変則マッチ 1
「R・ルールのおかげで魔力体と人との立場は対等へと近づき、力関係は改善されていった。だが、R・ルールは集ったオレたちのもとに長くはいてくれなかった。急にオレたちの前から姿を消してしまったんだ」
少し寂しそうにデミスは語った。
今でも理由は分からないし、魔力邂逅の発想などをはっきりと聞かされても分かるかどうか。
「R・ルールがいなくなったのであれば、人に寄り添う発想を持つ魔力邂逅は存在しなくなる。そうなれば、創り上げられた魔力体たちとの信頼関係もいずれは元に戻らざるを得ない。対等でなくなってしまった今、人々の生き残りの道を潰すわけにはいかない。そこで、対等となる存在の出現まで自らを封印する者が現れた。このオレのようにな」
「貴方の他にも、封印されている者がいるのですか?」
不思議そうにリリアは尋ねる。
現在を普通に生きている魔力体のリリアにとって、デミスの話は理由も意味も分からない。
魔力体と人は別に対立などしていないのだから。
古の認識感からの発想と、現在の認識感には大きな隔たりが存在する。
「他にも封印されている者はいる。その者たちがどうなったか、今となっては知る由もないが」
デミス自身も他の使徒たちがどうなっているか、全く知らないでいた。
「………」
リリアは暫し沈黙する。
一体どれ程の期間を流浪とも言える生き方をしているのか。
リリアにはその生き方や考え方も理解ができない。
家族や友や伴侶が、デミスにもいたはずだ。
その全てを捨て去り、デミスが生きた時代よりも未来の人側に寄り添う魔力邂逅とともに人々を救おうという考えなど到底理解できない。
「デミスさん、貴方は一体なんのために戦っているのですか?」
「簡単な話さ。人々のためだよ」
「私には意味が分かりません」
「それは、リリアさんが魔力体だからだろう」
「そうでしょうか?」
「魔力体の皆が全てを理解し、その行動を取るようにとは望んでいない。人側に立つ者が一人でも多くいてほしいのが本音だ。リリアさんは、R・ノールを知っているか?」
「ええ」
なんとなく思うところがあり、リリアはノールが自らの師であることを隠した。
「オレは、この現世に人型として存在する魔力邂逅のR・ノールにR・ルールのように人々を導いてほしいと頼んだことがある。だが、断られてしまった」
先程からずっと、デミスは寂しそうに語っている。
それがリリアは気になっていた。
「R・ノールに会えた時、ついに旅の終わりを見た気がしていた。興奮を抑え、説明したつもりだったが、彼女の心には響かなかったらしい。彼女にも立場があるのだからな……」
「それはそうでしょう。自らの考えだけで万事全てが上手く行くようでしたら誰でもそうしています」
「そこで、オレは自らの今後についてを改めて考えた。魔力邂逅に会えたとしても、理解されるとは限らない」
「だから、それは当たり前だと……」
「その気になれるだろう人物が現れるのをオレは待つことにしたんだ。オレは、リリアさんならその魔力体となってくれるはずだと思っている。リリアさん、どうかこのオレとともに……」
「ふざけるのも大概にしなさい」
静かにリリアは怒っている。
デミスにとっては、待ちに待った存在なのかもしれない。
しかし、リリアにとってデミスは命を懸けてでも倒さなくてはならない敵。
「貴方に待つ未来は、たった一つ。この私に打ち倒される未来のみです。残念でしたわね」
リリアは強い睨みを利かせている。
「ああ、そうだな」
相変わらず、どこか寂しげにデミスは語っている。
「食事も終わりましたね? では、戦いましょう。この話はこれで終わりです」
「リリアさん」
「なんなのですか、一体」
「もしもオレが勝ったのなら、その時はオレと組んでほしい。お願いだ」
「なにを血迷いごとを。何度も言わせないでください、勝つのはこの私です」
リリアは席を立つ。
「あら? もういいの?」
特に話を聞いていなかったエールが眠そうな顔で尋ねる。
あまりにも暇過ぎて、さっきからグラスに入った飲みものにストローで息をちょっとずつ吹きかけ、飲みものを泡立てさせていた。
「みっともないから止めなよ」
同じく暇そうにしていたセフィーラが、話が終わったタイミングでエールに注意する。
暇だからなにか変化がほしくて、意味の分からない行動を野放しにしていた。
「それじゃあ、私がお支払いを……」
財布を片手にセシルがレジへ向かおうとする。
「いいよ、払わなくても。僕が経費で払うから」
コロシアム運営側の一人でもあるセフィーラが語る。
「というわけで、また闘技場へ戻るからね」
エールが空間転移を発動する。
周囲の風景が一気に切り替わり、コロシアムの闘技場へと変わる。
リリアたちは闘技場の舞台中央に立っていた。
「普通なら控え室から選手ゲートを通ってって感じだけど、そんなの別にいいでしょ? さっと終わらせよう」
適当にエールは語る。
それから、エールは舞台袖の方へ手を振る。
そちらの方向に、二人の人物がいた。
水人のライルと、炎人のルウ。
「おう、ようやく来たか」
今の合図を元に、二人は封印障壁を発動し、舞台の周囲を覆う。
強力な者同士の戦いでは、闘技場の舞台どころか観客席や周囲の被害まで甚大になる危険性がある。
そのため、能力値が高い者が封印障壁で舞台を覆うようになっている。
通常なら、その役目は一人だけで十分だが、今回は二人で対応している。
それだけ今回の戦いは相当なものだと認識されていた。
たった一人を相手にコロシアムのランカー勢が複数で戦うなど、前代未聞の取り組み。
「えーと、あんたはデミスだったっけ?」
エールがデミスに声をかけた。
「今回の試合は、一対五の変則マッチ。通常だったら、こんな戦いなんてありえない。このまま戦いが行われても問題はない?」
「ああ、問題はないさ」
至って普通に、デミスは受け入れる。
誰が来ようとも構わないという気概が窺える。
「後々から文句言われてもウチらが困るからさ、今のは一応の流れだと簡単に思っておいてね」
確認も取れ、互いに問題なく進行し、戦う流れとなった。