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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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聖帝会の悪党たち

セシルがコロシアム内で聖帝を探し出してから数時間が経過した。


数時間に渡り、探し回ってもそれらしき者はどこにもいない。


それでも、セシルは探すのを止めない。


聖帝は、セシルにとって最後のすがりつける存在なのだから。


「あっ……」


立ち止まり、息を切らして周囲を眺めた時。


偶然、聖帝のテリーと思わしき者を見つけた。


過去にセシルはテリーの姿を見たことがある。


上位組織歩合制傭兵部隊リバースの構成員の一人。


よって、能力者用賞金首の手配書にモデル張りの写りで非常に綺麗に載せられている。


それをセシルは見たのだ。


いつもの冒険者風の格好をテリーはしていた。


外出時は必ず男装して、冒険者風の格好をするのは今でも変わらない。


その隣には。


着古した黒の上下スウェットを着用しているアーティの姿もあった。


ポケットに手を入れ、肩で風を切る歩き方をしていた。


テリーが通路の壁側を歩き、アーティがエスコート役となっている。


二人ともセシルがいる位置から反対方向に歩いているため、背だけが見えていた。


セシルが二人を見つけたのは、コロシアム内でも高級品の品々が多く売られているエリア。


この区画への立ち入りを許されるのは、事前にお金持ちであることが確認された者だけ。


それ以外の者は入口時点で黒服の男性に制止させられる。


セシルも以前なら即座に制止させられていたが、今ならば違う。


極楽屋銀行にて数百億の投資をしている富豪であるため顔パス。


「ねえ、貴方! 聖帝なんでしょ!」


セシルは、テリーに背後から駆け寄った。


「あん?」


先に反応したのは、アーティだった。


聖帝会№2として、今までテリーに迫る暴漢を幾度となく返り討ちにしてきた。


そのアーティがセシルの動きを見過ごすはずがない。


アーティの動きは恐るべきものだった。


駆け寄るセシルが目にも追えぬ速度で、背後に向かって上段背面回し蹴りを放つ。


「キャッ……」


全く対処できなかったセシルは右の側頭部目がけ、蹴りの直撃を受ける。


一瞬、悲鳴を上げたがそのまま通路の壁に叩きつけられ、悲鳴も止まった。


壁と足との板挟みとなり、一撃で致命傷を受けていた。


「良い度胸じゃねえか、てめえ」


仰向けで横たわるセシルに、なおもアーティは追い打ちをかける。


アーティはセシルの後頭部を目がけ、足を振り上げて踵落としを決めた。


追撃で背中から、心臓の位置を威力を込めて複数回踏みつけた。


「なんなんだよ急に? 鬱陶しいから、アーティ落ち着けって」


すぐ傍でこの光景を見たテリーは半笑いになっている。


アーティの肩に手を置き、宥めようとした。


「ああ?」


結構本気で切れていたアーティは肩に置かれた手を払い除け、続け様にテリーの顔をぶん殴る。


「はあ? お前ふざけてんのか、謝れ!」


ぶん殴られたくらいで怯える性格の女ではない。


思い切り腕を振り上げ、テリーはアーティの顔面をぶん殴り返す。


「ええ……」


まるで意図していなかったのか、アーティはドン引きしている。


それで頭が冷えたアーティはセシルに攻撃を加えるのを止めた。


「お前さ、流石にそれはどうよ?」


やれやれと言った具合で、アーティは語り出す。


「救われた身でありながら、救った本人に対して暴力を振るうのはどうかと。あまつさえ、このオレに謝罪を求めるのは盗人猛々しい」


「マジかよ、お前。オレをいきなりぶん殴っといて、よくそんなことが言えるな」


「だから落ち着けって、一回は一回だろ? オレは気にしていないし、お前も別に気にしなくていいよ」


「お前、本当に……」


どういう頭をしているんだと、テリーは唖然とした。


「それよりも、こいつ。どうする?」


アーティはセシルの頭を強めに踏みつける。


「一体誰なのか素性を知る前にお前が伸しちまったからなんとも言えんが、もしかしたら金蔓かもしれないし、落とし前つけさせるのはその後でも構わんぞ」


今まで目の前で起きていた惨事が、テリーにとっては落とし前としても成り立たないレベルらしい。


「チッ……」


普通にアーティは舌打ちをして、ポケットから煙草の箱とライターを取り出す。


火をつけて、煙草を吸い出した。


「おい、お前」


コロシアムの壁にかかっている禁煙の字が書かれた看板を、テリーは親指で軽く指差す。


「ああ、オレは気にしていないよ」


軽く左の手のひらをテリーに向け、安心させるように語る。


禁煙の看板があるから吸うのを止めろと言われたはずが。


身体に悪いのは百も承知だが、単純に煙草が好きだからオレの身体についてを心配しなくてもいいと、アーティは対応している。


「とりあえず、邪魔だから足退けろ」


「はいはい」


地面に捨てた煙草の火を消すかのように。


アーティはセシルの頭に乗せた足で、ぐいぐいと踏みにじってから足を退かす。


「あーあ、汚ねえ女が余計に汚くなっちまったじゃねえか。お前さ、これからオレが確認すんだぞ」


テリーは床にしゃがみ、セシルの頭に手を置く。


目、鼻、口や耳。


そういった穴という穴から出血をしているせいか、セシルの頭部周辺は血だまりになっている。


脳や心臓に致命的なダメージを瞬く間に与えたアーティは非常に手慣れていた。


「あら?」


テリーは声を出す。


現世に唯一、一人だけの存在。


聖帝として存在するテリーは、セシルの不自然さに気づいた。


あれ程に苛烈な攻撃を受けても、セシルはまだ生きている。


「こいつは……人じゃねえな」


「あっ……そういう」


静かにアーティは手を合わせる。


「馬鹿、違うわ。一般的な生物ではないって言ってんだ。つまりは、人工物と生命体のミックス」


「なんなんだよ、そりゃあ。それはもう化物じゃねえか」


「………」


お前がそういうのかと言いたくなったが止めた。


「あー、それはいいとして……」


アーティは周囲を眺める。


当たり前だが、ここは人々が往来するコロシアム内の商業施設。


金持ち御用達のエリアであるため、人は少ないがこんな状況ともなれば、なにがあったのかと見に来る者もいる。


「この場で起きたことだが!」


周囲に集まり出した者たちに向かって、アーティは大声で呼びかける。


「あまり深く関わらないことだ、命が惜しければな。ここで起きたできごとを口外もしくは、写真・動画・音声の投稿などを行ったら即刻迎えに行くから覚悟しろ!」


それを聞いた人々は、蜘蛛の子を散らすように駆け足で離れていく。


絶対に関わってはいけないとの思いがそうさせていた。


この世界では、情報に携わる関連企業の一切を桜沢グループが独占している。


その企業の大株主に聖帝会と、ノール派の企業がある。


つまり、今さっきアーティがあえて語ったのは、本人なりの優しさから。


桜沢グループおよび聖帝会が行った悪事を白日の下に晒す正義の投稿は、悪質極まりない人として最も恥ずべき残虐非道な行いとして“表舞台”で処理される。


処理するのは、当然司法ではなく聖帝会であり、私刑。


相手が魔力を有していれば、魔力から辿って空間転移をする。


相手が魔力を有していなければ、水人を雇って水人検索をしてもらい居場所を見つけ出す。


ここまでくれば、なにをどう足掻いても助からない。


鬼にしか見えないが、そうならないように気をつけろと周囲にしっかりフォローできるアーティは聖帝会でも寛大な方。


「なんだ、あのアホ。人の近くで大声上げやがって……」


文句を語りながら、テリーは聖帝の能力を駆使して、セシルが受けたダメ―ジを回復させる。


瞬く間にセシルの傷は癒え、ダメージも見受けられない。


「私、どうしたのかしら……」


セシルは普通に起き上がる。


流れ出ていた血も、床の血だまりも消えていた。


「あれ、お前……」


テリーには、セシルの姿に見覚えがあった。


「確か、リリアの仲間だろ? ジーニアスがお前のことを話していた」


「うん……」


どこかセシルはぼんやりとしている。


「にしても凄いな。あれだけの怪我をしていても、生きていられたんだから。急所はそこにないのか?」


「あっ、あの! 実は私、貴方に聞きたいことがあって!」


やっと、セシルは思い出す。


テリーには言いたいことがあった。


「なんだ?」


「リリアという魔力体を生き返らせてほしいの!」


「リリア? リリアって、あのエアルドフ王国のリリア姫か?」


テリーはリリアを覚えていた。


リリアは数ヶ月前に杏里がスカウトして、リバースに新規加入された女性。


そもそもリバースは昔からの寄合だったため、こういった新規の存在を加入させたことがない。


「コロシアムなら別にオレが蘇生させなくても……ちょっと聞きたいが、リリアは分解したのか?」


「そうなの……」


「分解……分解したのか。リリアは……」


がっくりと肩を落としたテリーは、力なく床の方へと視線を向ける。


「悪い……」


それだけ語り、テリーはその場を離れていく。


「ねえ、ちょっと待ってよ……」


「おい待て」


追いかけようとしたセシルをアーティが止める。


「オレたちは確かにマフィアだが、できもしねえことで金品をせびろうとは考えていない。今から言うことは事実だ。聖帝テリーの能力では、分解した魔力体を蘇生できない。なぜなら、そっちは聖帝ではなく魔帝の領分だ」


「嘘……じゃあ、リリアは……」


「………」


少しだけ、アーティは悲しそうな表情を見せる。


「………」


呆けたように、セシルは床に崩れ落ちた。


「哀れリリアはコロシアムの藻屑と消えたか。分解したなら、これでコロシアムも当分魔力には困らないな」


鼻先を人差し指で擦り、アーティは寂しそうに語る。


彼の目にも光るものがあった。


「リリア、先に逝ったノールと仲良くしてください。クァールも連れていけ」


軽く手を合わせ、アーティは黙祷する。


それから、アーティはしゃがんでセシルの背中に手を当てた。


「さっきは御免なあ、痛かったろう? オレは聖帝会№2のアーティだ。今回の件以外で、もしどうにもできないことがあったら、ここに連絡してくれよ」


アーティは一枚の名刺をセシルの手元に置く。


名刺には謝罪用名刺と書いてあった。


アーティが誤って傷つけてしまった際に配る名刺であり、これさえあればフリーパスで悪党が味方につく。


「ATMがいなくなってこれからの生活は大変だな。分解する暇があったら戦いに勝てって感じだろうが、分かるだろう? リリアだってそれだけ死力を尽くしたんだ。故郷には、あいつ好みのでっかい墓を造ってやれよ。それが弔いってもんだろう。なっ?」


精一杯、優しく声をかけてから、アーティは立ち上がる。


「墓の請求とかは聖帝会に回してくれ。オレは綺麗事を言うだけ言って結局のところ全部他人任せにするような屑じゃないからな」


よろよろとふらつきながらテリーが歩いて行った方向へ、アーティも駆け足で向かっていった。


「………」


セシルは通路の壁に背をつけ、力なく床に座り続けた。


アーティが語っていた言葉など、一切耳に入っていない。


それだけ深い絶望が、セシルの心を覆っていた。

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