スロート滞在中
その頃、別行動をしていたミールとジャスティンはノールたちが暮らす自宅があったスロート市街の場所まで来ていた。
そこで、ミールが見た物は更地へと変わってしまった自宅跡。
思い出の物は全て焼失し、頭を抱えてミールはしゃがみ込む。
「ミール、元気出しなよ。ねっ?」
ジャスティンは顔を人差し指でかいている。
こういう場でどう対応すればいいのかよく分からなかった。
「そうだね、そう考えよう……」
頭を抱え意気消沈としているミールは今にも泣きそうである。
「こんなところにいても仕方ないから、スロート城に行ってみようよ。他の皆もそこにいるはずだから」
ジャスティンの言葉にミールは静かに頷く。
「ようやく、僕にも分かったよ。姉さんが皆と一緒に傭兵になった理由が。帰れる場所がなくなったからだったんだね。いつもみたく明るく振舞っている姉さんは凄いよ」
「そうみたいだね。じゃあ、ミールは?」
「僕は姉さんと一緒に行動しているだけだよ」
「前々から思っていたけど、ミールはシスコンでしょ?」
「えっ?」
ジャスティンのさり気ない一言に意気消沈としていたミールはさらにショックを受ける。
スロート城へ行くため、二人がスロート市街を城の方角へ向かっていると丁度曲がり角の地点で緑色の髪をした女の子と横切った。
どこかの御令嬢なのか、フリルのついた女の子らしい服を着て、日傘を差している女の子はゆったりとした足取りで歩いている。
ふと、ミールが女の子に視線を向けると目が合った。
「ミ、ミール君?」
女の子は驚き、その場を足早に立ち去る。
「僕、変なことしたかな……」
「嫌われたみたいだね」
「誰だったんだろう、あの子。僕、会ったことないよ」
「ジーニアスだよ」
「?」
「普段と全然違う服装だから見られたくなかったんじゃないの?」
それから、ミールとジャスティンがスロート城門前まで来るとアーティやクロノたちがいた。
「ああ、来たか。こっちだ」
アーティが二人へ呼びかける。
「テリーが話をつけたらしいから、今日からこのスロート城で修行をすることにした」
「そうなんだ」
ミールは別段問題なさそうにしている。
それとは異なり、ジャスティンは普通に嫌そうにしていた。
「どうしたの、ジャスティン君?」
「僕は生活レベルを土人……今の文明まで落とせるのか心配。多分、自分の家とこの宿舎を空間転移で行ったり来たりするだろうな」
自らと違って、自宅があるのをミールは羨ましく感じた。
図書館のフリースペースに残っていたノールと杏里は適当な本を選んで時間を潰していた。
「ノールちゃん、それってなに?」
「官能小説」
「嘘?」
ノールの予想外な発言に杏里はオーバーなリアクションを取る。
「冗談だよ、ボクは清楚な女の子だから」
「そうだよね、ノールちゃんは読まないよね」
「でも、こういう風にすれば本当に気持ち良いのかな?」
ペラペラと小説のページを捲りながら、ノールはささやく。
「こういう風に?」
なんとなく読んでいる物が分かった杏里はそれ以上ノールに聞こうとしない。
「やっと見つけたよ」
そこへ、ミールとジャスティンがやってきた。
「あれ? どうしたの、ミール?」
そっと、ノールは読んでいた物を本棚に戻す。
「姉さん、僕たちの家が……」
「見ちゃったんだ?」
「建て直す?」
「ボクたちには建て直すお金なんてないよ」
「姉さん、エールもあれを見たら悲しむと思う」
「でもあの子に伝えるすべがないからなあ。教えなくてもいいと思うよ」
「確かにそうだけど……」
案外あっさりとしている姉にミールは少し驚いた反応を見せる。
「ミールたちってさ、他に誰か家族がいるの?」
ジャスティンが尋ねた。
「僕らは姉さんと僕と妹のエールの三人で暮らしていたの」
「親は?」
「いないよ、そもそも誰が親なのかも分からないし」
「親がいないのにどうやって今まで暮らせたの?」
「街の孤児院に姉さんが僕たちを連れて一緒に生活していたらしいけど、僕は孤児院に来た時の記憶はないんだ。姉さんの年令が孤児院から出て行かないといけない年令になったから、三人でこの街外れの家に住むことになって、姉さんがスロートの貴族の家で使用人として働いてくれたから今まで生きてこられたの」
ミールが自分たちの生い立ちについてをジャスティンに話す。
普通に両親に育てられたジャスティンは、どれくらいノールたちが苦労したのかは率直なところあまり分からなかった。
それから時間が経過し、メンバーの全員がスロート城へと集まる。
全員が集まったところでクロノは応接間へと全員を通す。
「スロートのために再びスロート軍の隊長格として活躍してくれるのはとてもありがたい。お前たちが戻ってきてくれて本当に感謝しているんだぜ。宿舎は空いているところを適当に使っていい。ただ、一人で二つも三つも使用するのは駄目だ」
「それなら……六部屋だけでいいか? 養成所での部屋割りがいいと思うんだ」
アーティはなんとなく思ったことを口にする。
特に異論は出なかったため、六部屋分間借りする形になった。
「借りるのはそれだけでいいのか? 随分、少ないな」
クロノの了承を得たため、兵士宿舎での生活が始まった。
アーティ、テリー、リュウは兵士の指導に積極的であり、お互いに鍛錬を欠かさなかった。
アーティ、リュウは竜人族であるため成長速度が早く、テリーは置いていかれている気がして焦りを感じていた。
ノール、杏里は兵士の指導をたまにしかせず、実戦に勝る修行はないとの二人の考えが一致した結果、一騎打ちを行う形での非常に殺伐とした修行を行った。
それ以外の時間は大抵一緒に出かけたりと好き勝手に生活していた。
綾香は同室のテリーが暇そうな時に一緒に買い物や映画鑑賞などに付き合ってもらっていた。
一応、綾香は軍医としての活躍もしていたが九割以上を趣味に費やした。
ライル、ルウの兄弟も指導には参加していて拠点もスロート城だが、空間転移を扱い大概の期間をロイゼン魔法国家で過ごしていた。
ジーニアスは唯一正規兵としてスロート城に雇われていた経験があり、その縁からかアーティたちと一緒に兵士たちの指導を積極的に行っていた。
ミール、ジャスティンは初めて大人数を指揮する経験をし、その経験からかメンバーの中では一番軍隊としての思想に傾倒し出した。
とはいえ、やはりジャスティンには生活レベルが低過ぎて空間転移により、自宅とスロート城を行き来していた。
ヴェイグはルミナス戦で魔族へとなったおかげか強力な能力を手にし、それを完全に身につけるための鍛錬を積んでいた。
兵士の指導などそっちのけで、出身世界のエリアースで強くなった自らを売り込む先を探す日々を送っていた。
そして、三ヵ月の月日が経過した。