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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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完全勝利

真意が知りたかった。


デミスには今のリリアの行動を理解したい気持ちがある。


リリアに理由を聞いておきたかった。


聞けばきっと、理解ができる。


互いに認識を共有しなくては、とても理想の相手とは言えない。


自分の理想だけを押しつけているようでは駄目だ。


相手の気に入らないところも受け入れてこそ、初めて同志だ。


「そうなのだろう、リリア」


デミスは安心して、肯定的に受け取った。


肝心のリリアは、当然ながらそんなことを思っていない。


舞台に倒れていたリリアは床に手をつけ、なんとか身体を起き上がらせようとする。


少しずつデミスが近づいているのが目に入った。


一緒に、あの眼差しも。


デミスの見せる目線が、最初からずっと大切な仲間を見る目線となんら変わらない。


自分はこれだけ必死に戦っているというのに。


今でも敵とは見られていない。


だからこそ、リリアは必ず勝てると気づいた。


なんとか、リリアは立ち上がり態勢を整えようとする。


それが勝つための大前提。


しかし、身体に残る魔力量が足りず、思うようにいかない。


ノールの“やり方”では駄目なのだ。


リリアが望むのは、ただ一つ。


完全勝利。


リリアの目から一滴の涙が流れた。


悔しさや後悔からではない。


心が決まった瞬間だった。


「ん?」


デミスの動きがぴたりと止まる。


リリアが涙を流したからではない。


涙には気づけなかった。


足元にしがみつくなにかがあったから。


「おい、お前!」


足元に必死にしがみつく存在は、エールだった。


声には相当の怒りがこもっている。


「忘れたのか、戦いは五対一なんだぜ!」


ゴスロリ衣装の腹部辺りが破け、血が滲んでいる。


エールのスキル・ポテンシャルが流体兵器だったが故に。


真っ先にデミスに倒されたはずであった。


しかし今ではもうダメージらしきものが見当たらない。


なぜなら。


「はいはい。五対一、五対一……」


少し離れた位置の床に倒れた状態で、セフィーラがくぐもった声で語る。


右手、右足に折れた形跡があり、吐血も止まっていない。


エールと違って、デミスから受けた致死量のダメージがそのまま残っている。


先に意識を取り戻したセフィーラは、あえてエールにだけ回復魔法をかけた。


回復魔法をかけられたエールもまたセフィーラに致命傷が残されたままにしている。


セフィーラの生存が戦いの要となっていた。


セフィーラのスキル・ポテンシャルは必中である。


必中が発動している間は、セフィーラは常勝無敗となるのだ。


つまり、セフィーラを味方の一員に抱えているリリア側が負けることはない。


それでも今回のように歴然の差を見せつけられる程の強者が相手ともなれば、勝敗がどう転ぶか分からない。


セフィーラのスキル・ポテンシャルが必中だと気づかれていない間は、回復させずに敗北を喫した存在として誤認させておく必要があった。


「無駄だ」


足を軽く振り上げ、しがみつくエールを弾き飛ばす。


威力は最小限で、少し床に転がっただけ。


「マジかよ……」


丁寧に軽減された威力に、エールは驚きを隠せない。


デミスはエールが魔力を欠片も残していないのに気づいていた。


ことここに至っても、デミスが相手の命を奪おうとはしない。


デミスの目は、床に横たわるエールには向いていなかった。


リリアの傍に、もう一人のエールがいたから。


エールのスキル・ポテンシャル流体兵器は発動されていた。


それは、デミスを倒すためではなく。


リリアにエールの魔力、その一切を渡すために発動された。


「リリア、魔力をあげるよ」


流体兵器のエールは無機質な声で語りかけ、リリアの腕を掴む。


掴んだ後は、煙のように姿を消した。


魔力の塊である流体兵器が自ら糧の役割となり、リリアをその魔力で満たしてゆく。


エールから見ても、デミスへの勝利にはリリアの存在が不可欠だと踏んでいる。


勝利の要となるリリアが先に落ちるのは不味い。


流体兵器には対象の実力を学習する機能があり、いずれはデミスと対となる存在にまで昇華させられる。


だが、悠長に戦っていられる時間などあるはずもなく、全てをリリアに託すことにした。


それが、エールの魔力が残存していなかった理由。


「ありがとうございます、エールさん」


リリアは静かに語る。


流体兵器という能力の特性上。


本体のエールがデミス側に向かっていくなど有り得ない。


魔力により作られた流体兵器側を盾の役割とさせ、自分は安全圏で戦うべき。


それをせず、魔力切れ寸前の身体でデミスに立ち向かったのは、分け与える魔力の一欠片も無駄にしたくなかったから。


エールは死ぬ気だった。


そのおかげで戦うに十分な魔力をリリアは手にした。


しっかりと自らの力で態勢を整え、リリアは構えの体勢に移行する。


「デミス!」


腹の底から声を出し、リリアは気合を入れる。


直後、一直線にリリアはデミスに向かっていく。


エールから譲り受けた魔力。


魔力流動を駆使して全身にまとい、リリアは渾身の一撃をデミスの顔に叩き込む。


「ぬう……」


それにはたまらず、デミスもよろめいた。


激しい痛みを受けながらも、デミスは楽しさを感じている。


先程と遜色ない威力が確かにそこにあった。


“仲間”が強い意志を持って自らの足で立ち上がり、再び戦場へと舞い戻ってくれた。


おかげでデミスは安心し、より意気軒昂とする。


リリアが強ければ強い程に、頼れる同志となるのだから。


デミスも信頼を込めて渾身の一撃をリリアに叩き込もうとする。


「……なんだ?」


スムーズにリリアへと自らの腕を進めていく間。


ふいに、デミスの内になにか言いようのない感情が湧き上がる。


それがなんなのか分からない。


デミスの拳は、リリアの胸に突き刺さる。


胸を射抜き、リリアの身体を貫通していた。


ようやく、デミスは言いようのなさの正体に気づく。


リリアはデミスが見える正面だけを薄く魔力で守っていた。


背面は砕け散っているに近いダメージを受けたはず。


「やりますね」


一度、リリアは炎人化して身体を元に戻す。


その際、デミスの拳が身体を突き抜けている状態ではなく、両腕で抱きかかえるようにして掴んでいる状態になっていた。


リリアの身体からは、水蒸気のような煙が立ち上っている。


それは魔力体の死である分解の兆候。


先程の一撃が、リリアを即死させていた。


にもかかわらず、リリアが行動できる理由は。


元々残されていた魔力が残存しているわずかな間だけ。


つまりは完全に消滅するまでなら、リリアとしていられる。


「リリア……?」


デミスは声を漏らす。


理解が追いつかないでいた。


少しの間を置けばリリアの行動の真意に気づけるが、これはその間を掴み取るための作戦。


リリアの決定事項はなにも変わらない。


まだ殴り合いをすると見せかけ、その実この一瞬に全てを賭けた。


起死回生の一手だった。


エールが命懸けで託してくれた魔力がなければ、残存できる時間的猶予を得られず、この流れは掴めなかった。


次の瞬間。


デミスは一瞬のうちに、自らに宿る魔力の全てを奪われた。


その魔力がコロシアム内どころか、R・ノールコロシアムの都市一面に至るまで覆い尽くしていく。


ノールの吸収態で失われ、枯渇していた魔力が一挙に満たされていった。


「………」


少しの間、デミスは呆けていた。


呆けていても、リリアの行動を理解する。


リリアはデミスから魔力奪取を行っていた。


しかし、それは魔力体にとって完全に外法とも言える行為。


魔力の奪取には、その者が受け取れるだけの器、空き容量が必要となる。


純粋な魔力の総量で言えば、リリアよりも魔導人のデミスの方が遥かに多く全てを奪い取れるはずがない。


だが、無制限ともなればそうはいかない。


そのため最初から分解へとスムーズに移行することが勝利への第一歩であった。


今、リリアは穴の開いたバケツ同様に魔力の受け皿となれない。


奪えば、一気に溢れる。


瞬く間にデミスは全魔力を奪い尽くされ、勝負は決した。


これがあの一瞬の間に起きた全てだった。


「リリア、お前が……やったのか?」


「………」


リリアは無言でうなずく。


「そうか……」


小さくデミスは語った。


デミスが魔導人となって以来。


初めての魔力切れを起こしていた。


魔導人が魔力切れを起こす。


通常ならば、このような奇跡に等しい現象が起きるはずがない。


スキル・ポテンシャルのラスト・リゾートにより、完全無欠と成ったデミスを打ち倒す方法は、ただ一つ。


魔力そのものを完全に奪い取り、スキル・ポテンシャルの発動を強制停止させる他ない。


魔導人は自らの力で自然に魔力を生み出せる存在。


つまりそれは、本来なら到底不可能なはずだった。


「さあ、リリア。君の勝利だ」


軽くデミスは両手を広げた。


攻撃をするよう、リリアに伝えている。


「ええ」


リリアは構え、デミスの胸に向かって拳を叩き込んだ。


ふわっと、デミスの身体は浮き上がり。


一メートル程、背後に向かって飛ばされ、仰向けで倒れた。


「………」


頭上高くに煌々と輝くライトの光を、デミスは血を吐きながらも眺めていた。


「………」


言葉もなく、デミスの様子を見つめていたが、リリアも頭上を眺める。


自らの身体が持たないのは、分かっていた。


もうリリアには、なにも聞こえない。


ただ、デミスの見る同じ風景を仰ぎ見ていた。


「リリア!」


舞台脇で試合を見ていたエアルドフがリリアへと絶叫に近い声で呼びかける。


居てもたっても居られなくなり、エアルドフは舞台へ上がった。


なにも聞こえなくとも、魔力の波動からリリアはエアルドフの方へと視線を移す。


小さくリリアは頬笑み返した。


それが、リリアの最後の姿となった。


完全に分解したリリアは姿を消し、魔力そのものとなって周囲に霧散した。

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