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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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箱庭

エアルドフの自室から、リリアは出てきた。


外の回廊にはセシル、ジスの二人の姿があった。


「リリア……」


セシルが呼びかける。


リリアとエアルドフが話し合っていたから、あえて室内には入らなかった。


「話し合いは終わりました」


「どういう話をしたの?」


「お父様のために、私は一生懸命戦い抜きます。セシルさん、ジス、お願いがあります」


リリアは二人に向かって頭を下げた。


「どうか、私とともにデミスと戦ってください。お願いします」


リリアは一歩前進していた。


一人では到底勝てない相手だと理解し、今度は数に頼もうとしている。


「でも私たちだけでは……」


恐ろしく強大な相手なのは、セシルも分かっている。


三人でも勝てるはずがない。


「セフィーラさんたちにも頼みましょう。彼女たちも傭兵です。お金さえ積めば、きっと戦ってくれるはずです」


「それでも勝てるのかが問題というか……」


あんな怪物に一発入れられたら、自分は人としての形を保っていられないだろう。


その思いから、セシルは強い拒否反応を示している。


「リリアさん、セシルさん」


急にジスが呼びかける。


「なにか良い案が浮かんだの?」


セシルが尋ねる。


同時にセシルはジスに違和感を覚えた。


「もう戦いなんて止めましょう」


「はっ?」


「戦い以外で話を進めるべきです。戦いなんて以ての外。そうだな、私は仕立屋になりたいです。デミス氏についても本当はしたい、やりたい仕事があるはず。それを思い出させてあげられれば、戦いなどという無意味なものに関心など……」


「ジスー!」


目の色を変え、セシルがジスの頬を往復ビンタする。


ぽかんとした表情で数秒程をジスはぼんやりとしていた。


「どうしたのでしょうか、私は一体なにを? この城に入ってからどうも記憶が曖昧で……」


「R・クァール・コミューン内での発作の症状が起きていた。ジスは仕立屋がしたいと話していたの」


「仕立屋? ははっ、そうでしたか。魔界に暮らしていた時は裁縫が趣味の一つでしたので、それでそのような妄言を口にしてしまったのでしょうね」


和やかに話してはいるが、ジスの表情が強張っている。


「この世界は恐ろしいです。もう帰っても構わないですか?」


「空間転移なら任せて。とりあえず、マンションへ送るから」


できるだけ、リリアと二人きりになりたいセシルは即座に空間転移を発動。


ジスを自宅の高層マンションへ移送する。


「あの反応は、スクイードさんたちと全く同じですわ。本当に皆が変わってしまうのですね」


「一応、リリアや私とかの例外もあるけどね」


「それは、私が炎人の魔力体だからです」


先程のレクタの言葉で、リリアは自分に影響がない理由をしっかりと理解している。


「セシルさんはなんらかの抗体があるのでしょう」


「魔力体は効かないの?」


「ああいうのは生物の脳に作用するらしいです。私は魔力の塊に過ぎませんから効果がありません」


「なんだか随分と悲しい言い方ね」


「紛うことなき事実ですから」


「だったら、私は創られた者。シェイプシフターだからかな?」


「なんですか、それは?」


「以前、私の秘密にしていることを話したじゃないの。忘れちゃったのなら帰ってからまた話してあげる」


「セシルさん、ちょっと城の外へ出てもいいですか?」


「どこかに行くの?」


「いえ、何者かが私たちを待っています」


リリアはセシルの返答を待たず、城の出入り口へと向かっていく。


先にリリアが動き出したため、セシルはなにも言わずについていく。


二人が城の出入り口まで行くと、退屈そうにしているセフィーラの姿があった。


「なんか色々あったみたい? 団体さんが帰っていったよ、空間転移で」


セフィーラは半笑いになっている。


流石はR・クァール・コミューン内の世界だと思っていた。


剣と魔法のような世界なのに、時代考証がめちゃくちゃで空間転移もバシバシ使っているのが笑える点。


「セフィーラさん、城へ入ってきてもよろしかったのですよ?」


「お呼ばれしたわけでもないからさ、なんとなく入り辛くて。それよりも、もう僕も帰っていいよね?」


「セフィーラさんは英雄として……」


「ああ、流石にそういうのはいいから。チェス勝負に勝っただけで英雄扱いなんて、その……反応に困る」


ふっと、セフィーラは城門の方へ視線を送る。


「あっちにお客さんだよ。僕、あの人嫌いなんだ。なんかあの、自分の世界だけでものを語る感じとかね」


軽く手を振ってから、セフィーラは姿を消す。


空間転移を発動していた。


「あっちに?」


リリアは城門の方へ視線を向ける。


城門の日陰になる場所に、二人の人物がいた。


一人は、お淑やかで綺麗な女性。


片手に白い日傘を持ち、貴婦人らしい格好をしている。


若干、R・ノールに似ていた。


もう一人は、純白の鎧を身にまとった天使の女性。


腕を組み、リリアたちを見据える目は明らかに玄人の目つき。


「初めまして、魔力体さん。私と一緒にお話をしませんか?」


ゆっくりとした足取りで、貴婦人が歩んできた。


「貴方は?」


「私は、R・クァールと申します。この世界を間接的に支配する者です」


「貴方が、R・クァール……」


リリアは初めてR・クァールと出会った。


今までは名前だけでしか存在を知らなかった影の支配者。


「今回の戦争は、チェス勝負。白熱の試合をご堪能して頂けたかしら?」


「いいえ、全く。すでに戦争は終わりました。私がテーブルに蹴りを入れましたので」


「もしや、今でもエアルドフ王国は存続しているのですか?」


「当然ですよ、この私のおかげです」


「よく分かりませんが、それならばそれで良いでしょう。国が存続するのならば、民も混乱せずに済みますから」


クァールは傍にいた天使の女性へ視線を移す。


「アクローマ、話は終わりました。私たちは帰りましょう」


「はい、クァール様」


リリアに見せた先程の表情とは異なり、アクローマは朗らかな笑顔を見せる。


心から信頼している者にだけ見せる笑顔だった。


「待ってください」


リリアが呼びかける。


「どうしましたか、魔力体さん?」


「その言い方は止めてください。私の名は、エアルドフ王国のリリア姫です」


「リリア?」


明らかにクァールの表情が曇る。


「まさか、今話題になっているR・ノールの……」


「ねえ貴方、ノールちゃんなの?」


急にアクローマが語り出す。


クァールに見せた時と同じ朗らかな笑顔で。


「……ノールちゃんですって?」


クァール陣営では、唯一アクローマだけノールと対等。


アクローマだけがノールにタメ口で語りかけ、ノールもそれに対して文句を語ったことがない。


なぜそこまで親しいのかが、クァールには分からない。


「違いますわ、ノールさんは私の師です」


何度も聞かれた内容であるため、リリアは軽くスルーした。


「それよりも、私は貴方に二つ聞きたいことがあります。この世界の支配者を勝手に名乗る理由と、デミスという魔導人についてです」


「この世界は私が管轄するR・クァール・コミューン内に存在します。この世界各地にある国の一つ一つも、私に所有権があります。この私が支配者を名乗るのは、特になんの問題もありません」


「よくもそんなことが抜け抜けと言えますね。このエアルドフ王国は、私の父エアルドフのものですわ。断じて貴方のためのものではありません」


「エアルドフ王国が建国される以前から、この世界はR・クァール・コミューンの一部です。歴史は苦手でしょうか?」


「………」


完全に素が出て、怒り爆発するところだったリリアは言葉を発するのを止める。


我慢が限界なのは、自分の性格上よく分かる。


この話が流れて、他の話題に代わるのを待った。


「デミスについてですが、私は彼の者の詳細をよく知りません。私がこの世界を支配する以前から存在するようですね」


「そうですか、貴方もなにも知らないのですね」


「私はその世界の(ことわり)には、できるだけ関与しません。人々の暮らしが今以上に良くなるようにしか、自らの力を使いたくないの」


「流石は、クァール様です」


アクローマは羨望の眼差しで、クァールを見ている。


R・クァールは現在の総世界で唯一、大規模な広範囲の世界群に対してスキル・ポテンシャル権利を用いているR一族。


効力はR・クァール・コミューン内のみの世界を限定としているが、そのおかげでコミューン内の世界は全て平等で平和そのものと秩序が保たれている。


逆に言えば、全てを思うがままとして欲望の限りを尽くせる程の存在なのにもかかわらず、その欲求の一切を捨て去り、世のため人々のためにだけ能力を扱い続けるカリスマ的存在。


アクローマのようにクァールを熱狂的に支持するクァール派の者たちが総世界には多数存在した。


しかし、その実。


本当は自らの欲求に対して常に全力投球しているのが、R・クァールであるという本質に気づいている者は誰一人として存在しない。


まさか、本当に救うべき可哀想な“被害者”を常に求め続け、“被害者”から頼られ、褒められ、認められ。


諸手を上げ称賛されて初めて、クァールの承認欲求が心から満足されるなどとは誰も思わない。


「それはそうと、この世界で三度デミスと戦うなどという世迷いごとを語るのならば、この世界から貴方をデミスともども排除します」


「貴方にそれができますか?」


「できますよ、空間転移で一瞬のうちに。そうですね、向かう先は……あの蛮族が造り上げたR・ノールコロシアム辺りにでもしますか」


「私はそのR・ノールコロシアムの闘士の一人です。R・ノールコロシアム傍のマンションに住んでいます」


「このエアルドフ王国の者ではないのですか?」


「デミスを倒すため、修行を積んでいました」


「理由はどうあれ、この世界での今後一切の戦闘を禁じます。どうしてもというのなら、R・クァール・コミューン外でしなさい。分かりましたね?」


「それはまあ、私もこの世界では問題があると思っていました。なによりも今の私では城の修練場を崩壊させてしまうでしょう」


「分かれば、よろしいのです」


クァールがリリアに近づく。


そして、リリアの頬に手を添えた。


朗らかに頬笑みかけるクァールに、リリアは嫌な感じがしなかった。


先程までは怒りが爆発しそうだったのに。


今日初めて会った人物だが、不思議と肉親のような感覚がした。


「貴方がデミスに勝てるよう、応援しますよ」


「ええ」


返答を聞き、クァールはリリアの頬から手を離す。


「では、帰りましょうか、アクローマ」


クァールはアクローマに呼びかけた。


「分かりました、クァール様」


呼びかけに応じ、アクローマは空間転移を発動する。


二人の姿が消えた。


「感じわっるー、なんなのよさっきのは」


セシルには、クァールの印象が相当悪かった。


自分だけのリリアにふれている時点で。


「それよりも、ねえリリア。大丈夫だったの? 顔をさわられたけど」


すぐさまリリアの傍へ行き、リリアの頬を撫でるようにふれる。


相変わらず、ダメージがあったと思われる箇所にふれる傾向があった。


「セシルさん、私は決めました」


「なにを?」


「デミスとは、R・ノールコロシアムで戦います」


「デミスをどうやってエントリーさせるの? まあ、あいつなら受付でエントリーできるか」


「一つのフロアを貸し切って戦います。そうすれば、ジスもR・クァール・コミューン外なので問題なく戦えます」


「なんというか、どんどん決めていくけど、戦うのって……」


「近日中に行いましょう」


「そうなの?」


セシルの表情が強張る。


本来は数ヶ月後に戦う予定だった相手。


その時は、リリアとデミスの一騎打ちの予定であった。


急遽自らもあの化物と再び相対することが確定し、なおかつ準備期間が短過ぎる。


「セシルさんは補助をお願いします」


「え、ええ。任せて」


リリアはセシルにあまり戦闘能力がないことを忘れていた。


できるだけ言い方を変えて協力を促す。


とりあえず二人は他のギルドの者たちへ協力を依頼することにした。

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