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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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悲しみの帰還

暫くの間、セシルは通路の壁に背をつけた状態で床に座り続けていた。


周囲にいた者や通りがかった者たちは誰もセシルの方を見ず、声もかけない。


セシルが聖帝会№2のアーティに酷い目に合わされたのは知れ渡っている。


セシルを助け、味方する行為を行えば、聖帝会に目をつけられる可能性があるとの思いが、誰もセシルに近づけさせない。


「帰ろう……」


ぽつりと、セシルは語る。


しかし、どこへ帰るというのか。


あの高層マンションに帰っても、リリアはいない。


「………」


言葉もなく立ち上がり、よろよろとした足取りでセシルは歩み出す。


リリアが死んだ場所へ。


十数分程かけて、貸し切りで使われていたコロシアムの舞台まで戻った。


戻ったはいいが、今ではもう誰の姿もない。


全員が自分の持ち場や、家路についていた。


「そうよね、そう……いつまでもここにいるわけないか」


観客席の一角に座り込み、再びセシルは泣き出す。


強い喪失感と悲しみが抑えられない。


とはいえ、セシルもこの場所にいつまでもいられない。


セシルは空間転移を発動した。


行き先は、コロシアム傍の高層マンションの自宅。


一瞬で周囲の風景は変わっていく。


いつもの見慣れた自宅のリビングにセシルはいた。


「リリア……」


セシルはリビング内を眺める。


リリアの姿はない。


「………」


静かに、セシルはうつむいた。


おぼつかない足取りで、リビングのソファーに座る。


リビングのソファー前に置かれたテーブルには。


仲良く二つのコップが置かれている。


デミスと戦う前に、リリアがカフェオレを、セシルがコーヒーを二人で一緒に飲んでいた。


片づけをせず戦いに出向いたため、容器はそのまま。


セシルは呆然とした様子でコップを眺めていた。


自然とうつむいて、セシルはソファーに座り続ける。


室内には時計の音しか聞こえない。


次第に窓の外は暗くなり、カーテンも自動で閉じてゆく。


室内は完全に暗くなったが、セシルは電気をつけない。


すでに、その気力もなかった。


今の決して覆せない状況。


辺りが暗く静かで、考える時間だけはある。


セシルが誤った考えに至るのは容易であった。


「そうだ……」


ゆっくりと、セシルはソファーから立ち上がる。


腕で顔を拭いさった時、セシルの涙は止まっていた。


口元にも少しだけ、笑みが浮かんでいる。


少しだけ、セシルの目に希望の光が見えた。


「エアルドフ王国へ行こう」


セシルはリビングを歩き、寝室に向かう。


そこで、着替えを始めた。


格好は暗めの印象。


着替えを終えたセシルは再び空間転移を発動した。


行き先は、エアルドフ王国。


リリアならエアルドフ王国の城門前を指定するが、セシルは夜の街を指定していた。


娼婦だった頃は今までこうして繁華街を渡り歩いていたせいか、ついうっかり同じ指定先にしている。


「?」


歩み出そうとして立ち止まり、一瞬セシルはなぜこの場にいるのかを考える。


「まあいいか」


とりあえず、セシルは歩み始める。


行き先は、この夜の街からでも見える大きな城。


すたすたと夜の街を歩いている際に、セシルは気づくことがあった。


辺りはもう夜だというのに。


夜だからこそ、活気溢れる繁華街の通りに人の往来がないに等しい。


だがそれでも、時折人の姿を見かける。


どの人物も暗めの服装をしており、酒をあおるようにして飲んでいた。


泣いている者の姿もあった。


その者たちは一時でも今の悲しみを忘れたいがため、酒に頼っている。


それを見て、セシルは皆も自分と同じ気持ちになっているのだと理解する。


今この夜の街ですらも、リリアのため喪に服している。


「………」


リリアの姫としての存在感。


この国での大きさに、少しだけ寂しさを覚えた。


夜の街を抜け。


リリアと買い物をした市場を通り。


エアルドフのいるミラディ城へと近づく。


ミラディ城に近づくにつれて、道行く人の姿が多くなっていた。


城へと行き来している。


そう、セシルは気づく。


進む者、帰る者がいる中、セシルもそれらの者とともに城へ。


無事に、セシルはミラディ城へと辿り着いた。


城門には門番が立っていたが、開門されており、人々は普通に出入りしている。


人々が向かう先は、城内にある庭園。


庭園には、やたらとでかい石像が見えた。


リリアの生誕20周年アニバーサリーの際に建立されたリリアをかたどった石像が。


ドレスをまとう姿が、とても美しくリリアらしい。


細部にまでこだわって造り上げられた芸術品ともいえる石像が簡易的に、リリアの墓として扱われている。


人々は石像の前で、各々が祈りを捧げていた。


「………」


人々が祈りを捧げる姿を、言葉もなくセシルは数分程眺めていた。


視線を城の方へと戻し、セシルは城内に入る。


行く先は、エアルドフのもと。


元々リリアの専属メイドとなっていたセシルは城内を歩いていても誰も引き留めない。


問題なく、セシルはエアルドフの自室前まで来られた。


「エアルドフさん」


呼びかけ、セシルは扉をノックする。


「どうぞ……」


室内から声が聞こえた。


「入りますよ」


室内へセシルは入る。


室内の暗がりの中、エアルドフは自らの机の椅子に座っていた。


机の上に置かれたランプの小さな光が唯一の明かりとなっている。


「エアルドフさん」


セシルはエアルドフに近づく。


近づくにつれ、机の上のものに、セシルの目が行く。


複数の写真立てが置かれていた。


エアルドフとともにリリア、レトの姿が写し出されている。


それを一人、静かにエアルドフは見つめていた。


「ああ、セシルさんか……」


力なく呼びかけに答えた。


「あの時は取り乱してしまい、申しわけありませんでした」


「構わないよ……この私自身も受け入れられていないのだから……」


「………」


うつむき、一度セシルは視線を逸らす。


泣きそうになったのを、なんとか頑張って誤魔化した。


「エ、エアルドフ……さん」


「どうしたんだい?」


「私、リリアについてを聞きに来たの。エアルドフさんしか知らないリリアの話を」


「リリアか……そうだな……」


エアルドフは静かに、過去を思い出す。


「君の知らぬことと言えば、私たちの出会いについてだろう」


「出会い?」


出会い、という表現にセシルは違和感を抱く。


「私とリリア、そしてレトも誰もが血を分けた本当の家族ではない」


「えっ! そんなことって……」


「一切、嘘は吐いていないよ」


「リリアには、それを……」


「ああ、私から全てを伝えていた。リリアは全てを知った上で、私のために命を懸け、死んでいった」


「………」


「今から数年前だった。城で公務を行っている際に、とても強い魔力を感じ取ってね。私はこの国の管理を任されている者として、その実態を確認しに行った」


「管理を任されている……?」


この手の話題に、セシルは完全な周回遅れとなっている。


エアルドフとこの世界の真実について話し合ったのは、リリアだけ。


また、この世界の真実についてR・クァールと直に話し合ったのもリリア。


セシルはR・クァールがリリアの顔にふれたのを不愉快に思っただけ。


それ以外にR・クァールの印象がない。


当然ながら、セシルに分かるはずがない領域の話。


「私が向かった先は、エアルドフ王国の領域内にある森林地帯だった。久しぶりに見る木々の姿に私の心は躍ったものだ。標高数百メートル程度の山があるだろう? あの山を一足飛びに飛び越えてみたりと、私は年甲斐もなくはしゃいでいたのを今でも鮮明に覚えているよ」


「一足飛びで……?」


「そうこうしている間に、私は強い魔力の発生源と出会った。産まれたばかりで、言葉も分からぬ炎人の魔力体と。彼女は魔力体であるのにもかかわらず、炎人衣装もまとわず裸で、魔力体として通常持ち合わせているはずの炎人能力をなにも有していなかった」


「ま、まさかその女性って……」


「セシルさんの思った通り、その女性こそリリアだった」


「ちょ、ちょっと待って。そこで、リリアと出会ったって……本当に数年前の話なの?」


セシルの頭がこんがらがってきた。


今現在のリリアの年令は、21才程のはず。


わざわざ20才の誕生日パーティーを大々的に行うくらいにエアルドフが親ばかなのだから、リリアの年令がセシルにも分かる。


「数年前のできごとさ。私と出会った時のリリアは、ただじっと私を見つめていた。おそらくは自然発生型の魔力体であり、人としての姿を保っていられるのもあとわずかな間なのだろうと私は捉えた。だがそれでも……炎人としての能力も扱えず、私を見つめるしかできないこの子に、儚さや可愛らしさを感じた。どうしても私は、リリアを自らの娘として育てたかったのだ」


「あの、ちょっと聞きたいのだけど、もしかしてレト君はリリアよりも……」


「リリアよりもレトは年上だ。本来ならば、姉と弟の関係ではなく、兄と妹となるだろうな」


「本当にレト君の方が、年上なのね……」


「その通りだ。レトはリリアよりも年上なのを、当初から知っている。なによりも、この私と出会ったのは、レトの方が先なのだから。レトはリリアと出会う数年前に私と家族となった」


「本当は年上なのを知っているのだとしたら、レト君の方からリリアの弟になることを選択したの?」


「産まれた時の姿形が、大人か子供かで価値観や考え方が異なるようだ。確かにリリアは、国政に興味を示すなど大人びていたところがある。レトは、どちらかといえば今でも私やリリアとともに遊んでいたいのだろう」


「そうなんだ、そういうものなのね」


「誤解のないように言うが、レトは魔力体としての年相応の価値観や認識を持っているよ」


「そうなの……」


本当に魔力体って一体なんなんだろうと、セシルの頭の中がまとまらない。


「さて……セシルさんのおかげで、私は大事なことを思い出せた。悲しみに一人で浸っている場合ではないのだ。私と同じくレトも悲しみを背負っている。レトを慰め、気持ちを奮い立たせてやらねばならなかった」


「エアルドフさんは……これからどうするの?」


「リリアが私を生かすため、必死にデミスと戦った。娘の思いに真に報いるために私は、レトとともに強く長く生きると決めたのだ」


「そう」


それだけ、セシルは語る。


「では、セシルさん。私はレトのもとへ行くよ」


エアルドフは椅子から立ち上がり、部屋を出ていく。


エアルドフとの会話の後、セシルは仄かな笑みを見せる。


安心をしていた。


リリアは自分だけのもの。

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