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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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ラスト・リゾート

事態が一変した。


魔力の収束したリリアの姿を見た際に、デミスが強く感じた印象だった。


「リリアさん、君は一体どうやってここまで強くなれたんだ……?」


今までのリリアではない“リリア”へと変わったのは分かる。


まさかそれが本当に別人となったとは、デミスでも気づかない。


「今から恐ろしいことになるぞ」


リリアは視線を送る。


強い怒り、憎しみが込められている。


「構えろ、ボクは無抵抗の者をなぶる女じゃない」


「ああ、そうだったな」


リリアとは異なり、デミスは表情に笑みを浮かべる。


「悪かった」


リリアに合わせるよう、今まで見せなかった武人としての姿へデミスは変わってゆく。


デミスの内部から際限なく湧き上がる強力な魔力。


それらが、デミスのコンディションを極致へと跳ね上げる。


デミスもまた完璧と言ってもいい程の魔力流動が可能だった。


最も適した攻撃力を、守備力を、瞬発力をその身に一瞬で宿していた。


構えの体勢へと移行する。


そこには、一部の隙もない。


「素人が……」


デミスを前にし、まずリリアが語った言葉はそれだった。


敵意以外にはなにも感じさせない口調であった。


間もなく。


デミスの体勢が大きく崩れる。


声を発した直後。


その瞬間には、すでにリリアの右の拳がデミスの胸を強打していた。


今までいた場所には、リリアの残像が置き去りにされている。


「がああっ!」


強力な一撃に、デミスは絶叫を上げていた。


今までに受けたことのない苛烈な一撃。


いとも容易く魔力の防御を射貫き、ただの一撃でデミスは心室細動まで引き起こす。


一撃で勝負は決した。


だが、それを救ったのもリリアとなった。


右の拳を引き、続けて左の拳で同じ位置を強打する。


それで強制的に正常な律動を取り戻したが……


次に顔面にストレートを打ち込まれた。


死地にいる。


強烈に感じる死のイメージから、デミスは一刻も早く自らのペースを取り戻そうとする。


その間にも叩き込まれる連撃。


今のデミスでも到底対処などできない速度で攻撃をし続けている。


攻撃も防御も回避もどんな対応であろうと全てが徒労に終わる。


デミスに残された唯一の行動は、耐えられないを行う、だけだった。


正面には怒りで目が血走っている怪物がいる。


その怪物が世界でも砕こうとしているのかと思える程の一撃を幾度も幾度も絶え間なく与えてくる。


なのに、自らは後方彼方へ吹っ飛んでいきそうな状況でもこの場から一歩も動けない。


この時点でようやくデミスは気づく。


自らにかかる衝撃を押し返すものがあると。


つまりは、自らの背面には封印障壁が張られている。


気づいたデミスは吐血しながらも背後へ手を伸ばし、封印障壁を解除しようとする。


しかし、手にはなにも当たらない。


通常、封印障壁は円形をかたどるはず。


自らの背後にあるならば手首の向きを変え、ふれさえすればデミスクラスなら封印障壁を解除できる。


デミスは気づいた。


この場所ではない、別の場所で張られた封印障壁が空間転移により、自らの背後に頭部から足の位置までの骨組みとなる人型の形で張られているのだと。


恐るべき連撃により、その背後まで手を伸ばせない。


一打目の強烈な攻撃と同時に、敵となる対象の背後へ封印障壁を空間転移で張り巡らせ、回避不可能にしてから死ぬまで連撃を続ける。


これは、絶対に殺すと、“ノール”が心に決めた時だけ行う手段だった。


一打一打毎に意識を喪失しかねないダメージを受け、もはやデミスには為す術がなかった。


その時、ぴたりと連撃が止む。


恐るべき連撃が止み、デミスはゆっくりと前面に身体を打ちつける形で倒れ込んだ。


「なんだ、まだ生きているんだね。流石は古代の魔導人ってところか」


無駄にあるタフネスに、リリアは辟易(へきえき)していた。


どう考えても殺害せしめる、それだけの打撃は十分に叩き込んだはず。


「ほ……本当に、強く……なったん……だね、リリアさん」


がたがたと震える身体に鞭を打ち、デミスは両手を床につけ、上半身を起き上がらせようとする。


デミスは全身血まみれで痣だらけとなっていた。


両目も失明し、顔も腫上がり、鼻の骨も折れて平らで、歯のほとんどが砕け、抜け落ちている。


身体の骨がへし折れ、砕けている部分が多く、最初に自らへまとった魔力だけでなんとか身体を起こしている。


身体の内側も、そのほとんどがもう機能していないだろう。


「そんな身体でよく立ち上がろうとするね。これだけ痛めつけても精神力だけで立ち上がろうとするなんて」


「人々を……救うためなら……」


デミスの言葉に、リリアは溜息を吐く。


この手の類いには、心底うんざりしている。


とにかく厄介さを感じていた。


自らの信念、そして己の正義の心に全てを投じられる。


そういった二つの概念に凝り固まった“異常者”は度を超えた発想力を持っている。


自らの敗北が、他人の敗北へ繋がると信じてやまない。


声援も応援も理解者さえも必要がない。


たった、一つ。


己の考えさえそこにあれば彼らは“ヒーロー”となれるのだ。


言葉を発しながらも、デミスは走馬灯を見ていた。


過去に見た風景、愛する家族、信頼できる仲間たち。


自らの師R・ルールの姿。


自らの誓った強い信念と正義の心がデミスのうちに去来する。


「負けられないんだ……」


信念が、正義の心が、デミスの背を強く強く押してくる。


立ち上がれと、人々を守れと、押し続けてくる。


徹底的に追い詰められ、いつ死んでもおかしくないデミス。


恐るべき逆境が本当に強かった全盛期のデミスへと引き戻す。


この瞬間、デミスのスキル・ポテンシャルが発動条件を満たした。


「発動する、ラスト・リゾート」


デミスへ魔力が集束するのを、リリアは感じた。


自らの魔力邂逅としての存在。


そして、吸収態が発動されたままの状態で。


ゆっくりと立ち上がるデミス。


デミスが完全に立ち上がり終えるまでには、すでに全身の怪我が癒えていた。


不味いと、リリアは思った。


魔力邂逅がいてもなお、当たり前のように魔力を我がものとできるのは自らと同等もしくは、さらに強いということ。


「救いたい人々が目の前にいる。それなのにオレがここで破れてしまえば、この戦いを始めた意味がなくなる。R・ルールは桁違いの存在だ。それに並び立つ者を見つけるだなんて、無茶なのは最初から分かっていた」


はにかんだようにデミスは頬笑む。


「笑っちゃうだろ。不安が胸を覆い、くじけそうになったのは何度でもあったんだぜ。でも、オレは絶対に諦めないと誓ったんだ。だから、リリアさん。貴方に逢えて本当に良かったよ」


デミスは構えの体勢に移行する。


ラスト・リゾート。


読み通り、最後の切り札。


なにかを得るには、なにかを差し出さねばならない。


そういった世の理を捨て去った能力。


「………」


言葉もなく、リリアはデミスを見つめている。


この状況が起きた時点で、リリアが勝てる確率は絶望的な数値となった。


このままでは勝てない。


そんなスキル・ポテンシャルがあるとは知らなかったが、目の前の状況で理解はできる。


魔力邂逅への変化、そして吸収態。


リリアの身体でも確かに発動ができているが、これはどちらもリリア本人の能力ではない。


どちらもノールのものであり、借り物に過ぎない。


今現在のリリアの姿では、ノールは到底全力になどなれなかった。


リリアはノールの器としての素質、経験、技術全てが劣っている。


確実に勝利する環境が、R・ノールコロシアム内にはできあがっていても、ノール本体ではないリリアが化物と化した存在に打ち勝つなど不可能に近い。


「リリアさん」


優しくデミスは呼びかける。


口元には笑みが浮かび、目も怒りや憎しみではなく希望がこもっている。


「さっきは本当に申しわけなかった。君にまた……噓を吐いてしまった。だが、もう嘘を吐かない。これが正真正銘、オレの全力だ」


右手を握り、すっと拳をリリアの方へ突き出す。


「もう一度やろう、リリアさん」


「………」


なんだ、こいつは?とだけ、リリアは思う。


「?」


デミスはなにもしないリリアに不思議がっている。


「そうか、ついに……負けを認めてくれたんだな。オレは強かっただろう、リリアさん?」


「誰が負けを認めたんだ!」


怒りのあまり思い切り、ブチ切れる。


負けを認めてしまえば、一人の魔力体が良いようにされてしまう。


リリアは力に任せて、デミスが突き出している拳に自らの拳をぶつけた。


互いに互いの拳がぶつかり合い、ぴたりと互いの動きが止まる。


衝撃など、なかったように。


「凄まじい女だな、リリア……」


特になにごともなく、デミスは拳を引き、構えの態勢に移行する。


全く手心を加える必要のない相手だと確信した瞬間だった。


「リリア、互いに死力を尽くした良い勝負をしよう」


「………」


なにもリリアは語らなかった。


もう言葉など不要。


こいつは今日限りで死ぬのだから。

登場人物紹介など


ラスト・リゾート(デミスのみが扱える固有のスキル・ポテンシャル。最初からデミスは完全無欠であった。その強力無比な状態では誰とも話し合いができないため、自らの力を縛る能力を創り上げた。それが、ラスト・リゾート。発動により効果を無効化させ、デミスは“通常の状態”に戻る。よって、完全無欠の状態からさらなる本気モードにも移行ができる。これをデミスは特段の負荷なくやってのける)

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