐していた。


「なぜ、皆さんはジスを知っているのですか? 最も名高き仕立て屋とは一体……? それに私とセシルさんの関係について、なぜ誰もふれないのですか? 流石は、R・クァール・コミューンですわね……」と。


エアルドフ王国の領民たちは、あの美しき姫が冗談も上手くなったのだと、リリアにより好印象を抱いた。


結婚後、リリアは人が変わったように過ごした。


毎日飽きることなく行っていた日々の鍛錬や魔力流動などの修行の一切を止めた。


つまりは、ノール流を捨てた。


以前と同じく学者のロイド先生とともに勉学を熟すようになり。


知見を広めるため、領民たちが望むものをよく知ろうと、セシルとともに街へ出向く回数が増えた。


R・クァールが発動したスキル・ポテンシャル権利による認識だけではなく。


人々から本当に自らがより良い姫として見られるように。


デミスとの戦いに勝利してから、リリアは自らを省みるようになった。


今までの自分と、これからの自分。


それは、異なるもの。


命を懸けてでも達成せねばならなかったデミスの討伐が終わってしまえば、これ以上を己のみの武にこだわる必要がない。


これからの人生をエアルドフ王国で、今のこの世界だけで過ごそうと考えていた。





早朝の八時。


気怠そうに、リリアは目を開く。


紫色の天外が見えた。


この時間帯になっても、リリアは自らのベッドに寝ていた。


普段のリリアなら早朝五時には起きているはず。


一週間程度前から、リリアの行動力が落ちている。


「もう、いつまで寝ているの?」


リリアの自室の扉が外側から開く。


扉をノックするなどの対応もせずに入ってくるメイド姿の者がいた。


リリア専属メイドとして働くセシルだった。


今ではセシルは、リリアの妻となっている。


王族の一人となり、決してメイドになれる身分ではない。


メイド服を着る必要はないが、セシルは好んで着ていた。


「ああもう。やっぱり、まだ寝ていたのね」


若干怒った様子で、セシルはリリアの眠るベッドまで歩んでいく。


まず、セシルはリリアが起きやすいようにベッド脇に靴を揃えてあげた。


それから、リリアの机の椅子を座りやすいよう、ベッド側に向きを変え。


ワードローブの戸を開き、その足で部屋のカーテンを開けていった。


窓の一つは、喚起のため開けてもいた。


「さあ、もう朝よ。起きなさい」


支度を終えてからセシルは、リリアのベッドまで戻り、毛布を半分まで捲る。


「………」


シルクのパジャマをまとうリリアは仰向けの状態から身体を横向きにして体勢を変える。


毛布を捲られても起きる気配がない。


「全くもう」


セシルはリリアの脇下辺りに右腕を差し込み、抱き込む形で上半身を起こさせた。


「おはようございます……」


仕方なさそうに、リリアは声を発した。


魔力体のリリアは別に睡眠を取る必要がなく、実際に寝ているわけではない。


「ほら。いつまでもベッドにいないで、さっさと起きる」


ベッドから引きずり出し、リリアをベッドに座らせると靴を履かせる。


「とりあえず、座って」


先に机の椅子まで歩み、セシルは椅子の背もたれに手を置いた。


「ええ……」


どこか、ふらふらとした足取りでリリアは椅子に腰かける。


問題なく座れたのを確認したセシルは、リリアが好きな紫色のドレスを一着ワードローブから取り出す。


「リリアのドレスはどれも素敵ね。今日はこれを着ましょうか。さあ、着替えるから脱いで」


「………」


ゆっくりと、リリアは立ち上がり、シルクのパジャマを脱いでいく。


ここ一週間程度、リリアは毎日こんな感じ。


起きてからも勉学もせず、誰かに好んで会いに行くこともしない。


魔力体であるため食事は不要なのだが、リリアは毎日なにかを食べる習慣があった。


それもしなくなった。


本当に、リリアは自室にいるだけといっても過言ではない日々を送っている。


この一週間に、セシルは強い危機感を抱いていた。


今までの強気で明るいリリアが、ここまでの状態になったのが考えられない。


なにかしらの理由があると思うが、リリアはなにも理由を語らない。


セシルが心配しているように。


実際のところ、リリアにも原因が分からないでいた。


しかし、その時も終わりが来た。


「あっ」


紫色のドレスを着せてもらった後。


リリアは少しだけ驚いた声を出す。


「なにかあったの、リリア?」


「セシルさん、私の肩に手を」


「どういうこと?」


言われた通り、セシルはリリアの肩に右手を置こうとする。


すると、そこに空間があるかのように手が、リリアの肩の部分へ入っていく。


「えっ……?」


驚いて、セシルは手を引き、自らの右手を眺める。


別に手も、リリアの肩も変化がない。


「どうしましたか?」


不思議そうに、リリアが聞く。


「今ね、リリアの肩に私の手が入って……」


「私は魔力体ですよ。身体の至るところに、魔力の空間を作り出すことができます」


「そうなの? そういえば、前もそんなこと言っていたわね」


「今度は両手で抱き抱える形で手を入れてくれませんか?」


「ええ?」


なにを意味しているのか、セシルには分からないがなにかを掴む形で手を入れていく。


「あっ……」


なにがあるのか、手を入れてすぐに気づいた。


両手で抱き抱える所作に切り替わり、リリアの肩からセシルは手を抜いていく。


セシルの両手には。


独特な模様の炎人衣装をまとった、赤い髪、赤い瞳の女の子があった。


女の子の見た目は、2才児程度。


リリアの顔を見てから、自らを抱き抱えているセシルを見上げている。


この女の子は、リリア・セシルの娘。


魔力体の出産方法は、人とは大きく異なる。


へそのうで繋がっておらず、産まれたばかりなのに子供の年令的な見た目が人と異なる。


体内の魔力による空間から取り上げる行為から、魔力体の出産方法を取出産(しゅしゅっさん)という。


「もしかして、この子が私たちの……」


セシルは大事そうに抱き抱え、娘の頭に自らの頬を寄せる。


自らの腕にかかる重さと、炎人の魔力体特有の温かさからセシルはとても愛しさを感じていた。


「………」


リリアはなにも答えない。


自然とリリアの身体が背後へと傾き、ドサッと音を立てて倒れた。


受け身を全く取らない倒れ方をしていた。


「リリア……?」


視線を床に倒れたリリアへ移す。


リリアは目だけをゆっくりと動かしている。


自らの身に起きたことが、リリア本人にも理解できていない。


「ねえ、リリア……」


しゃがみ込み、セシルはリリアの傍らに行く。


徐々に、リリアから水蒸気状のような煙が立ち上る。


魔力体の死の兆候である分解が起きていた。


口元をわずかにリリアは動かす。


しかし、声が出せない。


リリアは娘を見つめてから、セシルへ視線を移す。


セシルをじっと見つめた。


後のことは頼むと、目で訴えかけていた。


「えっ、嘘、リリア……」


片腕で娘を抱いたまま、セシルはリリアの手を握る。


魔力体特有の軽さを感じた。


手は握り返されない。


自分にはもうどうしようもない事態に、セシルは呆然としている。


リリアが消えようとしているのを、ただ見つめていた。


「ママ……」


セシルに抱かれた娘がリリアの方に手を伸ばして、リリアを呼ぶ。


状況が状況であり、セシルは全く気づいていない。


「リリア!」


部屋の扉が大きく開かれる。


とても急いだ様子で、エアルドフが部屋に入ってきた。


「いかん!」


一目見て即座に状況を理解したエアルドフはリリアに向かって飛びかかる。


リリアの上半身に横這いになったエアルドフ。


まるで、フォールでもかけようとする勢いがあった。


徐々にエアルドフの恰幅の良い体格が細くなり、年相応と思えた見た目も若返り始める。


魔力操作によって、エアルドフは今までの太目で年を取った外見にしていた。


それがままならない程、リリアに自らの魔力を分け与えている証拠。


「お姉様!」


間を置いて、レトも部屋にやってきた。


同じくレトも状況を理解したのか、リリアのもとまで行き、リリアの顔に両手を押しつける。


リリアに魔力を全力で分け与え始めていた。


ここでようやくリリアから分解の兆しとなっていた水蒸気のような煙が消える。


「止まったか……よく頑張ったな、リリア」


明らかに疲労感が窺える顔で、エアルドフは語った。


ふらふらと立ち上がり、それからリリアの隣に座る。


「………」


レトはなにも話せない程、疲労の色が見えた。


ゆっくりと、リリアの傍に横たわった。


リリアの身に起きた事態は、取出産による弊害。


娘に対して魔力量を大幅に分け与えていたことが原因となった。


本来の適齢期ではなく、外法により子を宿したリリアは取出産に対する認識が足らなかったのだ。


自らの魔力による身体を人型に維持するため、魔力体の体内では常時魔力流動が行われている。


これは人の心臓の鼓動と同じく、自らの意思により意図的に起こせるものではない。


なので、リリアは意図的に起こす、つまりは戦闘時などに魔力流動によって攻撃力を、防御力を高める方法が最初できなかった。


そちらは訓練を経て、初めてできるようになるもの。


そうした訓練から作り上げられた全身に魔力を通す魔力流動のルート。


リリアが産まれた頃から存在していた魔力流動のルート。


それが娘を取出産により取り除かれた結果、完全にリリアの魔力の流れが破綻した。


リリアは娘を育てた魔力の空間を早い段階で切り離さなくてはならなかった。


今回リリアが命を繋いだのは、エアルドフとレトがいち早く駆けつけてくれた結果。


単に運が良かったに過ぎない。


「………」


リリアは目線をエアルドフに移し、口元をわずかに動かす。


「どうしたんだい、リリア?」


エアルドフは優しく頬笑みかける。


「………」


リリアの目元から涙が零れる。


声も出せず、指一本すら身体を動かせない。


「なにも心配することはない」


エアルドフがリリアの頭を撫でる。


「時期に魔力が復帰し、リリアも動けるようになる。それまでは我慢をしようね」


「リリア……」


セシルもリリアの傍らに行き、リリアの胸に娘を乗せる。


「貴方と私の子よ……抱きしめてあげて……」


「動けないんだよ、セシルさん」


エアルドフがそう語っても、セシルはリリアに娘を抱かせようとする。


矢継ぎ早に様々なことが起きて、セシルは気が動転している。


声が聞こえていても、内容が分からない。


「ママ……」


娘の方から、リリアを抱き締める。


「凄い、この子。もうしゃべっている……神童とはこういうことを言うのね」


「セシルさん、普通のことだよ」


ぽつりとささやいた言葉を、エアルドフは否定する。


魔力体にとって、産まれたばかりで話せるのは至極当たり前のこと。


なんなら自らの力で動けるし思考も働かせられる上に魔法も扱え、一人でも特に不自由なく生きていける。


産まれた時点で人とは次元が違う。


「セシルさん、すまない。今、私とレトは動くことができない。私たちに代わって、リリアをベッドに寝かせてくれないか?」


「………」


悲しげな表情で、セシルはエアルドフの顔を見つめる。


「ああ、エアルドフさん。リリアと私の子よ。貴方も抱きしめてあげて」


ひょいと、リリアの胸に置いていた娘をエアルドフに渡す。


「よく頑張ったね、リリアもセシルさんも。この子の名前はもう決めてあるのかい?」


孫を抱き締めながら、エアルドフは嬉しそうに頬笑む。


セシルの精神状態を考慮して、今の全ての状況を後回しにした。


「私には分からない。なにも分からないの……リリアも話せないから……」


「セレニア」


「えっ」


娘が言葉を発したため、セシルが娘の顔を覗き込む。


「私は、セレニア。ママ」


「そうなのよ、私がお母さん」


意気揚々とセシルは語り出す。


セレニアの言葉にようやくセシルの心が安定し始めた。


「なるほど、セシルさんで始まり、リリアで終わる名前か。とても良い子に育つだろう」






この日から、リリアは生活の一切をセシルに頼ることとなった。


元々リリアのためになにかをするのが好きなセシルは日々の対応を熟していく。


セレニアに関しては、リリアを育てたエアルドフの方に理解力があり、役割を分担してもらった。


我が子の成長も気になるが、リリアの体調も心配なセシルはこの協力が本当に心強かった。

登場人物紹介


セレニア(年令0才、85cm、はきはきした性格、炎人の魔力体。リリア、セシルの娘。年令は0才だが、リリアの魔力を受け継いでおり、またノールである期間の魔力も経験していることから凄まじいポテンシャルを有している)

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