独特な戦争 1
再び、リリア・セシル・ジスの三人はリビングへと集まった。
各々が支度を整い終え、準備万端の態勢。
「私が空間転移を発動しますので、リリアさんの母国の名を教えてください」
ジスが語る。
手間をかけさせないようにリリア、セシルに代わって空間転移を発動しようとしていた。
「ああ、ジス?」
過去に見たスクイードたちの反応から鑑みて、セシルはジスを止める。
「リリアの故郷は貴方には絶対に分からないと思う。発動は、リリアに任せておきなさい」
「そうなのですか?」
ジスはリリアに尋ねた。
「おそらくは、ジスにも分からないと思います。私の故郷はエアルドフ王国と言います」
「エアルドフ王国? 確かに聞いたことのない国です」
「やはりでしたか」
リリアはなんとなくだが、実際にエアルドフ王国は建国から時間がそう経っていないと理解し始めていた。
以前のスクイードたちの反応や話では腹が立ちもしたが、今では受け入れられる。
「では、エアルドフ王国へ向かいますよ」
リリアがエアルドフ王国を指定して、空間転移を発動する。
一瞬に近い速さで周囲の風景が移り変わっていく。
マンションのリビングから。
とある酒場の前に三人は立っていた。
「この場所に先程の通知を寄こした店主がいます」
酒場に入る前に、リリアは周囲を見る。
今が日中ということもあり、この夜の街には人通りがぽつりぽつりとわずかしかない。
「?」
リリアのうちに疑念が生じる。
今となっては玄人レベルのリリアは、即座に周囲の不自然さに気づけていた。
戦場らしさが、ここにはない。
「なんか随分と久しぶりに来た感じがするわあ」
そんなことを全く気にもしないセシルは酒場の扉を開けようとした。
「まっ、待ってください」
急にジスが呼び止める。
ジスの表情は強張っていた。
「なぜ、R・クァール・コミューン内にいるのかと聞きたいのでしょう?」
リリアには、ジスがなにを話したいのか最初から分かっていた。
ジスの表情は、まさにそれを物語っている。
「その通りです、いやそれ以外にはない。R・クァール・コミューン内から自らの意思で他の世界へ出ようと思い描ける者など存在しないからです。なぜ、リリアさんはこの世界から……」
「私にもよく分かりませんが、私が魔力体だからでしょう。それよりも、早く酒場内へ行きましょう」
「リリアさん、セシルさん、どうかお願いがあります。私がこの世界に残りたいなどと話したり、別の生き方を見つけたなどという世迷いごとを口にしたら、殴り倒してでも他の世界へ空間転移してください」
「構いませんよ」
「そうと決まれば早速入るわよ?」
セシルが酒場の扉を開く。
店内は以前訪れた際とほとんど変わらない。
特に荒らされた様子もなく店主が一人、バーで酒を飲んでいるだけだった。
「リリア先生!」
リリアたちが入ってきたのに気づき、店主はリリアのもとに歩み寄る。
「お待ちなさい。貴方は、お酒が臭いますね。少し離れてください」
「す、すいません。なんかもう酒がないと落ち着かなくて……」
わずかに店主は後退った。
「一体なにがあったのですか? 本当に隣国の兵たちが攻めて来ているのですか?」
この世界に来た当初から、リリアは疑問を抱いていた。
戦争の気配を感じ取っていたのに、来てみたら別にそうでもないのだから。
「もうこの辺りは……占領されたんです」
「どの辺りがでしょうか?」
様々な世界で戦った結果。
占領された場所がどのようになるのかをリリアは十分に理解している。
ただし、この周囲にはそれがない。
「見ての通りですよ、この辺りは皆負けちまった。隣の国の連中は皆、城へ向かった……リリア先生、アンタならなんとかならないでしょうか?」
「さあ……ひとまず城へ行ってみないと分からないでしょうね」
リリアにも状況が分からなかった。
酒場の主人は嘘を吐いている感じがしない。
今まで体験した戦争と、この国の戦争はなにかが違う気がしていた。
「とりあえず、今から城へ向かいましょう」
「気をつけてください、先生」
「分かっていますわ」
リリアたちは酒場から出た。
酒場の外は相変わらず平和そのもの。
兵士の姿もなく、誰かの叫び声などの戦争らしい音もない。
「皆さんも不思議がっていると思いますが……」
セシル、ジスに呼びかける。
「この私自身も不思議に思っています。今は私について来てくれませんか?」
「私は構わないけど」
セシルはなにか言いたげではあったが話さない。
ジスは静かに頷くだけ。
どちらかというと、R・クァール・コミューン内での症状に抵抗するだけで精一杯な様子。
「次は城へ向かいましょう」
三人は城へ向かい歩き出す。
歩いていても隣国の兵士の姿は見当たらなかった。
市場には領民たちがいて、賑わいを見せている。
街行く人々も戦争が起きている気配を見せない。
その間に三人は城へ辿り着いた。
城門の前には五人の兵士の姿があった。
二人は城の門番をしているエアルドフ王国の兵士。
他の三人は隣国の兵士だった。
この五人は戦いをしているわけでもなく地べたに座り、適当な感じで仲良く会話していた。
「貴方たち、一体そこでなにをしているのですか?」
一目見て不審に思ったリリアは、城門前に座り込み談笑している兵士たちに語りかける。
「リ、リリア姫様!」
エアルドフ王国兵士の二人は、リリアを目にした瞬間に立ち上がり、敬礼をする。
「リリア姫?」
隣国の兵士三人は、リリアの顔を見ながらゆっくり立ち上がる。
「貴方たち、それでも誉れ高きエアルドフ王国の兵士ですか!」
びしっと、エアルドフ王国兵士二人を指差す。
「侵略を受けているとの知らせを聞き、急ぎ舞い戻ってきたというのにこのようなところで談笑などしている場合ですか! エアルドフ王国の男児たる者として命を懸けなさい、命を!」
リリアは普通に怒っている。
まだ素が出ていないようで、言葉遣いはまとも。
「抵抗したいのは山々なのですが……」
エアルドフ王国の兵士が申しわけなさそうに話し出す。
「私たち二人は抵抗およばず、すでに負けてしまって……」
「さては、私を舐めているのですね?」
リリアは兵士の鎧の首元を掴む。
掴まれる瞬間が、兵士には見えなかった。
次に気づいた時にはもう、普通の衣服の襟首を掴むがごとく鉄製の鎧がぐにゃりと曲がっていた。
「ひっ」
当然のように片手で鉄製の鎧が曲げられ、兵士は悲鳴を上げた。
「リリア姫? この私たちを忘れてもらっては困りますなあ」
隣国の兵士たちは腕を組み、ふてぶてしい態度。
「一体なんなのですか、その態度は。私にも許容できる範囲があります」
隣国の兵士に向かっていき、リリアは横に薙ぐ形で手刀を放つ。
ぴたりと兵士の顔の鼻先に手が止まった。
もしも頭部に当てていたら首が圧し折れるどころか、当たった箇所から二つにスライスされていた。
「リリア姫、貴方ともぜひ戦いたい。お手合わせ願います」
「ほう、殊勝ですね」
リリアはぶち切れ寸前。
いともたやすく殺害できる動作をしっかり見せつけた上での宣戦布告は、もう本当に腸が煮えくり返るレベル。
「私は優しいので少し待って差し上げましょう」
「待つ?」
隣国の兵士は視線を足元へ移す。
それは、エアルドフ王国兵士も他の隣国の兵士も行っていた。
「?」
不思議に思い、リリアも視線を落とした。
この五人の兵士がいた場所には、とあるものが置いてあった。
「これは、チェス盤……ですかね?」
「その通りです、リリア姫。ところで、待つとはどのようなルールですか?」
「ルール?」
「戦いを行う上で、お互いのルールを公平にしなくてはなりません。戦っている途中で私しか知らないルールをリリア姫に押しつけてはなりませんし、当然ながらリリア姫しか知らないルールを私が受け入れるわけにはいきません」
「戦いとは? まさか……これで?」
チェス盤を見つめて、リリアは固まる。
この手の頭を使う遊びが、リリアは苦手。
「さあ、リリア姫。戦いましょう」
隣国の兵士はチェス盤の傍に座る。
エアルドフ王国兵士はリリアを地べたに座らせないため、城門傍の兵士詰所から椅子を持ってきた。
「どうぞ、リリア姫様」
「え、ええ」
ひとまず、リリアは椅子に座る。
まさか本当にこのままチェスで戦うのかと疑問を抱いていた。
「ねえ、リリア」
反応に困っているセシルがリリアに声をかけた。
「これが、その……この世界の戦争なの?」
「この私自身がそれを聞きたいくらいです」
「それじゃあ、一体なんのために兵士の人たちは鍛錬を積んでいるの?」
「人道支援のためではないでしょうか」
なんだかもうリリアはやる気がない。
「リリアって、チェス強いんだっけ?」
「いえ、全く。チェス自体が四年振りくらいですわ」
「そんな……」
エアルドフ王国兵士たちは頭を抱え、うろたえる。
もうすでに負けが確定したようなもの。
「なんなのですか、その態度は。少し待っていなさい」
怒ったリリアは椅子から立ち上がり、少し離れたところへ行く。
そこでスマホを取り出すと、とある人物へ連絡をした。