本当の目的
コンクリート打ちっぱなしの部屋で、リリアは割れ目の入っている壁を眺めていた。
そこから現れるであろう対戦相手を待ち受けている。
「では、リリアさん。一人目の対戦相手の入場です」
部屋のどこかにスピーカーがあったらしく、セラの声でアナウンスが流れる。
すると、自動的にコンクリートの壁が音もなく開いていく。
開いた壁の向こうは真っ暗だった。
しかし、そこにはなにかがうごめいている。
それは、ゆっくりとリリアへ向かってきた。
「なるほど……」
リリアは声を出す。
現れた者を見て、少しだけ驚きを示した。
それは、背丈2メートル程の筋骨隆々とした人型の怪物。
全身が黒いもやのようなもので形作られており、そのもやを構成している魔力がこの怪物の正体。
単なるもやではあるが、怪物の手足や胴体などは鍛え上げられた男性の数倍の太さとなっており、パワフルな外見をしている。
「一体どういう構造なのでしょうかね?」
リリアは目の前にいる怪物がどの程度なのかを見定めるため、腕を組みつつ眺めている。
怪物はリリアに接近し徐々に腕を振り上げていき、勢いをつけてリリアの胸元へ拳を叩き込んだ。
強烈な一撃のように見えたが、リリアには傷一つつけられず、びくともしなかった。
「どの程度かと思い、避けずに当たってみましたが拍子抜け……さては、舐めていますね?」
頭に来たリリアは恐るべき速さで怪物の腕を両手で掴む。
自らの身体を反転させると腕を担ぎ、一本背負いを決めた。
怪物は上下逆の状態でリリアの背後の床へと頭部から思い切り落下した。
「流石に弱過ぎますわ。見かけ倒しもいいところ」
強そうな外見の割りに、とても弱かった怪物にリリアは苛立っている。
そもそも強くなるためにこの場にいるのに、この程度の雑魚しかいないのでは話が違う。
「次戦、開始します」
再び、セラのアナウンスが室内に響く。
割れ目のあるコンクリートの壁が自動的に開き、そこには黒いもやで形作られた全く同じ姿の怪物が。
リリアが一本背負いした方の怪物は、ふらふらと立ち上がり壁の向こう側へと戻っていく。
「まだまだいるのですかね?」
同じ姿の怪物が現れてもリリアは先程同様に構えもしない。
二体目の怪物はリリアに接近してから、腕の形を変化させる。
非常に鍛えこまれた筋肉の形をしていた腕は、鋭利な刃へと変貌する。
それを勢いをつけ、リリアの顔へ突き立てた。
しかし、刃は刺さることなくリリアの頬で止まっている。
「なんなのですかそれは? それが人を刺すという行動のつもりですか? 論外ですね」
リリアは人差し指と薬指の二本の指を揃えて立たせる。
非常に強い魔力が込められているのか、波動が見て取れた。
「刺すというのは、こうするのですよ」
怪物の腹部へリリアは二本の指を突き刺す。
分厚そうな腹筋を簡単に射貫いた。
一度目はなんともないような反応をしていたが、リリアはお構いなしに違う箇所を連続で刺していく。
次第に怪物はぐらつき始め、背後へと尻餅をつき倒れた。
「次戦、開始しますね」
再び、セラのアナウンスが流れる。
「私の相手になり得る者は……現れるのでしょうか?」
二体とも弱過ぎたせいで、リリアは逆に不安になっていた。
ふらふらと怪物は立ち上がり、壁の向こう側へと戻っていく。
次に現れたのも全く同じ姿の怪物。
リリアは人型をした黒いもやの怪物と幾度も戦っていく。
戦っていくうちにリリアにある意識が芽生えていた。
連戦で連続的な勝利を甘受し、今までの折れかけていた気持ちなどなくなっていた。
そして、戦いが50戦目になろうとした時……
「そういえば、これは一体いつまで続くのでしょうか?」
普通ならとっくに考えついていることにリリアはようやく思考を巡らす。
弱いと思いながらも遠慮なく自由に己の技を試せる相手に、リリアは楽しくなって気づけなかった。
再び現れる黒いもやの怪物。
両腕を氷の巨大な氷柱へと変化させた。
この怪物も幾度の戦いで着実に経験を積み、対リリアの対策が次第にできるようになっていた。
「やるじゃないですか」
高々、怪物程度の知恵で炎人の弱点が水を扱った攻撃であると気づけたのをリリアは感心している。
「少し待っていてください」
少し知恵があるのだと分かったリリアは怪物に呼びかける。
言葉の意味が分かったようで怪物は動きを止め、静かにしている。
「セラ、聞こえますか?」
自らが入ってきた方の扉へリリアは呼びかける。
「どうしましたか?」
セラの声で室内にアナウンスが流れた。
「この戦いはいつまで続くのでしょうか?」
「リリアさんが望めば、いつまでも」
「いえ、そうではなく今日はもう止めにしたいのです」
「では、私のいる部屋へ一度戻ってください」
「ええ」
戻る前に、リリアは怪物がいる方へ視線を移す。
すでに怪物は隣の部屋に戻っていた。
自動的にコンクリートの壁が閉まっていくのだけが見えた。
リリアもセラがいる部屋に戻る。
「お疲れ様です、リリアさん」
「ええ」
「今日は良いデータが取れたと思います。明日もまたお越し頂けますか?」
「構いませんよ、ここでならいつまでも自由に戦えますし。それに、彼らも私に合わせて強くなっている気がしますから」
「ああ、彼らですか」
セラは表情に頬笑みを浮かべる。
「リリアさんが熱意を持って戦いに挑んでいるからこそ、彼らも呼応し強くなれているのだと思いますよ」
「そうですかね。では、そろそろ私は帰ります」
「リリアさん、帰宅される前にもう一度培養槽へ入ってくれませんか?」
「その中にはもう入りたくありません」
「どうしても駄目ですか? 今後の成長の近道となるはずですが……」
「仕方ありませんね」
さっさと帰りたいリリアは仕方なく応じる。
再び着衣を全て脱ぎ、かごへ畳むと培養槽内へと入る。
少しの間、培養槽内へ入っていたが……
「リリアさん」
リリアはバスタオルをセラから渡される。
「………?」
いつの間にか、リリアは培養槽の外にいた。
身体から培養槽の液体が若干滴っているので、数秒前程度には培養槽を出たらしいがその記憶がリリアにはない。
「ありがとう」
とりあえず、バスタオルをリリアは受け取る。
不思議に思いながらも、着衣の入ったかごを持ち、シャワールームへ向かった。
シャワーを浴びている間もリリアは一体いつ培養槽を出たのかが思い出せない。
なにかをされたのではないかと若干ながら、セラを疑った。