第3ラウンド
R・ノールコロシアムの一騎打ちで、リリアはデミスに敗れ去った。
これ以上ない程の完封負けもいいところで、勝率など1%もなかった。
敗北を喫したリリアの意識は、再びあの場所へ。
ノールが創り上げた世界にいた。
「リリア」
リリアの名を呼ぶ者がいる。
若い女性の声。
意識を取り戻したリリアが目を開くと砂地が見える。
どこかに倒れているのだと、リリアは察した。
身体を起き上がらせ、周囲に視線を移せば見慣れた風景が。
目の前には、大きな黒塗りの屋敷。
そして背後には、小さなログハウス風の家。
傍らにしゃがみ込み、心配そうに自らをみつめるR・ノールの姿があった。
「なんだか、いつも唐突に来るね、君は」
「でしたら……やはり、私は……」
それだけ語り、リリアは泣き崩れた。
「なに? どうしたの?」
急にリリアが泣き崩れたため、リリアの背中を擦る。
「わ、私は……この世界に来る際は、いつも瀕死のダメージを負っていました」
リリアは涙ながらに語り出した。
「以前も話したけど、この世界は天国とかそういうものじゃないからね」
「それは分かります……ですが、今ここに来ては駄目なんです。今この場にいてはお父様が……」
「へえ、なにかがあったんだね?」
「私が戦いに敗れたせいで、このままではお父様がデミスに殺されてしまいます……」
「もしもの場合さ、こういう風にどうしようもない状況になるって考えられなかったの?」
泣きじゃくるリリアと異なり、ノールの反応はとても冷めていた。
本当はなにがあったのかをノールも最初から知っていた。
リリアの存在こそが、まさにノールの作り上げた世界の外殻を担っているのだから。
株式会社バロック本社にて、セラが導き出した答え。
それが正しかったと言える。
リリアという一体の魔力体のうちに、一つの世界が存在するという創りとなっていた。
完全に世界だけが残るのは、外殻の魔力体が年令などにより分解した時。
その時初めて、世界という存在だけがこの世に残る。
こういった世界の理を知る者は、全存在のうちで100にも満たない。
「………」
リリアはなにも返答をすることができなかった。
ノールも慰めの言葉もなく、無言を通す。
リリアを可哀想だとは思わなかった。
身の程も弁えず身勝手な理由で戦い、結果は当然の敗北。
弱いくせに強者へ喧嘩を売ったのだから、惨めに敗れ去ってもそれぐらいは受け入れるべきだと感じている。
軽蔑する気持ちがあった。
とはいえ、ノールは静かにぶち切れていた。
両手を強く握り締め、怒りを堪えている。
ノールには最も嫌いなことが、二つある。
一つは、家族や友人を傷つけられること。
もう一つは、魔力体および魔力邂逅を侮辱する行為。
この怒りは単純にリリアという一魔力体が敗れ去ったから発生したものではない。
魔力体が真っ向から喧嘩を売られたからだ。
魔力体を手玉に取るも同然の行為など、熱狂的な魔力体優位主義者であるノールには絶対に許せない万死に値する行為。
そっと、ノールはリリアの肩に手を置く。
リリア対セフィーラとの戦いの際。
あの時がそうだった。
今回も本体のリリアのもとへ行けるはず。
目を閉じ、開いた時には、ノールの視界は切り替わっていた。
石の床面が見える。
今回もまたノールはリリアの身体へ意識を通すことができた。
視界が悪かったが、ノールは床へ手を置き、立ち上がろうとする。
だが、身体がぐらつき上手く立ち上がれない。
同時にノールの全身を激痛が走り抜ける。
「………」
無言でノールは拳を握り、床へ打ちつけた。
相当のダメージ量だが、この程度ではリリアが諦めないのを師である自らが良く知っている。
リリアの心や強い意志をへし折るなにかを行ったのだろうと考えた。
だとすれば……
「もっと早く気を失わせていれば、もっと早く負けを認めさせていれば……」
“リリア”は立ち上がる。
なにごともなかったかのように、今まであった極度のダメージは身体に一切存在しない。
「おお……」
感動からか無意識のうちに声を、デミスは発している。
今さっきまで勝負が確実に決したと思っていた。
それを乗り越え、リリアが再び自らの力で立ち上がってくれた。
デミスには、そのように見えた。
周囲の者たちもまたデミス同様に見えている。
誰もリリアの身に起きた変化自体に気づかない。
リリアの双眸の色は青色へ変化していた。
リリアの意識の前面に、強くノールが出ていた。
「ライル」
デミスへ視線も送らず、封印障壁の外にいるライルへ呼びかける。
「どうした? ギブアップするのか?」
急に名を呼ばれたライルは少しだけ封印障壁に近づいて尋ねる。
先程からライルは他の倒されたエールやセフィーラの心配を全くしていない。
同じリバースの仲間だというのに。
「今から吸収態を発動する。今度のは以前と規模が違う。対応に備えて」
「吸収態だって……?」
なにを言っているんだとの反応を示したが、まもなく。
「まさか……ノールか?」
即座に理解へ届いたライルは自らの魔力を最大出力で操作し始める。
扱う用途は、ただ一つ。
R・ノールコロシアム内外の魔力体たちへ、吸収態の発動が行われる事態を早急に伝えること。
前回のセフィーラ戦でリリアがノールとなった際に、同じく審判として立ち会ったライルだから兆速理解を示し、行動へと移せた結果。
これは凄まじいことになると、ライルは理解している。
コロシアム内やその周囲には多くの魔力体たちが暮らしている。
それらは全て、この時のため。
コロシアム内にいる間、ノールは絶対に負けない状況を丁寧に作り上げていた。
魔力邂逅の自ら自体が魔力の発生源でありながら、周囲一帯に魔力の供給源も確保している。
ノールだけが決して魔力の尽きない構造となっており、それが理由でノールはコロシアムにて無敗を誇っていた。
ライルの対応が終わったのを確認し、リリアは吸収態を発動する。
リリアは自らの前に手のひらを掲げると、その周囲に青、赤、黄色の球体が現れ、中空をゆっくりと回転し出す。
魔力体の水人、炎人、雷人の三種族を表す色。
これが出現した時点で、人であるうちは最早何人たりともリリアに打ち勝つことはできない。
瞬く間に舞台を覆っていた封印障壁が掻き消された。
吸収態へ封印障壁どころか周囲に存在する魔力ごと吸収されていた。
爆発的な勢いで、リリアに魔力が集中していく。
完全に操作された吸収態は、魔力体であるライル、ルウを吸収することはなく、彼らから自然と発散された魔力だけを吸っている。
「まさか……吸収態か!」
デミスは歓喜に満ちた声を上げる。
一体なにをどうやってここまでの状況を引き起こせたのか、デミスには全く分からない。
なによりも自らが手加減して初めて成り立っていた戦いだったのだから。
追い込まれ、怒りに駆られながらも、周囲一帯に存在する魔力体に危害を加えないよう丁寧な発動まで行える。
勝ちの目が分からなくなった。
そう、デミスに思わしめた。
「お前が……」
リリアが語り出す。
「丁寧に、徹底的に、リリアを捻り潰すから……どんなに這いつくばっても、足掻き苦しんでも、最後は絶対に勝つと信じてきたあのリリアが諦めてしまっただろうが!」
収束していた強い魔力が、リリアの全身をぴたりと覆った。
戦う。
その一点だけに作り上げられ、完成された魔力邂逅がそこにいた。
「魔力体を嘗めたお前を絶対に許さない。そして、リリアを勝利する宿命から逃がさない」
始めから一人勝ちする気はない。
敗北したとはいえ、圧倒的強者に立ち向かう気概と覚悟を宿したリリアごと、この戦いに勝利すると決めていた。