修行のひととき
スロート城内をとても急いだ様子で駆ける兵士がいた。
彼の向かう先は図書館。
図書館が定位置となっているクロノへ急報を伝えにきていた。
「クロノ様!」
「どうした、なにがあったんだ?」
兵士の焦りようから事態を察したクロノは尋ねる。
「隣国ラミングが二人組の人物に襲撃を受け、我が国へ救援を申し出ております!」
「たった二人相手に救援を? つまりアーティ並みに強い輩が現れたんだな、それって」
緊急事態をクロノはアーティたちに伝えるため兵士宿舎へと向かう。
その頃、ノールは自室のキッチンで食材を選んでいた。
「やっぱり、空間転移は便利だな~。欲しい食材をすぐに買いに行けるもんね」
食材を手に取りながら、ノールは楽しそうに語る。
ノールは料理をするのが好きだった。
「杏里くん、今日のお昼ご飯はオムライスにするよ」
「ボクはノールちゃんの料理全部好きだよ」
「そう? なんだか嬉しいな」
料理を杏里が誉めてくれたのでノールはやる気が出てきた。
「誰かいるか!」
ノックもせずにいきなり、クロノが部屋の扉を開く。
「クロノさん、どうしたの?」
杏里がクロノに聞く。
「隣国ラミングが能力者からの襲撃を受けている。直ちに救援に向かってくれ! それよりもノールと杏里以外、他に誰かいないのか?」
「ボクたち以外にいないんじゃないの? クロノは知らないと思うけど、ハンター養成所に行っていた時に空間転移を習得したから毎日城にいるとは限らないよ」
「だったら、今すぐに二人はラミングへ救援に向かってくれ。オレたちも準備が整い次第救援に向かうからな」
「残念、ボクは今日お休みなんで」
「じゃあ、行こっか。ノールちゃん」
「人の話聞いてた、杏里くん?」
「ボクたちに休みなんてあったっけ?」
「あるじゃん、例えば今日とか。残念だけど仕方ないよね」
「じゃあ、行こっか」
杏里に手を引かれ、昼食前にラミングへ向けて出発する手筈となった。
準備のため、先にクロノが部屋を出て行ったので二人は大陸地図でラミングがどこにあるのかを確認する。
「ラミングまで結構距離があるよ、どうやって行くの?」
大陸地図上のスロート、ラミング間を指でなぞりながら杏里は聞く。
「ボクたちはなんなの?」
「なにって?」
「能力者でしょ、しかも空間転移を扱える。どんなに遠くても空間転移ですぐだよ」
「それもそうだね」
頬笑みながら杏里は語る。
「この子、大丈夫かな……」
少し不安を覚えたノールは空間転移を発動し、ラミングの首都付近に移動する。
ラミング首都は遠目から見ても分かる程に至る箇所が破壊され、火災も多数の場所で起きている。
「ここ、みたいだね。杏里くん、敵は強そうだよ。天使化して」
「そうだね」
強敵の予感に、二人は天使化してからラミング首都を進む。
無数の死体が街の至る箇所にあった。
それらは全て攻め込んだ人物に殺害されたようだ。
「街の人たち、どうする? 皆を生き返らせる?」
「復活の魔法リザレクには制約があるの。ある一定程度の能力や魔力を持ち合わせていないと復活の対象にできないんだよ。他種族なら容易でも魔力を有していない普通の人間を生き返らせるのは不可能だね」
「そんな……」
不意に杏里は涙を流す。
彼らを不憫に思い、流れたようだ。
「そんなことより倒しに行くよ」
ラミング首都を破壊した人物を倒すため首都内を歩き出す。
数分程、ノールたちは歩いていると……
「なんか、こっちの方から魔力を感じたぞ」
何者かの声が響く。
「ノールちゃん、ボクたちの近くに誰かいるみたい」
ノールの手を引き、杏里は破壊され廃屋となった建物に隠れた。
「どうして隠れるの?」
「相手は首都をたった二人で破壊した人たちだよ。ルミナスさんくらいに強いと思うの。一度様子を見た方がいいよ」
「ボクは観察。君は特攻。オーケー?」
「ごめん、ボクが間違っていたよ」
その時、ノールたちが隠れた廃屋の外から音が聞こえた。
「確か、この辺から高い魔力を感じたはずだ。ドレアム、なんか分かったか?」
「いいえ、ルーク様。まだ索敵ができておりません」
「ああそう。もう手っ取り早くこの辺消滅させる?」
ルークという人物の魔法を詠唱する声が聞こえた。
「この詠唱は……暗黒魔法デスムーンだね。以前、魔導書で読んだ。高等の暗黒魔法だから最大級の魔法障壁張った方がいいよ」
詠唱している魔法を知っていたノールは危険を感じ、杏里に伝える。
「どのくらい?」
杏里がノールに聞き返した時、ルークの詠唱が終わった。
「デスムーン!」
ルークの発動させた魔法によって、宙に禍々しい黒い三日月が現われた。
発動中、その間周囲一帯が暗くなる程の魔法。
強力な魔力を内蔵させた三日月はとても凄まじい爆発を起こし、一瞬で周囲一帯を崩壊させる。
「これで死んだか?」
自らの魔法に影響されないよう魔法障壁を張っていたルークが周囲を確認する。
すると、完全に崩壊した建物跡地で魔法障壁を張っているノールと庇われるように倒れていた杏里に気付いた。
ノールと杏里は桁違いの威力にダメージを負っている。
「本当に死ぬかと思ったよ……誰かさんのせいで」
「ああ、お前らがさっき感じた魔力の出処か。まさかそれで終わりじゃないよな?」
二人にルークが近付く。
ルークは軽装ではあるが、高級そうな鎧を身にまとい、見るからに貴族としての身なりをしている。
「杏里くん、ボクたち死ぬかもしれないよ。あっ、そうだ。起死回生の能力、融合を知っているかい?」
「えっ……ううん、知らないけど」
怪我をした右腕を押さえ、泣きそうな顔で杏里は立ち上がろうとする。
「最初から君も魔法障壁を張ってくれれば、こんな攻撃受ける必要なんてなかったのに。馬鹿正直に攻撃を受けるのが戦いじゃないんだよ」
全身に魔力を高めたノールは杏里の顔を引き寄せ、口付けをする。
突然のことに杏里が驚いていると、ノールたちの周囲が光に包まれ見えなくなった。
数秒後、光が収束したその場所にノールと杏里の姿はなく、なぜか一人の女性が立っていた。
不思議そうに周囲を見渡す女性の耳はまるでネコのように頭部につき、まとっている白い法衣からは白い尻尾が出ている。
それは彼女がネコ人という種族である証。
「なんだ、あの女?」
女性を指差しながら、ルークはドレアムに聞く。
「はい、ルーク様。あの人物はネコ人という種族です。ネコ人はとても温厚で優しさを具現化した種族だと私は聞いております」
「結局は雑魚が二人から一人に減っただけか、つまらないな」
二人が話していると、ネコ人の女性はなにかをささやく。
「やっと……やっと、私は異次元から出られたのね」
女性はルーク、ドレアムの二人に気付き、視線を移した。
ルーク、ドレアムを認識し、女性は嬉しそうに頬笑む。
「貴方たちは誰?」
「オレの名はルーク、魔界の魔神階級者だ。それとこっちにいるのがドレアム。せっかく、名前を覚えてもらって悪いけど、お前には死んでもらう」
ルークは両手に魔法剣を作り出し、その女性に斬りかかりにいく。
しかし、ルークはあることに気づいた。
女性は目の前にいる、そう認識していて自らが迫っている。
なのに、そこにいるのかいないのか分からなくなっていた。
次の瞬間には、女性から闘気も殺気も覇気も一切なにも感じなかったはずが、ルークへ一点集中にそれらのオーラが叩き込まれる。
生きていたいのならば、この場に決していてはならないのだと全身の細胞が最大限の警告を発し出していた。
「なんだ、魔法剣? 魔法剣を作り出さないと物を斬れないようでは所詮大したことのない人なのでしょう」
ルークが女性に斬りかかろうとした直前、女性は残像が残る程の速度でルークにボディーブローを放つ。
その速度のまま女性は跳躍し、ボディーブローの一撃で吹っ飛びかけているルークの顔目がけ飛び蹴りを入れた。
着地した女性は即座に魔法を詠唱し、「アポカリプス」と発する。
次の瞬間、アポカリプスを直撃で受けたルークは全身から大量の出血をし、血塗れになり地面にひれ伏す。
アポカリプスという魔法は身体の血管や神経だけを完全にズタズタに引き裂く暗黒魔法の禁忌魔法の一つ。
一撃で相手を死に至らしめる程の威力を持っていた。
しかし、ルークは微かに生きていた。
あれ程の連続的な攻撃を行い、相手の能力を瞬時に見極め、生かさず殺さずのために気遣いをする女性は桁違いに強かった。
「……生きているのね? 良かった、私の腕が鈍っていないなによりの証拠。次、貴方の番よ」
狂喜を顔に浮かべる女性からは想像を絶する殺気が放たれている。
狂気の殺気に飲まれたドレアムは身体が完全に硬直し、なんの対応さえもできず攻撃を受け倒れた。
「どうして、気の毒になりそうな程に弱いの?」
彼等を崩壊させた後、女性はとても不満なのか愚痴を言う。
ネコ人の彼女の名はルイン。
過去に総世界を死の恐怖へと導いた最強の殺戮生物。
ルインは今までR一族の魔力により、異次元空間に封じ込められていたが、ノールと杏里の融合によって異次元に変化が及ぼされ現世に出現した。
「と、いけない。こんなことをしている場合ではない。この命、“桜沢一族”のために使わなくては。私は……一体どれ程の歳月を異次元で過ごしていたのかな? いえ、今は私などどうでもいい。一刻も早く桜沢一族を見つけ出し彼らを支えるのが先決であり、それが私の使命なのだから」
ルインは静かに語る。
ルインがこの場を離れようとした時、突然ルインの周囲が光り始めた。
その光が困惑しているルインをゆっくりと包み込み、今度はその場にノールと杏里が出現した。
「さっきの変な空間から戻れたみたい」
ルインと入れ代わりで異次元空間から出られたノールは辺りを警戒している。
「もう、ボクたちはここまでの関係になっていたんだね」
ノールの腕を掴み、寄り添いながら杏里は嬉しさを隠しきれない様子。
「さっきからそればっかりじゃん、離してくれない?」
「そうかな? ボクらの関係の話なのに?」
「あと、この二人はどうする? 誰かに倒されたっぽい」
ノールは倒れているルークとドレアムを指差す。
簡単に倒されてしまったルークとドレアムは決して弱いわけではない。
二人は魔界の魔神階級で次期魔王候補の実力を有している。
そのため魔王ルミナスを倒したノールという女性と戦い、己の実力がどれ程のものかを計るため、またもう一つの理由からティスト大陸のラミング帝国へとやって来た。
しかし、二人の戦った相手は生物界実質上最強の女性ルイン。
彼女のレベルは圧倒的数値を誇り、現在約20万。
スロートなどの一般兵が大体100程度、その中でも英雄と呼ばれる者が大体数千。
能力者となったノール、杏里や魔族の魔神階級者であるルーク、ドレアムが大体数万。
それはつまり総世界に住む、他の生物とは桁違いの強さを誇っていた。
当然、ルークたちの勝率は0%で負ける以外できなかった。
「ねえ、ノールちゃん。可哀相だからこの人たちを助けようよ?」
「止めを刺すんじゃなくて? ボクたちを殺そうとしたんだよ?」
「いいでしょ?」
「人の話を聞いていないよね、君って? こんな連中をどうして助けたいのかは分からないけど、融合すれば勝てるみたいだし別にいいよ」
「ありがとう!」
笑顔で頬笑むと杏里は早速二人に回復魔法を詠唱する。
数分後、杏里の回復魔法が効き、ルークたちは立ち上がる。
「なんなんだ、あの女は? オレは魔界でも実力がある方なのに……それなのに。クソ、もうそれ以前の問題なのか」
悔しさを滲ませ落胆とした様子のルークたちは異世界空間転移を詠唱し、魔界へと戻った。
「なんなの、あの二人。ボクが情けをかけてやったから生き延びられたのになんの礼も言わずにいなくなったね。恩知らずにも程がある」
「ノールちゃんはただ見ていただけじゃん」
「ボクたちも帰る?」
「うん」
ノールは空間転移を発動する。
最近の自らの感覚がおかしくなっていると、ノールは感じていた。
ラミングでは沢山の死者の姿を見たが特になにも思えなかった。
以前は誰かが死ねば涙も出て、その人物を本当に可哀相だと思えたのだが、今はその感情が湧かない。
戦争慣れをし始めている、そうノールは実感していた。
そして、ノールたちはスロート城に帰還した。
登場人物紹介
ルイン(年令259才、身長172cm、B88W54H85、出身地はネコ人のフラット共和国。性格は自己中心で所謂性格破綻者。総世界最強のレベル20万の女性。百数十年前にR一族に敗れた際、異空間に封印された。長く綺麗な銀髪が特徴的で白い法衣を身にまとう、しおらしい可憐な女性。見た目とは裏腹に外道に匹敵する快楽殺人鬼)
ルーク(年令27才、身長177cm、出身は不明、魔族の男性、階級は魔神、軽くて生意気な性格。魔法剣の使い手。元は人間だったが、ある理由で魔族になった。自身の階級を上げるため強い人物を倒すのが専らの趣味)
ドレアム(年令65才、身長183cm、出身は不明、魔族の男性、階級は魔神、律儀な性格。強力な槍術使い。ルークの召使いでルークと同様に元は人間だった)