世界の真実
「いや、わずかばかりだ。この国と私たち家族の関係についてをわずかに話したことがある程度だ」
「やはりか」
エアルドフの言葉を聞いたレクタは、両手と両足を組み、背もたれに深く寄りかかる。
「あの、ちょっと。二人でなにを話しているのですか?」
「この世界の真理さ。いや、どちらかというとR・クァール・コミューン内の真理だな」
全てを知っているかのように、レクタは語る。
「R・クァール・コミューン……聞いたことがありますわ。他世界にいた者たちは、この世界をそう呼んでいました」
「ああ、そうだった。リリア、君も他世界に行っていたんだな。他世界の人々は、このR・クァール・コミューン内の世界に立ち入るのを拒否または極度に毛嫌いしていただろう? R一族特有のスキル・ポテンシャル権利が常時発動しているからさ」
「なんなのですか、それは?」
「スキル・ポテンシャル権利とは簡単に言えば、できることをさせるという能力だ。対象は人のみで、オレたち魔力体には一切効かない」
レクタは人差し指を額につける。
「どうも人の脳に作用するらしいぞ。でも、オレたちは元々全身全てが魔力だから作用するところがないのさ」
「その、それは良いとして先程から気になっていたのですが、なぜ口調が……」
「これが、R・クァール・コミューン内で魔力体が任された仕事の一つだ」
「仕事とは……?」
「リリアはエアルドフ王国と我が国が建国してからどれだけ経っていると思う?」
「どちらも建国百数十年くらいだったと記憶しています」
「答えは、どちらも二十数年だ。それは、この世界にある国どころか、R・クァール・コミューン内にある全ての世界の国が建国二十数年だ」
「一体どういう……そのようなことがあるはずが」
言葉を発しながらも、リリアも本当は薄々気づいていた。
しかし、それを理解し受け入れてしまえば、もうなにもかにもが嘘だと……
「あったんだ、実際に。少し長くなるが、リリアにも説明をしよう。この世界群、R・クァール・コミューンを成立させた二人のR一族についてを」
「………」
レクタが流暢に語り出したので、リリアは静かに聞いている。
「リリアは第一次広域総世界戦を知っているかな? R・クァール・コミューン内にある二百程の世界全てが被害世界とされている人類の歴史上屈指の大戦争だ。そこで登場するのが、R・ノールという魔力邂逅と、R・クァールという天使族だ」
「ノール……」
ノールの名を聞き、リリアは反応を示す。
この後の話は、あの日聞けなかった事実の全貌なのだろう。
「その二人とも、各々の派閥を持っていて長をしている。勿論それ以外にもR一族内には派閥があり、驚くべきことだがなんとこの大戦争は彼らの内戦だったんだ。勝者は一人、我らが魔力邂逅R・ノールだ。一ヶ月程続いた大戦争に颯爽と現れた彼女が、同族のR一族たちを相手にたった一人で広域総世界戦をわずか一時間で終結させた」
「一人で勝てるものなんですね………」
「魔力邂逅の彼女だからだろうな、勝てたのは。広域総世界戦の影響は、この世界にも届いていた。開戦の当初にこの世界で暮らしていた人々は全て空間転移でどこかへ移送されていなくなった。あとに残されたのは、オレたち魔力体だけだ。オレたちはなにをしたいのだろうと目の前で起きている不可思議な状況を見守っていた」
「彼らはどこへ?」
「さあ、知らないな? 興味がなかったから、どの魔力体たちに聞いても同じことを言われるはずだ」
「………」
リリアも実際に興味などなく、同じ境遇になった際は別段なにもせずにいるだろうなと思った。
「それから広域総世界戦は終わり、再びこの世界に不可思議な状況が発生した。人々が大量に戻ってきたんだ。人々は口々に自らの肉親を捜したり、家を探したり、財産を探したりしていた。そこで気づいたんだ。今までこの世界にいた人々はいないと。状況を巻き戻そうとしている者が、誰がどこにいたのか全く分からないまま適当に戻しているのだろうと」
「あの時はな……」
次にエアルドフが思い出すように話し始めた。
「あの時は本当に地獄絵図だった。戻された人々は今まで持っていたものをなにも持っていなかった。家族、知り合い、土地に財産と本当に身一つで他はなにもない状態でな。見ているこっちが物悲しくなってくるくらいに酷い状況だった。なのに、数時間後には誰しもが家族としての集団を作り上げていた。見ず知らずだったはずが今では今までそうであったかのように役割が与えられている」
「そういう状況になってから、ある一人の女性がオレたちのもとへやってきた。その女性こそが、R・クァールだ」
レクタが再び話し始める。
「R・クァールは人や財産が強制接収された世界全てをR・クァールのものとして管理し始めた。人々は、家族という形成の中で生きてきた。よって、R・クァールは権利により、人々にできることをさせた。おかげで家族関係が権利により自然とできあがり、人々は家族として生きていくようになった。これがこの世界の成り立ちだ」
「まさか……その時に、私たちも……」
「ああ、エアルドフもオレも家族という繋がりに興味を抱いた。今こうしてできた魔力体たちの繋がりの中に血縁関係者など、ただの一人も存在しない。まさか本気にしているとは思わなかったが君は純粋なんだな」
「あの話は本当に嘘偽りない真実だったのですね……」
「それにさ、オレとエアルドフは父親と息子くらいの年の差があるように見えるだろ? 実はそんなに年も離れていないんだ。エアルドフは自らの姿を変化できる能力があるから、老けているよう見せかけられるだけで」
「あの、できればもうこの話は終わりにして頂けませんか?」
「それは駄目だ、リリアも任された者の一人なのだから。R・クァールからオレたちに与えられた役割はこの世界を管理していくことだ。オレたちがこうして王族や貴族、国家の代表面していられるのはそういう過程を経ているからなんだ」
「………」
「管理ができてもいい。できなくともいい。なぜなら、R・クァールの権利により、全ての人々は自分がすべきことをしているからだ。オレたちの役割は、簡単に言えばただ一つ。魔力体のみが権力者になれるという概念を人々に植えつけられればいい」
「なぜですか?」
「広域総世界戦が起きた原因をR・クァールは考えていた。そして、見つけた答えが人には欲があるから間違いが起きるだった。あの女性は普通じゃない。なんでもできる能力を、自分のためではなく他人が品行方正に生きるためだけに扱っている。それも数十年も欠かさず。こんなこと、普通できることじゃない」
若干、レクタは引きながら話していた。
クァールの考えていることが、さっぱり分からない。
「そうだ、リリア」
エアルドフがなにかを思い出す。
「今回の件もR・クァールさんにお願いしたものなんだ。この世界で起きる異変は……デミスに関わること以外は、R・クァールさんに事前に魔力体側がお願いして初めて起こるようになっている」
「では、今回の戦争とは……」
「私とレクタが起こしたことだ」
しっかりとリリアを見据えてエアルドフは語る。
「それはなぜですか?」
「リリアを止めるにはもうそうするほかない。私がエアルドフ王国の国王でなくなれば、私は単なる一人の魔力体となる。リリアも同じく姫ではない。単なる一人の魔力体だ」
「仰る意味が分かりません」
「私を忘れなさい」
手短に分かりやすくエアルドフは語る。
「これより、私たちは一般の民となるのですか」
リリアは天井の方へ視線を移した。
「思えば、私が御印に興味を抱いたのは国の中枢を担う者となりたかったことに他なりませんでした」
昔を思い出すようにリリアは話し始めた。
「城を出て、外の世界を巡り、私は自らの視野狭窄さに気づきました。リリアのような小娘如きが国政などを担えるはずがありません」
少ししゃがんで、椅子に座るエアルドフをリリアは優しく抱きしめる。
「ですが、喜んでください。貴方の娘は唯一、一つだけ他の者には為し得ないことができます。必ず、私の手でデミスを倒します」
「リリア……私が単なる一人の魔力体となっても駄目なのかい?」
「私はなにも国を救いたいわけでも、民を救いたいわけでもありませんから。救いたいのは、貴方一人ですよ。たった二人になっても心配にはおよびません。私は貴方の娘ですから」
「分かったよ……リリア。私は父親失格だな。君の本心をようやく理解した。助けてくれ、リリア。お願いだ」
「私は最初からそのつもりですよ」
「しかし、これは覚えておいてほしい。デミスは強大な相手だ。口にしたくもない表現だが、あえて言おう。君は死ぬ。どんな勇者もデミスには誰一人敵わなかった」
「私がなにもしなければ、無為にお父様を死なせてしまいます。そうなれば、私の心が死に、次期に身体も同じ運命を辿るでしょう。私は救いがある方を望みます。私の勝利が全てを変えるのです」
「………」
エアルドフは涙している。
命を懸けて守ろうとしていた娘に、今まさに守られている。
強い信念と心を持つ娘がいて良かった。
「戦いを行う日は、いづれ知らせに行きます」
「うん……うん……」
エアルドフはうなずく。
そして、リリアは部屋を出ていった。