家族と友人
「……それで私たちは、セシルさんの傍ではなく見覚えのない石像の後ろへ」
ここで、リリアの回想が終わる。
「石像……とは?」
なにやら嫌な予感がしたエアルドフが即座に尋ねた。
「私を模ったと思われる見覚えのない石像ですわ?」
「そうか……」
エアルドフはがっくりと肩を落とす。
リリアの生誕20周年を記念して造らせたのに、肝心のリリア本人が全く認識していない。
そもそもその時は、リリアに自らの生い立ちや存在についてを把握させぬようにしていた頃でもあり、あえてエアルドフも伝えていなかった。
それどころか、エアルドフの脳内ストーリーでは。
お淑やかに庭園を散歩していたリリアが自らを模った石像にすぐさま気づき、父親に感銘を受け泣いて喜ぶと思っていた。
とにかくエアルドフはリリアに甘い。
リリアに対して絶対に起こり得ないことを前提に考える節がエアルドフにはあった。
「皆さん、料理を頼みますよ」
気を取り直そうと、エアルドフは食堂内のメイドたちに話を振った。
エアルドフの命によって、メイドたちは料理をリリアたちのもとへ配膳していく。
「そういえば」
リリアは、デミスの方を見る。
「貴方の流派はどのようなものですか? 私は、ノール流という流派です」
「ノール流? そうか、あの魔力邂逅R・ノールが開祖の流派だな? 良き流派だ」
「それで、流派は?」
「このオレにそういったものはないよ」
「私を馬鹿にしているのですか?」
普通にリリアはイライラしている。
強過ぎるがゆえに誰にも頼らず生きてきたという発想のもとで話している気がして腹が立っている。
「そうではないよ、リリアさん。このオレに様々な流派の様々な者たちが、己の技の粋を、技術を、奥義を、戦いを通して教えてくれた。だから、オレに決まった流派はない」
つまり、デミスの言いたいこととは。
戦いは全てが修行であり、端から誰もが敵も味方もない。
この認識を、デミスとの戦いの際にノールは察するに至った。
「一つ、良いか。リリアさん」
「えっ? ええ」
デミスに決まりきった流派がないとはいえ。
それでもなお、あまりにも強過ぎた事実から鍛錬法などを聞き出したかったが、話が流れてしまった。
「今後に置いても誤解をされたままでは、よろしくない。契約についてを……この国の御印についての全てを今から話しておきたい」
デミスはそれから語り始める。
御印と呼ばれる契約についての全貌を。
「契約は二人が思うに、遥かに単純明快なものだ。契約により、起こることはたった一つ。このオレを封印する、ただそれだけなんだ」
「それは分かりますわ、貴方がいなくなる時点でそのようになっていると」
「ああ、その通りだな」
朗らかな笑顔をデミスは見せる。
「では、その他についてを話そう。契約期限の前に、契約者を交代していただろう? 本当は契約者となる者は誰でも良かったんだ」
「ええ、ですからそれでお父様が再び御印に……」
「この契約にデメリットは存在しない」
「はあ? お父様が御印となったのですよ。お父様の命が懸かっていたのです。デメリットがなかったとは言わせません」
「リリアたちが勘違いしているのは、場の雰囲気でなんとなく察していた。だから、オレはこれを幸いと思い、あえて全て話さなかった」
「勘違い……?」
「契約者の交代が上手く行かなくとも、オレが出現するだけだ。つまりは、オレが決めた期限を過ぎても同じこと。契約者には、特になにも起きない。期限もオレが適当に決めていた」
「そ、そんな馬鹿な……」
思いもよらぬ内容に、エアルドフは驚愕していた。
「嘘ですよね……」
それは、リリアも同様。
だったら、なぜここまでしてデミスを打倒したのかが分からない。
「事前に全てを話してしまえば、リリアは今の姿になっていなかっただろう。どうか、身勝手なオレを許してほしい」
「いかがなさいますか、お父様?」
驚愕しつつも、エアルドフにリリアは話を振った。
「許すしかないだろう。我が友のプリズムもセヴランも無事で、リリアも私のもとへこうして帰って来てくれたのだから」
「プリズム叔母様はすでに亡くなっていますよね?」
疑問に思ったことをリリアは尋ねた。
プリズムはセヴランの前に、御印だった女性。
御印であったがため、女性に発言権がほとんどないエアルドフ王国で国王のエアルドフに次ぐ支配力を有していた。
「……いえ、違いますね。今では、この私でも分かります。プリズム叔母様が血を分けた家族でないことも。我が友との言葉でより分かった気がします。そして、発言権があったのは魔力体だから、ですね?」
「その通りだ。私たちは誰しもが血を分けた者たちではない。だが……私たちは紛れもなく家族だ。そうだろう、リリア?」
「全く持ってその通りですわ」
確信を持って、リリアは語る。
お互いの共通認識となったことが、リリアは心底嬉しい。
「プリズムも今でもしっかり生きている。今度、会えるか電話で聞いてみよう」
「お父様が電話を……そうですよね、この王国も本当は建国から20年程度でしたし。それ以前は、他世界で普通の近代的な暮らしをしていたと捉えるのが妥当ですね……」
剣と魔法のような世界なのに。
さも当然のように電話と語られ、リリアの頭がこんがらがる。
「リリアさん」
「はい? どうしましたか?」
リリアの反応をデミスは見ていた。
先程の話でリリア、エアルドフが動揺していたが、今では特に感情の変化がない。
リリアの人生を完全に変貌させるきっかけとなった自分をリリアが許してくれるのか。
デミスはそれが心配だった。
リリアは今の自分の人生を良い方向に捉えている。
格上との戦いは恐ろしくて狂い吐きそうになり逃げ出したい時もあった。
家族の真実を話された時は、本当に頭がおかしくなりそうだった。
しかし、それ以上に得られた経験はかけがえのない大切なもの。
本当の家族以上に、家族となれたこと。
視野狭窄で他人を全く顧みなかった身勝手な自分が、本当に人から頼られる強い女性となれたこと。
城以外の他の世界を経験して、得られた友人・仲間・師の存在。
セシルという大事な伴侶。
この数年の日々を、リリアは決して悪くなかったと判断している。
「家族と過ごすのも大事なことだ。ただ、リリアさん。オレたちは今、同志となった。今でも総世界中で救いを求めている者たちが……」
リリアの反応から、今後についてを熱く語り出そうとしたデミス。
「あっ、そうですわ。お父様」
なにかを思い出したリリアが話に割り込む。
「私は、セシルさんと結婚します」
「えっ……リリアがなのかい?」
デミスに真実を話された時以上に、エアルドフは驚愕している。
そして、もう一人。
強い衝撃を受けている者が。
「そうですわ。なによりも……」
「うわーん……!」
顔に両手を置き、セシルが号泣している。
「………?」
意味が分からず、リリアの語りが止まる。
「いいのかな、私。こんなに幸せになってもいいのかな……」
セシルはわけが分からなくなっている。
つい先程まで強く死を待ち望んでいたのに、完全に状況が一変した。
絶望の淵に追いやられたセシルが、今ではこれ以上ない程に幸福を実感している。
一時的な錯乱状態に陥っていた。
「セシルさん」
リリアは椅子から立ち上がり、セシルのもとへ行く。
セシルの肩に、リリアは優しく手を置いた。
「私と同じドレスを着ましょう」
「うん……着ちゃう……」
若干、セシルは落ち着きを取り戻す。
「お父様、話の続きですが」
「ああ、どうしたんだい?」
「この私の身には、すでにセシルさんとの子が宿っています」
「ね、年令が……まだ子供ができる年令ではないだろう」
「エアルドフ」
驚いて思考停止しかかっているエアルドフにデミスが語る。
「二人の種族は異なる。また、適齢期でもないのならインキュバスによるものだろう。他種族同士を適齢期の同種同士と一時的に変化させる能力がある」
「随分詳しいですわね、その通りです」
なぜか普通に知っているデミスに、意外そうにリリアは話す。
「オレの過ごした過去の時代にもいたからな……」
どこか、デミスの声のトーンが落ちていた。
「なにか?」
「いや、こちらのことだ」
落ち込むのも無理はない。
身重の身体でリリアは自らに打ち勝ったと分かってしまったのだから。
「リリア、オレは他の世界を見てみたい」
「他の世界?」
「オレたちは今、スタートを切ったばかりだ。今の総世界の情報が欲しい」
「まさか今からですか? それならば、まずは食事を。私も向かいますので」
「その必要はない、オレが見て回ろう」
「?」
「オレに二ヶ月程の期間が欲しい」
「構いませんが……」
意外と長いなと、リリアは思う。
どちらかといえば、この急な期間の明言は自らのためなのではとも。
「暫しの別れだ」
椅子からデミスは立ち上がった。
「待ってください、これから皆で食事を……」
「オレは魔導人だ、食事をそもそも取らない」
目元に手を置くデミス。
「リリアさんとオレが出会えたのは、きっと運命なのだろう。再び相見えることを楽しみしているぞ。その時は、夢ではない輝く今のために」
一つ一つの小さな光球状へ霧散して、デミスは消えた。
彼特有の空間転移の発動だった。
「デミス……」
ぽつりと、リリアは語る。
なにいってんだ、こいつとは心の中だけで思った。
そんな中、食堂の扉が大きく開け放たれる。
「リリアさん!」
スーツ姿の正装をしたジスの姿があった。
着ているものは、かなり高級なスーツの様子。
「やはり、ここにいらしたのですね! 貴方の弟子であり、仕立て屋のジスが参りました!」
「仕立て屋……?」
リリア、セシルともに口にする。
急いでジスはリリアのもとへ来て、リリアの手を握る。
「リリアさんが死んだと聞いた時は耳を疑いましたが、私の思った通り無事だったんですね。本当に良かった」
「そうですね、私は無事でしたよ」
ジスがエアルドフ王国に来るまでに若干の時間差があった。
それだけ、ジス自身にこの世界へ来る葛藤があったといえる。
仕立て屋になってもいいと、自らを投げ打つ葛藤が。
「私の身を案じて来てくださったのは、とても嬉しいですわ。ジス、急なお願いですが私とセシルさんのドレスを仕立ててくれませんか?」
心の中で、まあいいかとリリアは思う。
リリアたちはこれから約二ヶ月のゆったりとした期間を過ごす。
モラトリアムの期間を。