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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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弱点

通路まで弾き出されてしまったリリアは頭を抱えていた。


大切なR・ノールコロシアムを自分自身のせいで壊してしまったと。


もしも、“ノール”の姿のままなら。


投げられた瞬間に天使化して勢いを殺し、再びデミスの前に降り立つこともできたはず。


「天使化さえもできないのか……」


小さく、リリアはささやく。


「なんだ、凄い音がしたぞ!」


どこかからか、大声が聞こえた。


この声を聞いて、リリアは身体がびくんと震えた。


今自分がいるのは、コロシアムの通路である。


こんな場所で戦えば、観客たちを巻き込んでしまう。


「皆、ボクから離れて!」


周囲の状況を理解したリリアは、通路を歩む者たちに呼びかける。


そして、リリアは壁に持たれかかりながら立ち上がった。


「おい、見ろよ。あいつは、リリアだ!」


呼びかけられた周囲の者たちは、当然ながらコロシアムの観客たち。


上位ランカーのリリアを目にすれば近づくに決まっている。


例え、本人から離れろと言われようとも。


「世話が焼くな……」


ムッとしながらも、リリアは自らを中心に封印障壁を発動する。


それから徐々に封印障壁を拡大させていく。


封印障壁は、ほぼ全ての攻撃を跳ね返す効果がある。


それが円形をかたどって周囲一帯に風船のように広がっていけば、誰もリリアには近づけない。


こうしてリリアは無理やりにでも観客を傷つけずに戦えるスペースを作り上げた。


「開けろ、リリア!」


観客たちが封印障壁の向こうから叫んでいる。


薄く透明な色をしている封印障壁は内部の風景が見えるため。


しかし、リリアは周囲の状況など最早見ていない。


デミスが姿を見せたから。


「あの部屋の外は、こうなっていたのか……」


リリアが攻撃を受け、ぶち当たり壊してしまった壁。


そこから、デミスが後を追ってきた。


「ああ、リリア。待たせてしまい申しわけない」


ふっと、綺麗な笑顔を見せた。


待っていてくれたことが、デミスは嬉しかった。


なんなんだ、こいつは?とリリアは強く思う。


別にデミスを待っていたわけではない。


R・ノールコロシアム自体に被害がおよばないようにするためだ。


“ノール”としての姿ならともかく、今のリリアとなっている状態では到底デミスを止められない。


「しかし、凄いな。封印障壁に入口をつけられるなんて。随分と器用なことをする」


デミスは普通に感心している。


感心した上で、あえて封印障壁内に入ってきた。


「………」


特になにも語らず、リリアは封印障壁をより強固なものとするため、魔力の操作をし続けた。


「ふむ?」


この行動の意味が、デミスには分からない。


別にデミスはこのまま周囲を壊しながら戦っても構わないからだ。


ここがコロシアムだからと言って、闘技場エリアでしか戦えないなどの縛りは彼の中に存在しない。


闘技場エリアに戻って欲しがっているのは、むしろリリア側。


「………」


暫し、デミスは顎に軽く手を当て思考を巡らす。


リリアの行動。


通常ならば周囲など気にする必要などない。


もしも気にするのならば、それはつい先程まで戦っていた闘技場エリアでの話。


あの場には、父親のエアルドフがいたのだから。


この商業区で周囲を守るため、封印障壁を張り巡らせるのは明らかに矛盾していた。


「そういうことか」


壁際までデミスは近づく。


ゆっくりと右手を上げ、壁を裏拳で軽く小突く。


壁にまで張られていた封印障壁など、デミスは軽く緩和できる。


商業区の壁に裏拳は当たり、数十センチ範囲で蜘蛛の巣状にひび割れ、壁が崩れた。


「止めろ!」


リリアの感情が発露する。


このR・ノールコロシアムは、“ノール”にとって他には代え難い財産。


それを簡単に壊されては溜まらない。


「意外だな、リリア。この建物が弱点だったのか」


ふっと、デミスは笑みを浮かべた。


そのデミスへ一気に距離をつめ、リリアは顔面目がけて拳を当てた。


直撃しても、デミスはまるで動じない。


むしろ、拳が顔面に当たってから壁につけていた右手を離していた。


それからゆっくりとリリアの肩に拳を振り下ろした。


思いっきり、リリアは体勢を崩す。


床にうずくまり、攻撃を受けた肩に手を置く。


「リリア?」


再び、デミスは疑問を抱く。


堪えられないはずがない。


今までがほとんど同じ威力の殴り合いだった上、まだまだ余力があると見て取れる。


なのに、堪えられないということは……


「そこまでして、この建物を守りたいのか?」


デミスは通ってきた壁の穴の方を見る。


「リリア、あの場へ戻って戦えばいいんだな?」


あえて、デミスは聞いた。


「………」


リリアはなにも答えない。


リリアの反応を見て、デミスは軽く頷く。


なぜなのかは知らない。


だが、壊そうとするせいでリリアの実力を窺い知れないまま終わってしまうのはデミス自身不本意だった。


自ら壁の穴を通って闘技場へ戻ろうとした。


その時。


「お客様」


ゆっくりと軽めに、デミスの肩に手が置かれた。


「なっ……!」


デミスの全身の毛が逆立つ。


今自分は臨戦態勢に移っている。


発動条件が非常に狭いスキル・ポテンシャルのラスト・リゾートも発動し、意気軒昂としている。


この状態の自らに全く気づかれず、相手は接近して肩に手を置いていた。


直感的にこのままでは不味いとの思いが脳裏を過ぎり、デミスは腕を振り上げ、肩に置かれた手を勢いをつけて払い除けた。


同時に隣にいる人物の顔を目がけて殴りかかった。


「これは一体……どういうことかしら?」


デミスの隣にいたのは、女性だった。


すらっとした体形の、綺麗な銀髪のしおらしい可憐な見た目の女性。


白い法衣をまとう女性からは猫のような尻尾と耳が見える。


紛れもなく桜沢グループの最強格。


桜沢グループ№2であり、副社長のルインがそこにいた。


不意打ち的な行動から威力を抑えず、顔面を思いっきり殴りつけられたルインは微動だにせず落ち着き払っている。


痛みさえも感じさせていない。


「お客様、こちらは闘技場エリアではございません。直ちにその専用通路を通り、闘技場エリアへお戻りください」


冷たく強い怒りを感じさせる口調だった。


しかし、周囲にいる他の客たちは、どこかほっとしたような、安堵したような雰囲気が見て取れる。


他の者たちはルインに対して、温かみを感じ晴れやかな気持ちとなっているようだ。


それとは異なり、デミスはルインから強烈な敵意と悪意を感じていた。


恐るべき女。


いや、とんでもない怪物だ。


デミスは目の前にいる怪物の本性を理解する。


この女は、常時極致化をしていると。


極致化とは、変化した対象の存在が出し得る全力を常時フルに発揮している状態を示す。


つまりは、リミッターを常時解除している。


言うまでもなく、怪物。


そんな常軌を逸した存在が目の前にいたら、人々は脱兎のごとく逃げ出すのが筋であるが、そうならない方法が一つだけある。


単純に敵意を向けないという方法である。


そのようなイカれた怪物が、なぜか自らに対して一切敵意も悪意もなく静かにしている。


度を超えた異常さに、人々の認識は軽く麻痺して無条件に平和や安定や優しさなどを甘受していると誤認してしまう。


最早その印象を与える怪物を聖人とまで見てしまう程に。


だがそれは強者や、極致化を一度敵として立ち会ってしまった存在なら別となる。


その状況の本質に気づいているのだから。


「貴様、なにをどうしたらそこまで……まさか、貴様が現代の……」


デミスは構えの体勢に移行する。


対リリア戦以上に魔力流動が完成されている。


どんな状況による闘争であっても瞬時に対応できるよう対策されていた。


「残念だけど、私は聖帝ではない。血を輸血してもらったの」


言葉を紡ぐ間。


言いようのない感情が、ルインのうちに渦巻いていた。


ルインの目から見ても、デミスは相当の猛者だと感じている。


過去にルインは総世界最強の座を、ノールに譲り渡してしまっていた。


ルイン本人は認めていない。


今現在では桜沢グループの副社長としての座に落ち着き、到底民間に顔向けできない行為はできなくとも。


今の今まで極致化してまで好意を増長させられていたのに今更それを手放すなどできない。


「………」


言葉もなく、ルインは奥歯を噛み締める。


自らがここまで本当の力を抑えて、抑えて、抑えて。


様々なものを捨て去ってきたのに、なぜこいつだけは。


一撃をもらったせいでもあるが、ついに感情を隠せなくなった。


心理的なものにより、クロノスの都市でジリオンに敗北を喫したあの時。


エージに対して、ノールとの共同戦線を敷かざるを得なかったあの時。


どちらもベストコンディションだったのならば自分一人でも対処できた相手。


自分は、本当は誰よりも強い。


ジリオンよりも、エージよりも、ノールよりも。


「お前にもだ!」


一気にルインは構えの体勢に移る。


ルインが立つ位置を中心にヒビ割れが走り、周囲一帯も軋み出す。


直後、歪み切ったオーラが周囲一帯を覆い尽くしていく。


近くにいた観客たちは悲鳴を上げ、一目散に逃げ出していった。


それだけ、ルインの狂気が凄まじかった。


ルインは腕を振り上げる。


強力な魔力がこもった一撃をデミスに打ち込もうとしていた。


しかし、その攻撃はデミスには当たらなかった。


デミスとルインとの間に、割り込む人物がいたから。


丁度、ルインの振るった腕に自らの腕をクロスする形で橘綾香が受け止めていた。


「ルイン」


優しい口調で、綾香は語りかける。


いつものキャリアウーマンらしい衣装に白衣をまとう格好をしていた。


綾香は腕をクロスする形になっていたのを止め、体勢を整える。


綾香も明らかにヤバい存在だった。


極致化しているルインの一撃を変化もせずに受け止められている。


「ここは、まだ貴方の力を振るう場所ではないわ」


「それなら一体いつだって言うの?」


少しオーバーな身振りで、ルインは綾香へ食ってかかる。


全力を出して戦おうとした矢先に止められては切れるのも無理はない。


「もう少し後よ。おそらくは一年以内」


「そんな、どういう……」


「この私が信じられないの?」


「いえ、分かったわ」


そう語り、ルインは仕方なく納得する。


「お客様方」


綾香がリリア、デミスに語りかける。


「そちらの専用通路から闘技場エリアへ戻り、試合の再開をお願いしますね」


さも当然のように、リリアがぶつかり壊してできた穴を専用通路と呼ぶ。


それは先程のルインも同じだった。


「さあ、ルイン。行きましょうか」


綾香とルインは封印障壁に空いていた穴を通り、離れていく。


通路側にできた穴は、ルインが来た際に聖帝の事象を消滅させる能力で開けたらしい。


「恐ろしい女だ。あのような怪物がいるとは……」


「ルインはそんなに怖い人じゃないよ」


リリアはデミスの隣に立っていた。


ルインと綾香が現れたことで、十分に休養を取れ、態勢も整っている。


「あの女と面識があるのか?」


「ボクの仲間だよ、あの人は。あれでも昔と比べて随分丸くなった。でもやっぱり、あれは相当無理していたんだな」


「そうか、凄いな」


「確かに凄いね、ああいう人はなかなかいない」


「いや、リリア。貴方がだ」


「えっ、なにが?」


「あのような者であっても味方となれるリリアは凄い人だ。貴方を心から尊敬できる。やはり、オレの同志には貴方が必要だ」


「………」


返答はしなかった。


次第に、リリアのうちにあるデミスへの敵意が削がれていくのを感じた。

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