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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
279/294

同志 2

自らの名を呼ぶ声がする。


その声に引き寄せられるように、リリアは目を覚ました。


「ここは……」


はっきりとしない意識の中で目にした風景は、この世のものではなかった。


白く(かすみ)がかった明るい空間が遠くまで続く。


上下左右が存在せず、リリアは宙に横たわる形で浮いている。


「………」


では、なぜ身体が宙に浮いているのか?


疑問を抱かずにはおられず、リリアは自らの傍らに手を置く。


中空には、自らを支えるなんらかの見えない床とも思える反発があった。


これが自らを支えていた。


不思議な空間だった。


「良かった、リリアさん。目が覚めたのですね」


呼びかけていたのは、デミスだった。


リリアの傍にしゃがみ込み、呼びかけていた。


「ああ、貴方でしたか」


横たわった状態から、身体を起こす。


リリアは怒ったり、威嚇するといった敵意の反応を見せない。


もう全てが終わったこと。


今更その話を持ち出さない。


「どうやら……オレたちは死んでいるようですね」


「そのようです」


お互いに淡々としている。


別になにかを言い合うわけでもなく、憑きものが取れたと思える反応。


「初めて目の当たりにしましたが、死後の世界とはこのような場所なのですね」


「ああ……」


少しの間、二人は静かに遠くを眺めていた。


それからゆっくりとリリアは立ち上がり、デミスの隣に立った。


「すまなかったな……」


「お構いなく」


特に問題としていない。


どちらかと言えば、リリアはデミスが可哀想に思えた。


この期に及んでもデミスは自らを殺した相手を思いやっている。


嫌みの一つでも口にされた方が、リリアは自分の行いに救いが持てた。


「ああ、いたいた。やっと見つけたよ」


この場に第三者の声が聞こえた。


リリアとデミスは声がする方を見た。


周囲四方には、なにもなかったはずだったが、いつの間にかノールの姿があった。


「えっ……ノールさん?」


リリアは困惑していた。


死んだと思っていたからこそ、達観した気持ちになっていたのに。


「お久しぶりですね、ノールさん」


デミスは普通に呼びかける。


「君たち二人には大変申しわけないことをしてしまったね。もし、あの時にボクが理解を示してあげられたら、二人が命を懸けて戦い合うこともなかっただろう」


「しかし、今となってはもういいんだ。オレの戦いは、もう終わった」


「そうはいかないんだ、デミス。君はまだ夢を諦める時ではない。ボクと……あの人に任せてほしい」


ノールは他にも一人、誰かがいる反応をする。


デミスには気づくことがあった。


懐かしい魔力のオーラを感じる。


背丈で言うと、170cm台だろうか。


その程度の身長と思われる者の顔の位置に。


何者かの口元の部分だけが、実体化していた。


仄かに笑顔を口元に浮かべている。


「貴方は……R・ルールですね、また会えるとは思ってもいなかった……」


一見すれば霊体の類いにしか思えぬ姿だったとしても。


わずかな情報だけで、デミスはR・ルールだと気づけた。


今現在、R・ルールは実体を喪失している。


長きに渡り、魔力邂逅として生きてきたR・ルールが今、人として残せているのが、口元部分。


ルールのもとに集った使徒たちが、好んでくれた笑顔。


それを形作れる口元部分だけが、今でもルールが記憶している人型だった頃の自らの姿。


「デミス君、久しぶりだね。君のやりたいことは見つかったかな?」


ルールは、とてもフランクに語りかける。


「見つかりました。オレが求めるものは他の使徒たちと共通の認識であり、課題です」


静かに、デミスは視線を足元の方へ落とす。


「ですが……」


デミスからは悲しみが窺えた。


「どうしたんだい?」


口元部分だけの存在となったルールが、少しずつデミスに近づいていく。


わずかに弾むような動きを見せていた。


それから、ルールはデミスの隣に来て、デミスの背中から軽く叩く音がした。


見えないだけで、ルールには人型の実体が構成されている。


歩いていたから弾む動きが見え、人型だから背に手を置けた。


喪失しているのは、人が認識できる姿形だけらしい。


「リリア」


ルールがデミスに近寄った際に、ノールもリリアの傍に来ていた。


「ノールさん、貴方が私とデミスを救ってくださったのですね」


「ボクだけでは駄目だった。だから、あの人を呼んだの。ボクを魔力邂逅にしてくれたルールなら、ボクとともに二人を助けてくれると思ったから」


「あの人が……」


「ボクもあの人に救ってもらったから、あの人は信頼していいよ」


言い終えた後、ノールは少し困った顔をした。


「それで、リリア。君には聞かなくちゃいけないことがあるんだ」


「分かっております。デミスとの協力関係に関してですね」


「えっ」


ノールの返答を待たずして、先に反応したのはデミスだった。


「リリアさん、オレと手を……」


「ええ、手を組んでも構いませんわ。ですが、まずは貴方がしたいことを聞かせてください」


「だが、オレは……貴方を……」


「デミスが私を殺したのではありません。私が私自身を殺したのです。あれは、貴方を倒すための策でした。なによりも、貴方の戦い方では誰一人殺せません」


「それでいいのか、リリアさん」


「私がそう言っているのですよ。そして、あの戦いは私の完全勝利で終わりました。よろしいですね?」


「ああ、その通りだな、リリアさん」


優しく綺麗な笑顔をデミスは見せた。


デミスはリリアを本当に芯の強い女性だと認識した。


敵として立ち塞がった自らへの配慮も熟している。


「デミス、貴方のしたいこととは?」


あの戦いを契機に、リリアの考えが変わった。


どうしてもあの時は許せなかったが。


戦いの最中、デミスの見せたものは悪とは対極的な者の姿だった。


戦いが終わった今なら言える。


信頼に値する男だと。


「オレのしたいことは、一つだ。今の総世界を変えたい」


「どのように? まさか、力に頼るものだとでもいうつもりはないでしょうね?」


「力だ、力こそが全てだ。力なくしてはなにも始まらない。だからこそ、オレに並び立つ程の者を求めた。そう、リリアさんのような魔力体をだ」


真剣な顔つきで、力強くデミスは語る。


「このオレが望むものは、愛と平和に満ちた総世界だ。リリアさん、オレとともに総世界を変えていこう」


「……はっ?」


少しの間を置いて、唯一リリアが発した言葉はそれだった。


酔っぱらってんじゃないのか、こいつ?


そのように、うっかり素のリリアで発言しそうになったが、なんとか堪えて疑問形で返答した。


愛だの平和だのと、通常ならば自らが強くなればなる程に不可能だと分かり切っているはず。


強くなれば強くなる程に、立ち向かう相手も強豪となり、怪物染みた者たちばかり。


当然、守れるのは極一部だけ。


「魔力体にも人にも上下などない。この世には敵も味方もないんだ。皆、全ての者たちが輝く今を生きられる、そうすべきだ」


「そのようになるとはとても思えません。私よりも、それどころか貴方以上に強き者がまだいる可能性があります。そういった者たちが貴方の考えに賛同するとは思えません」


「最初はそうだろうな、これから……始まるのだから」


デミスはリリアの前に手を伸ばす。


「このオレとともに、魔力体そして人との懸け橋となってほしい。お願いだ」


ずっと、デミスは真剣な顔つきをしている。


心の奥底から真に願っているのが分かる。


「ねえ、リリア。なんとなく分かったと思うけど、こんな調子なんだよ、ボクの時も」


なにかを察したノールが助け船に入る。


「以前もね、ボクが懇切丁寧にお前を殺すと説明していてもこれだったからさ、流石にどうしようかと……」


「分かりました、やりましょう」


リリアは差し出された手を強く握り返した。


「はっ?」


目の前の光景に、流石のノールも困惑する。


「ほ、本当か……リリアさん……」


デミスも力強く両手で、リリアの手を握った。


ついに待ち望んでいた時が来た。


感動で胸が一杯になり、気持ちが高ぶっていく。


それが涙となって溢れた。


「全く、子供ですか貴方は。男児たる者が他人の前で泣くなどしてはいけません」


「………」


リリアの言葉に返答できない程に、デミスは感涙している。


「なあ、デミス君」


さり気なく、ルールが語り出す。


「なあ、そのさっきの話だけど……そう、魔力体と人についてなんだ。魔力邂逅は上だよね?」


「愛と平和のもと、全てが平等です……」


「そっか、連れないなあ」


R・ルールは天然だった。


今の状況を見ても、なんの気なしに口にしてしまう性がある。


若干、デミスは肩透かしにあった気分になっていた。


「リリアもそれでいいんだね?」


「勿論ですわ」


再度、ノールが尋ねたが二つ返事での即答。


もう心に決まっている様子。


「なるほどねえ、そうなんだ……」


それでいいのかと、ノールは心配している。


話している間、周囲には一つ一つ小さな光が現れ出していた。


どの光も小さくはあったが、暖かみがあり、その光は百数十を超えていた。


「デミス君、見てみなよ。皆が来てくれたよ」


楽しげに、ルールは周囲を眺めている。


「こうして皆が集うのは、一体いつ振りだろうね。数万年振りかな?」


「皆が……」


周囲の光に気づいたデミスは、再び涙を流す。


「皆、やったぞ! ついに、オレはスタートラインに立てた!」


光の一つ一つがデミスの周囲に集まり出す。


それら全てが、デミスを祝福するように。


「ところで、あの光はなんなの?」


先程から疑問に思っていたノールが、ルールに聞く。


「あの光の一つ一つが、この私に集った使徒たちの魂の輝き。大願成就を果たしたデミス君を祝福したいのだろうね。あの中の誰もが、二つ目のスタートラインに立てなかった。そして、皆が新たな目標を定め、達成をしたり夢半ばで死んでいった。個々の命は短いからねえ」


「そういえば、皆が来てくれたって話していたじゃん。普段はどこかにいるの?」


「魂の輝きとなった彼らは正義を志す者たちに守護霊として寄り添っていたんだ」


「正義を志す?」


少しだけ、ふんわりとした優しい気持ちになった。


正義との言葉で、ノールは杏里の姿を思い出す。


「だったら、杏里くんには誰がついていたの?」


「知らん、全く聞いたことがない」


かなり素っ気なくルールは答える。


口元にあったはずの笑みも消えている。


とにかく興味がない際に見せる仕草。


「そんなはずないじゃん、怒るよ? あの子はいつも正義だのなんだと語っていたのに」


「誰もついていないから知らない」


「あっ、そっすか……」


話を断ち切り、ルールもデミスを祝福しに行った。


本当に興味があることにしか興味を示さない。


自然発生型の典型的な魔力体の反応だった。


「全く……悪い人ではないんだけどね」


ノールはリリアの手を取る。


「リリア、これからの君の行く末は困難に満ちたものとなる。それでもいいんだね?」


「私は一向に構いません」


「そっか。よし、良い子だ」


優しく頬笑みかけ、ノールはリリアの頭を撫でる。


頬笑みかけてもいるが、泣きそうな顔でもあった。


「君は、あの世界を作った際に現れたボクの世界の丁度外側。人世と交わる、外殻に位置する存在だった。つまりは、ボクの娘だ……」


ノールの目から涙が流れる。


普段通りの調子で話を進めていくつもりだったが、できなかった。


今更どの面下げて、この言葉を口にするのか。


出会ってからも、師として修業を行っていた日々でも娘と気づけなかったのに。


「どうか君が良ければ、R・リリアと名乗って欲しいの……」


「事前に人から伝えられていたからでしょうか。なんとなく、私もそのように思っておりました。私を娘と認めてくださり、ありがとうございます。今後を私はR・リリアとして生きていきますわ」


「本当に……いいんだね?」


「勿論ですわ、お母様」


泣いているノールを、リリアはしっかりと抱き締めた。


「……ありがとう、リリア。ボクは幸せだよ」


「面白い話をしているね」


リリア、ノールの二人にルールが呼びかける。


「私はなんと誰が親兄弟かも知らないぞ。どうだ、凄いだろう?」


「なにが……?」


理解ができず、リリアもノールも困惑している。


別にルールの反応は、なにもおかしいわけではない。


一般的な自然発生型の魔力体に家族など存在しないからだ。


なぜかリリアとノールに繋がりがあったので、一般的な自らを自慢したらしい。


「どうやら、ルールとデミスの話は済んだみたいだ。別れは悲しいけれど、君たちは元の世界に帰ることになる。リリア……もうあんな無茶な戦い方をしては駄目だよ」


「………」


言葉もなく、静かにリリアは頷いた。


二度と心配を懸けさせぬよう、自分はそれ相応に強くならなくてはならない。


リリアの心に熱いものが宿った。


それからリリア、デミスはノールとルールの力によって、元の人世へと戻る。


その指定先が、セシルのもとだった。

登場人物紹介など


R・ルール(年令7万才以上、身長173cm、魔力邂逅の存在、魔力体らしさ全開であり天然な性格。レベル30万と想像を絶する強さを誇る。過去に、自らのスキル・ポテンシャル権利の正しい扱い方を、スキル・ポテンシャル権利の間違った扱い方をしていた人々に教え広めた人物。そこから人と接するようになった初めての魔力邂逅。自然発生型の魔力体であったため、人世にはR・ルールの血筋の者は当時から誰もいない)


R一族(R・ルールが現れた古の時代から、正しいスキル・ポテンシャル権利の扱い方を習得した者たちが勝手に名乗り出した。それが今現在まで続く。R姓を名乗り出したのは、R・ルールに(あやか)り、または箔をつけるため)

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