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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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交代

敵である自らを手放しに褒める。


それが“ノール”には不思議に思えた。


今まで必死に命の奪い合いをしていた相手であればなおさら。


決してそのようなことはしない。


普通にルインと手を組み、二対一にも成り得るのだ。


その状況に舌打ちすれど、褒めるなど有り得ない。


なのに、心から尊敬できるとデミスは褒めた。


このような対応をし出すデミスに“ノール”は敵意が削がれていく。


思えば、戦っている間にもデミスは決して悪質な戦い方をしていない。


命を懸けているのだから、自らの力量全てを精一杯出し切るべきだと“ノール”は思う。


労せずに勝てる相手ではないと、わずかにながら思うのであるならば。


「あの白衣の女性が話していたが」


デミスが語り出す。


「この場所では、向こうで戦うのが基本なんだな、リリア? だから君は、この周囲を壊したくなかった。そうなんだろう?」


「まあ、そういうことかな」


「そうだったか、ならば戻ろう」


壁に空いている穴へ、デミスは入っていく。


それに続いて“ノール”も。


穴を通って、観客席の間を通り、コロシアムの舞台へ二人は再び戻る。


「リリア、済まなかった」


「ん? なにが?」


反射的に尋ねてしまったが、“ノール”自身本当は分かっていた。


自らの反応で弱点が把握されていただろうが、全く口にせずコロシアムに戻ったデミス。


やはり考え方や認識に違いがあることから“ノール”の敵意はより削がれる。


こういったタイプの強者は今まで見たことがない。


“ノール”がもっとも苦手な相手は、恐るべき猛者ではない。


もっとも恐ろしいのは敵意なく、こちら側に味方であるかのように寄り添える相手。


デミスはそのタイプの相手。


怒りも敵意も戦意も湧かない。


再び向かい合い、構えに移行するが先程の勢いや気迫が今の“ノール”にはなかった。


この場に必要なのは、もはや戦いではない。


話し合いだ。


すでに“ノール”は気づいている。


「リリア」


構えた状態のまま、デミスは呼びかける。


「闘争に不必要なものを知っているかな? それは長考だ。ボードゲームでなら必要だろうがな」


士気も低く戦意が見えないことに、デミスが注意喚起を行う。


隙をついての先制攻撃をデミスは仕かけない。


恐るべき強さを誇る存在が相手なのは、戦ったデミス自身が分かっているはず。


これで“ノール”は、この戦いの本質が“修行”なのだと気づく。


向こうは最初から敵だとは見ていなかった。


戦意も敵意も見せず、大事な友にでも出会ったとでも言うべき反応だけをデミスは見せ続けた。


“ノール”は自らを悪と判断しているが、戦闘狂ではない。


避けられる戦いなら極力避けるタイプ。


相手が善を重んじており、なおかつ行動でも示せるのであればこれ以上の戦いは意味がない。


「取引をしよう」


“ノール”から提案をした。


「取引? 良いだろう、どのような話かな?」


一瞬さえも考えず構えを解き、ノーガードでデミスは“ノール”に近寄った。


自らが有利に立とうと駆け引きすらする気がない。


「戦っているうちに、お前の考えは大体分かった。もしもお前が……」


「リリアやエアルドフ、それに他の魔力体や……それ以外には誰がいるか分からないが、リリアたちが提案をするのであればそれ以上の者たちと敵対しないと誓おう」


まだ取引内容をなにも話してもいないのに、デミス側から多くを語り出す。


デミスの目やオーラは嘘を語っていない。


元々神職者であるデミスは嘘を吐いて相手からアドバンテージをもぎ取ろうなどという悪質な対応を決して取らない。


自らの信条に反しているからだ。


「それもそうだけど……」


ぴたりと、リリアの動きが止まる。


そっと、リリアは手を掲げ、顔の右側に手を当てる。


手を離した時に変化があった。


右の瞳の色が、青色から赤色に変わっていた。


「リリア、目の色が……」


この時に初めてデミスは瞳の色の変化に気づいた。


“ノール”が表側に出ていた時から両瞳が青色に変わっていた。


だがその時には気づかず、今現在の青色と赤色のオッドアイの状態だと流石に気づいたらしい。


「ま、待って……」


徐々にリリアの両瞳の色が赤色へと変化していった。


再び、リリアの目に強い闘志が宿る。


速攻でリリアはデミスの顔目がけて右手からの直突きを放つ。


「リリア?」


意味が分からず、デミスは首を傾げる。


まるで意図が読めなかった。


先程のような強力な威力もなく、痛みが全くないに等しい。


これは一騎打ち序盤での感覚に近い。


しかし、これだけは分かる。


リリアは最も卑怯な手段を取った。


“自ら”取引を申し出たリリアを信頼して、無条件で取引を快諾したデミスを相手に不意打ちを仕かけた。


これは絶対に許し難く、デミス自身が望む相手にあってはならない行為であり、なによりも卑怯な手段がリリアらしくない。


少しだけ、デミスは肩を落とした。


まさか、こんなものだったのか?と。


「リリア、少し話が……」


その時、リリアは左手でデミスの二の腕辺りに軽く手を置く。


デミスは魔力を吸い取られるのを感じた。


この感覚は非常に久しぶりの感覚。


先程ノールが吸収態を発動した際にもデミスは魔力を奪い取れなかったのだから。


再び、リリアは腕を振り上げ、デミスの顔目がけて直突きを放つ。


「ぐあっ……」


全く同じ攻撃だが、ダメージ量は比較にならない。


ノーダメージに近かった攻撃が、顔が陥没するかと思わせる程の威力に変貌している。


デミスから奪った高度な魔力で、デミスの一撃に匹敵する威力を振るい、なおかつデミスは魔力を奪われたことにより魔力によって固められた防御力が低下している。


非常に効率の良い戦い方だった。


ただしそれは、相手が無抵抗であり続けるならばの話。


「リリア!」


強く呼びかけるように大声を上げ、勢いよく自らの二の腕辺りに置かれたリリアの手を裏拳で振り払う。


そのまま、リリアの首筋目がけ渾身の一撃を放つ。


リリアはとても耐えられず、思い切り背後に飛ばされ、床に転がった。


「………」


静かにデミスはリリアの様子を窺う。


あまりにも弱過ぎた。


先程までのリリアならば、このような攻撃などではと、デミス自身が歯痒さを感じている。


なにが起きたのかとデミスは考えるが、まさか今までノールがリリアの身体を借りて戦っていたなどとの発想には至らない。

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