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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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再誕

エアルドフが部屋を去ってから。


セシルもエアルドフの自室を出ていく。


向かう先は、一つ。


リリア生誕20周年アニバーサリーの石像の前である。


石像の前まで行くと時刻はもう夜だというのに、まだ多くの人々の姿があった。


皆一様にリリアのため、祈りを捧げている。


「私も……」


他の者たち同様に、セシルも石像の前に座り、胸の前で腕を組み、祈りを捧げる。


その間にも今の時刻が夜とのこともあり、一人また一人と家路につく。


他に人の姿がなくなっても、セシルは一人で祈りを捧げ続けた。


もうセシルには、それ以外にすることがない。


暗闇の中、時間が経過してゆき、次第に空が白んできた。


翌日の早朝となっていた。


今となっても、セシルの祈りは続く。


「おはようございます、貴方もお早いですな」


セシルの隣に、老夫婦がやってきた。


「ええ、おはようございます」


セシルは丁寧に答える。


老夫婦もセシル同様に祈りを捧げていく。


それから次第に人々がやってきて、昨日と同じく祈りを捧げた。


皆が祈りを終えると帰っていくが、セシルだけは帰らない。


さらに時間が経過して。


夕日に辺りが赤く染まり始めた頃。


「おい、お前はセシルじゃないか?」


名前で呼びかけ、セシルに声をかける者がいた。


野太い声の、荒っぽそうな男性。


あの酒場の店主だった。


「あら、貴方は……」


「いつ帰ったんだ? 急にいなくなったから少し心配したんだ」


「帰ったのは、昨日よ」


「昨日か、そうか……」


店主はセシルの隣に、どっかりと胡座をかいて座った。


「あっ、いけねえな」


座ってから、ぎこちなく正座に座り直す。


「リリア先生の前なのに、うっかりしていたわ。はははっ……」


気さくに笑っていたが、少しの間を置いて、うつむく。


「どうして、リリア先生じゃなきゃいけなかったんだ……」


店主は人目もはばからず、涙ながらに語る。


男泣きに泣いていた。


「あの人だけは、なにがあっても死ぬような人じゃないと思っていたのに……なあ、セシル、どうしてなんだろうな」


「………」


セシルはなにも答えない。


そんなことは、セシル自身が知りたかった。


「リリア先生は本当に、本当に特別な人なんだ。王家の姫様だっていうのに、下々のオレみたいな男にまで優しく声をかけて、救ってくれた」


エアルドフ王国が隣国に攻められた際のことを店主は話していた。


チェスによる戦争は、リリアのおかげで終結に至ったと、このエアルドフ王国で(まこと)しやかに語られている。


色々と美化されているが、店主も疑いなく信じている。


実際にそうだったから。


「恩に報いるためになにかしたくても、もうなにもできないから、オレは強く長く生きようと思うんだ……」


どこかで聞いたような言葉だと思った。


エアルドフも語っていた言葉だと。


もしやと、セシルは思う。


ここが、R・クァール・コミューン内だから。


統治者であるエアルドフが後追いをしないのだから、当然民の者たちも続くはずがない。


そういうことかと、セシルは理解した。


より一層、リリアは自分だけのものだと確信に至る。


そして、仄かに安心した。


「風が強くなってきたな」


空の方を軽く見上げ、店主は語る。


夕焼けも雲に覆われ、見えなくなり。


庭園内の木々が風で揺れている。


どこか湿っている、そう感じさせる風が吹いている。


「今日は雨が降りそうだな……もうお前も帰った方がいいぞ」


店主は立ち上がり、この場から去っていく。


「帰る……?」


帰るべき場所などない。


行くべき場所ならある。


セシルは帰ることなく、その場に残った。


唯一の救いがある方を、セシルは選んだ。


次第に、雨が降り出した。


今日は早々に人々が家路につく。


辺りが暗くなり、誰もいなくなっても。


雨に打たれ、身体の芯から震えても。


セシルは幸せだった。


夕暮れから降り続けた雨は、その後も長く降り続いた。


結局、翌日の早朝に至るまでずっと。


それでもようやく雨は上がり、雲は消え、晴れ渡り始めた。


日差しの良い朝となった。


「………」


無言で祈りを捧げているセシルは、この時にはもう身体がふらふらとしている。


元々そんなに身体が強くないセシル。


リリアの喪失により、心身ともに相当のダメージを受けていた状態から、ずっと飲まず食わずを続け、限界が近かった。


雨に打たれていたせいもあり、酷い熱が出ていた。


「セシルさん……?」


セシルの後方から、誰かの声が聞こえた。


雨が降り続けていたこともあり、今日最初に来たのは城のメイド宿舎に住むメイドだった。


「貴方、一体なにやってんのよ!」


セシルの元へ、すぐさま駆け寄った。


「ずっと、ここにいたの? ずぶ濡れじゃないの、貴方!」


メイドはセシルの全身が濡れていようとも構わず、セシルを抱きしめる。


「どうしてこんなことをしたの、熱が出ているじゃない……セシルさん」


「……私のことは……もう良いの」


やっとの思いで、言葉を出した。


意識が朦朧(もうろう)として、声を発するのも苦痛になっている。


「絶対に良くないの! 早くお風呂に入りましょう、身体を温かくしないと」


「良いから、放っておいて……」


頑なに、セシルはその場を動こうとはしない。


「ねえ、誰か来て、誰か!」


メイドの声は泣き声になっていた。


死のうとしていたのは、分かっている。


それを止めなくてはならない。


大声を出したことにより、周囲には人が多くやってきた。


状況が状況なだけに、セシルの容態が不味いと一目見て分かる。


なにも言わずとも、セシルが祈りを捧げるのを止めさせようとする。


「どうして……」


あと少しだから、このままでいさせて。


伝えたくても、セシルの口から声が出ない。


自ら望んだことだが、もう駄目かもしれないと、セシルも思い始めていた。


「ん? ここは、どこですか?」


ふいに、何者かの声が聞こえた。


「というか、なんなのですか、これは?」


この場の状況に、疑問を抱いた声だった。


「えっ……?」


セシルは顔を上げ、正面を見る。


リリアの石像があった。


その背後から声が聞こえた。


周囲にいた者たちも全てが、自然とそちらに目線が向いている。


聞き覚えのある声。


忘れられるはずのない、あの声がする。


声の主は、ゆっくりと石像の背後から姿を見せる。


「ああ、ここにいらしたのですね、セシルさん?」


姿を見せたのは。


以前と全く変わりのない姿をしたリリア。


「ええっ! リリア姫様……!」


周囲の者たちは、リリアの姿に驚きを隠せない。


「リリア……」


弱々しくセシルは呼びかける。


セシルも同じく驚きを隠せなかった。


間違いなく自らの目の前で、リリアは分解して消えたはずだった。


「どうしたのですか、身体が濡れているじゃないですか」


リリアはセシルのもとまで行き、セシルの身体にふれる。


低体温症になりかけているセシルの身体の震えには、すぐに気づいた。


だが、リリアはなにも気づいていない振りをする。


「とにかく、今は私に背負われていてください」


それから、リリアはセシルに抱きついているメイドに視線を向ける。


「貴方がセシルさんを支えてくださったのですね、ありがとうございます。あとは、私に任せてください」


「は、はい……リリア姫様」


メイドがセシルから離れ、リリアはセシルを背負った。


炎人のリリアに背負われたセシルはとても快適な暖かさを感じていた。


濡れた服も体も乾いていき、うとうとと眠くなり始める。


「そうだ、皆さん!」


リリアが一際大きな声を出す。


「今日の素晴らしき日を、私の再誕の日、つまりはバースデイといたしましょう。さあ、私のために、皆さん。吐いて倒れるまで飲み、歌い、踊りましょう」


とてもご満悦な様子で、リリアは語る。


過去のわがままし放題だった頃のリリアとも思える語り草。


「まずは、貴方。特別褒賞ですわ」


リリアはセシルを支えてくれたメイドになにかを手渡す。


「………!」


なにかを受け取ったメイドは声を発せられない程に驚いている。


リリアから受け取ったもの。


それは、お札だった。


100万の紙幣一束があった。


当たり前のように、空間転移を発動してお札を出現させている。


「さあ、皆さんにもご祝儀ですよ」


そのように語りながら、周囲にいた者たちにもリリアはなにかを渡し出す。


渡されたものは、同じく紙幣。


「凄い! 10万も頂けるのですか!」


受け取った者はとにかく驚愕している。


「ええ、その通りですよ。感謝を込めて、ありがたく使いなさい」


「10万……?」


うとうととしながらもセシルは嫌な予感がしていた。


当たり前のように渡しているが、リリアが一体どこからそんな資金を調達したというのか。


今までの所持金の全ては、桜沢グループの極楽屋銀行に預けたはず。


ということは、今リリアが当たり前のように配っているお金は……


「それって、リリアのファイトマネーじゃないの!」


セシルは力なくだが騒ぎ出す。


お金に関しては、とにかく必死なセシル。


「………」


リリアには、セシルの言いたいことなど端から分かっている。


周囲の状況や雰囲気、リリアに対しての人々の仕草に反応。


それらを加味した結果、リリアは今がどういう状況なのかを把握した。


明らかに自分の葬式が行われているか、すでにそれも終えて墓参りをしている段階なのだろうと。


「お金などよりも今はこの空気を換えることが先決ですわ」


あえて、セシルに聞こえるようにリリアは語った。


それからも、どんどんリリアはお金を配っていく。


おかげで周囲には、とんでもない数の人だかり。


配っていきつつも、リリアとその一団は庭園から城の入口まで辿り着く。


静かにリリアは城を見上げた。


目で見えなくとも、二つの魔力を感じる。


弟のレトと、父親のエアルドフの魔力。


「今、リリアは貴方のもとへ帰りました。今すぐにでもお会いしたいですが、まだ私にはなすべきことがございます」


綺麗な笑顔を表情に浮かべる。


一秒でも早く家族に会いたい。


その気持ちを抑え込み、民へ自らの無事な姿を見せることを先決させた。


城から視線を変え、城門側へ向ける。


城門を潜り、リリアは街へと出ていく。

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