データ取り
空間転移をし、リリアとセラは株式会社バロック本社前に現れる。
バロック本社は、R・タルワールのお膝下であるクロノスの都市にそびえ立つ。
総世界政府クロノスの本部が存在する大規模で近代的な都市部ということもあり、非常に発展していた。
発展具合は総世界有数で周囲には大きなビル群が並び立つが、その中でもバロック本社はさらに一際大きな高層ビルとなっていた。
「リリアさん、こちらです」
「随分、大きな施設ですね……」
あまりの大きさにリリアは身体を反らして、バロック本社ビルを仰ぎ見る。
「この都市では一番大きな建物ですから。では、ご案内しますよ、リリアさん」
セラに導かれ、リリアはビル内へ入っていく。
施設内には社員と思しきサラリーマン風の男性が行き来している。
セラとリリアはそのサラリーマンたちを素通りし、エレベーターホールまで行く。
そして、エレベーターに乗った。
「我が社の施設の一つに、能力強化を前提とした施設があります。この施設では人でも魔力体でも今以上の強さの向上が期待できます」
「とても良い環境ですね。私は強くなれるのなら、なんでもいいです」
「それはなによりです」
これ程簡単に受け入れるとは、セラも思っていなかった。
それだけ思い悩んでいたのだろうとセラは察するべきものがある。
セラはデミスを知っている。
勿論、会ったこともあるし、彼の本当の実力も能力も理解している。
現時点では、リリアがデミスに勝つなど夢のまた夢。
見ず知らずの自らにさえも頼り切っている辺り、本当に藁にでもすがりたかったんだろうと分かった気がした。
そして、とある階でエレベーターの扉が開く。
「さあ、着きましたよ。リリアさん」
リリアとセラが降りた場所は、非常に広い研究施設だった。
バイオテクノロジーを念頭に置いた研究をしているらしいが、リリアにはなぜこの場に来たのか理解できない。
先にエレベーターを降りたセラが研究施設内の廊下を歩き始めたのでリリアもついていく。
「あの、このような場所になにようですか?」
「この研究施設の一角に戦闘エリアがあります。戦闘中、強者の体内でなにが起きているのか、どうすれば強者となれるのかを多角的に見据え、得られたデータや過去の事例から考察し研究した上で、強者を作り上げています」
「得られたデータとは? ノールさんの戦闘データもありますか?」
「確かにありはしますが……ノール様のデータを基にしても貴方は強くなれませんよ。ノール様は総世界で唯一実体化している水人の魔力邂逅ですから」
「なぜ、様の敬称づけを?」
「私は、というよりも我がバロック社は、社長の相馬はもとより全社員がノール派に所属していますので、ノール様に敬意を払うのはなんら不思議なことではありません」
「つまり貴方方は、ノールさんの協力者という立場ですか」
「私たちが頼り切りの立場なので協力と言える程、支えられているのかは分かりませんけどね」
二人が話しながら歩いていくうちに、ある部屋に辿り着く。
「暫し、お待ちを」
セラは名刺入れから、一枚のカードキーを取り出し、センサーにかざす。
すると、部屋の扉が自動的に開いた。
「そんな板をかざすだけで扉が? どうやって開くものなんですか?」
「これは、カードキーと言って……」
一体どんな文明レベルで暮らしているんだと思い、普通に説明しようとしたが止めた。
このカードキーは見せかけのもの。
「これを持っていなくては、この先の部屋に入れないと他者に思わせるため使っています。本当は事前に登録された魔力を有する者だけがこの先に入れますの。入れる者は皆、我が社のドールマスターのみです」
「ドールマスターとは?」
「人形を作る者を指す言葉です。今では、人形だけでなく様々な産業を担っていますから、ドールマスターという言葉に違和感を覚えるのでしょうね」
とりあえず、二人は室内へと入る。
室内は殺風景な場所だった。
人が入れる大きさの円柱型の培養槽が部屋中央にあり、その隣に操作盤とモニターがあるだけ。
一応、室内には入口と別の扉があり、そこからどこかへ行けるようになっていた。
「リリアさん。早速で申しわけないのですが、あの培養槽の中へ入って頂きます」
「なぜですか?」
「あの中に入って頂ければ、貴方の現在の能力値が測れ、今後の能力向上のデータとして活用できます」
嫌そうな表情でリリアは、じっと培養槽を眺める。
培養槽内は得体の知れない透明な液体で満たされていた。
「入らないという手はありますか?」
「データ取りをしなくても構いませんが、私は戦いに関してそこまで専門家ではないので、できれば貴方から得られたデータも活用したいですね。時間が大幅にかかってしまっても構わないのでしたら必要はありませんがどうしますか?」
「致し方ありませんね、入りますか。ところで、これはどうやって入るのですか?」
「それはですね……」
セラは培養槽の近くにある操作盤を操作する。
すると、培養槽内の液体は下方に向かって排出されて行き、その全てが排出され終えると培養槽の一部が開く。
「身体が濡れますので、培養槽内に入る際は服を脱いでくださいね」
「まさか、ここで裸になれと?」
「ああ、そうでした」
セラは空間転移を発動し、一つのかごを用意する。
「この中に衣服を入れてください」
「もし、このまま……」
「培養槽内に衣服を着用したまま入っても構いませんが、あの液体は透明でも水ではありませんよ? もしも、ドレスに付着すれば化学変化を起こして変色するかもしれません」
「仕方がありませんね」
リリアはセラから、かごを受け取り培養槽の隣に置く。
そうして、衣服を脱いでいった。
セラは自然な感じにリリアの傍に近寄る。
「綺麗な身体つきですね」
「貴方、さては舐めていますね?」
ただでさえ裸を見られるのも腹立たしいが、パーソナルスペースに入り込み、じろじろ見られるのも腹が立った。
「指輪やネックレスなどの貴金属を着用していないかのチェックですよ。では、培養槽の中へ」
「ええ」
特に問題なく培養槽へ、リリアは入る。
それを確認したセラは操作盤を操作し、開いていた培養槽の一部が閉じ、培養槽内に液体が満たされていった。
足先から膝、腰、胸の辺りと得体のしれない液体が徐々に上がってきても、リリアは直立不動のまま動かない。
自らの目の高さを液体が越えていく時でさえも瞬きもせず、リリアはあることを考えていた。
狭い空間に閉ざされているのが怖いと。
初めてリリアは自らが閉所恐怖症なのだと身をもって知った。
数分程、リリアは培養槽内にいた。
その間セラは操作している操作盤へ自動的に転送されていくリリアから得られたデータを解析していく。
ある程度経ってから、徐々に培養槽内の液体は培養槽の下方へと排出されていった。
「リリアさん、出てもいいですよ」
培養槽の一部が開く。
リリアが出てくる前にセラが床へバスマットが敷いた。
「あの、なにか拭くものを」
バスマットの上にリリアは立つ。
単なる水なら炎人能力で蒸発させるが、得体の知れない液体であるため、蒸発はさせない。
「どうぞ、リリアさん」
空間転移で出現させた白いバスタオルをセラが渡した。
「あと、身体を洗いたいのですが」
「では、そちらの部屋へ向かってください。そちらはシャワールームとなっています」
先程入ってきた扉とは別の方の扉へ手のひらを向ける。
「そうですか、そちらに」
リリアは裸のまま扉の方へと向かう。
それに伴うように、セラがリリアの衣服が入ったかごを持ってついていく。
扉の先は広めの脱衣所で、その奥にシャワールームが続いていた。
「少し身体を洗い流してきますわ」
「どうぞ、リリアさん」
セラから受け取ったかごを手に、リリアは脱衣所内へと入っていく。
十数分後、リリアは普段着のドレスをまとい、シャワールームから出てきた。
「データ取りは終わりましたね? 次は、なにをするのですか?」
「次は実戦ですよ」
「どちらで?」
「こちらですよ」
セラはシャワールームに繋がる扉へ手を伸ばす。
扉を開くのではなく、扉についているボタンを押そうとしていた。
「あら?」
リリアはボタンの存在に全く気づかなかった。
二つのボタンがついており、単にデザインの一部と思っていたようだった。
セラは一つのボタンを押す。
再び扉を開くと、室内が先程までとは全く別の空間となっていた。
コンクリート打ちっぱなしの、なにもない正方形の広い部屋。
「これは一体どういうことですか?」
一瞬のうちに室内が変化し、リリアは困惑している。
「このようなことも可能なのですよ。ドールマスター相馬が造り上げた研究施設ですから」
「なるほど、面白い能力ですね」
「よく言われます」
二人は室内へと入る。
それから、セラは部屋の四隅や周囲の壁を指差した。
「なにもないように見えますが、指を差した箇所に小型カメラが内蔵されています。この部屋でリリアさんに戦ってもらい、戦闘スタイルの分析を行います」
「戦う? どのような相手とですか?」
「そこから対戦相手が現れます」
ある方向の壁を指差す。
なにもないと思っていたが、壁には若干の割れ目が確認でき、左右に開くような造りとなっていた。
「そこから……?」
「では、私は邪魔にならないよう隣の部屋にて確認をします。リリアさん、御武運を祈ります」
軽く礼をしてから、セラは部屋から出ていった。