同志 1
城門を出ても、周囲の雰囲気は変わらなかった。
道行く人々の表情は暗く、陰鬱な顔をした者が多い。
これはいけないと、リリアは思い立つ。
「皆さん!」
あえて気づかせるように、リリアは大きく声を出した。
「リリア姫様……!」
リリアに気づいた道行く人々の誰もが、リリアの存在に驚愕している。
「皆さん、この私が帰ってきました。今日という善き日を存分に祝いなさい」
民へ自ら歩み寄り、そこでもお金を配っていく。
めちゃくちゃなことになっていた。
領民たちから“熱烈で絶大な支持を受けていた”あのリリア姫が生き返った。
それだけでも途轍もないことだが、それどころか自らお金を手渡している。
興奮湧き上がり、リリアに集いついていく一団は、より一層大きくなっていく。
エアルドフ王国の領民たちはもとより、城の兵士やメイド、仕事などで来ていた他国民も集まっている。
それでもさすがは、R・クァール・コミューン内の世界。
誰一人として再度の受け取りを申し出ない。
「リリア姫様は素晴らしきお方だ」
そのようにリリアを褒める者もいた。
「ははは、嫌ですわ。お世辞を言っても税金は下げませんよ」
「それはなんとも……」
リリアの発言を聞いてしまった周囲の者たちは苦笑する。
「税金を徴収したことなど、一度としてないではありませんか」
「………」
一体どうやって運営していたんだ、この国?
あまりにもな内容過ぎて、リリアのうちに激震が走る。
次に続ける言葉が思いつかないでいた。
それが本当なのだとしたら、どうして自分たちはあんなに偉そうに王族をしているのだろうと思わずにはいられない。
リリアは知らなかったが、R・クァール・コミューン内の世界には、とある施設が確実に存在する。
それは、寄付銀行。
R・クァールの権利を受けた者たちは皆が競い合うようにこぞって寄付銀行に寄付をする。
寄付銀行があるからこそ運営資金も潤沢であり、エアルドフ王国は成り立っている。
というよりも、R・クァール・コミューン内全ての王国や国家で、このような運営がなされている。
「ねえ、リリア……」
意気消沈としているセシルの顔色が優れない。
リリアがしたことは、理解して汲んであげているつもり。
民が喪に服しているのは自らが起こした結果なのだから、リリアは自らの行動で状況を変えた。
暗く陰鬱な雰囲気ならば、場を盛り上げて楽しませればいい。
それがもっとも手っ取り早いのは、元気な自らの姿を見せて、お金を配るという方法だった。
「どうして……あの石像の後ろから現れたの?」
「それについては、私が聞きたいくらいですわ。一体なんなのですか、あれは?」
「あの石像は、リリアが20才となった誕生日の日に建立された貴方を模った石像よ?」
「私は今日初めて、あの石像に気づきました」
「ああ、そうなの……」
親の心子知らずと言うか、子の心親知らずとでも言うのであろうか。
親子二人でギャグでもやっているのかと、なんとなくセシルは思う。
あれだけ互いを大事に思いやっていても、二人の考えは噛み合わない。
「そもそも私はあの石像の後ろへ現れたかったのではありません」
「どういうこと?」
「貴方に見せたかったのですよ」
少しだけ、恥ずかしそうにリリアは語った。
「私が、この私の無事な姿を一番に見せたかったのは貴方ですよ、セシルさん」
「私に……?」
セシルの目元に涙が溜まり、顔をリリアの背中にくっつける。
エアルドフに会うよりも、自らを一番に選んでくれたと分かったセシルは嬉しくて堪らない。
一通りの時間をかけて、街を巡っていたリリアとその一団は、ようやく城へ戻ってくる。
もう誰もがリリアの死を悼んでなどいない。
リリアから受け取ったお金で、一様に盛り上がっている。
戻ってきた際には、一緒に城からついてきていた兵士たちが城内にその他の者たちが入って来られないようにした。
「皆さん、あとは頼みましたよ」
リリアはセシルを背負ったまま、城内へ入っていく。
自然とリリアの表情には笑みが浮かぶ。
待っていてくれた人がいるのが、すぐに分かったから。
エアルドフと、父親に寄り添うレトの姿があった。
「お父様!」
リリアは駆け寄り、エアルドフとレトも歩み寄る。
「リリア!」
セシルを背負っているリリアに代わって、エアルドフから思い切りリリアを抱き締めた。
リリアもセシルから右手だけを離して、右手でエアルドフを抱き締める。
「また……君に会えて、私は心から嬉しさを感じているよ」
「私もですわ、お父様……」
「二人は、お互いに納得することができたのだね」
とあることを、エアルドフは語りかける。
「ええ、そうですわ」
リリアは確信を込めて答えた。
「………?」
今の受け答えが、セシルにはなにを意味するのか分からない。
自分自身と、リリアに関することなのかと不思議に思った。
そもそも互いに納得するとは……
「その通りだ」
ふいに、セシルは男性の声を聞いた。
この男性の声には、聞き覚えがある。
想像を絶する強さを誇っていたのだから、絶対に忘れられるわけがない。
ゆっくりと、セシルは声がした方へ顔を向ける。
銀髪の長髪で精悍な顔立ちをした男性がいる。
神職者特有の神聖な空気、オーラを有し、徒手空拳の出で立ちで佇むその姿。
紛れもなく、デミスがいた。
以前と異なるのは、魔力などのオーラを極度に抑えていること。
「なんで、あんたがこんなところにいるの?」
「まさか今気づいたのですか、セシルさん?」
デミスへの問いかけに答えたのは、リリアだった。
「私とともに、あの石像の後ろから出てきたじゃないですか」
「そうなの……?」
リリア以外に目が行かなかったり、意識が朦朧としていたりとで全く存在に気づけなかった。
「リリアさんとオレは本日をもって志をともにする者となった。これからは、ともに総世界を良くしていくと決めたのだ」
屈託のない笑顔で、デミスは優しく語りかける。
「セシルさん、これからよろしく頼む」
「本当なの、リリア?」
「デミスは嘘など吐きませんよ。まごうことなき事実です、この私が保証します」
リリアのデミスに対しての語り口調がおかしい。
それだけ、リリアのうちにデミスに対しての信頼が強くあるのが分かる。
「私とデミスは同志となりました、そこには上も下もありません」
「一体なにがしたいのよ……」
「リリア」
エアルドフはリリアから離れ、優しく声をかける。
「これから皆で会食をしよう」
「また、他の国の者らも呼ぶのですか?」
「そうではない、私たちだけだ」
「それならば構いません」
エアルドフは一歩前進していた。
以前のように派手に祝えば、リリアが喜んでくれるだろうとの考えは変わっていた。
それから五人で、食事を取る流れとなった。
向かう先は、王族専用の食堂。
普段はエアルドフ、リリア、レトの三人しか扱わない食堂だが、そこはやはり王族専用。
広々とした室内には、大きく豪華なシャンデリアがあり、長いテーブルに白く綺麗なテーブルクロスが敷かれている。
「皆、自由に座ってほしい」
エアルドフが他の者たちに呼びかける。
それから各々が席についていく。
自由と言ったが、テーブルの席中央にエアルドフが座り。
その隣に、レトが座った。
「私たちは……」
エアルドフと向き合う形で、リリアが座り。
両隣にセシル、デミスが座った。
先程まで背負われていたセシルが普通にすたすた歩いていた。
すでに、シェイプシフターの能力で酷い熱など打ち消している。
「そこで良いんだね? では、よろしく頼むよ」
食堂にいたメイドたちに、エアルドフは合図を送る。
五人の座る席に食器などを用意していく。
「リリアちゃん、デミス。君たちに一体なにがあったのか、それが知りたい。私に教えてくれないかい?」
「構いませんよ……」
静かにリリアは当時を思い出し、ゆっくりとデミスへ視線を移した。
仄かな笑みをデミスは表情に浮かべた。
少しだけ寂しさが窺える笑みだった。
「あの時、私たちに起きたことは……」
反応を了承と受け取ったのか、リリアは語り出した。
その当時へと時は巻き戻る。