新たな一歩
自宅のリビングでソファーに腰かけながら、リリアはテレビを見ていた。
テレビを見ていても全く内容を見てはいない。
なにか深く考えたい時はあえてテレビをつけているのが、リリアの一つの癖。
リリアが深く思い悩んでいるのは、杏里との戦いについて。
ここ三ヶ月の間にコロシアムの試合で、リリアは杏里に一度として勝利することができなかった。
それが善戦できているのなら、まだここまで思い悩む必要はない。
だが、杏里はそういった相手ではない。
リリアが本気で攻撃しても全く意にも介さず、簡単に倒して退ける杏里はいくら戦っても、どう戦っても勝ち目がなかった。
「リリア、その……」
ソファーに腰かけるリリアの隣に座っていたセシルは、リリアが日々衰弱していくのを感じ取っていた。
リリアは魔力体のため体調不良などありえず身体は健康そのものだが、心など精神に影響されるもののダメージは残る。
このままでは、リリアが壊れてしまうかもしれないとセシルは感じている。
本当は今すぐにでもリリアを止めたかったが、リリアが戦う理由からして止められない。
リリアがどうすればいいのか分からなくなっているように。
セシル自身も今のリリアをどうすればいいのか分からない。
「セシルさん」
「どうしたの?」
「強くなる方法を教えてください」
「それは……」
そんなこと、セシル自身がリリアのために誰かから教えてもらいたかった。
武闘派ではない自らが分かるはずがないのに、あえて聞くのだから相当参っているのだろうとは予測がついた。
「今日は、その……休養を取るのもいいかもしれないよ」
「そうしますか」
ソファーから立ち上がり、リリアはセシルの方を見る。
「少し散歩をしてきます」
「うん、いってらっしゃい」
空間転移を発動し、リリアは自宅の高層マンションから離れた場所にある比較的大きな公園へ移動する。
少しの間、散歩していたが公園内のベンチに座った。
「私はどうすればいいのでしょうか……?」
リリア自身も自らの気力が落ちているのを理解していた。
地面を見つめ、うなだれた様子でリリアは考えごとを始める。
「リリアさん」
リリアを呼ぶ声が聞こえた。
気づかなかったが、リリアの目の前に秘書風の綺麗な女性が立っていた。
女性は髪から顔、衣服から見える腕や足にかけて全身が白く、わずかに瞳と唇のみが仄かに赤いという体質の持ち主だった。
「私をご存知ですか?」
「……どういうこと?」
この女性とは、リリアは初対面。
誰なのか全く分からない。
もしかしたら、コロシアムのファンかと思ったがそうではないと気づく。
この女性は相当の能力者であると。
「分からなかったようですね?」
ふっと、女性は頬笑む。
「自己紹介が遅れてしまい、大変申しわけありません。私は株式会社バロックの社長秘書をしているセラと申します。以後、お見知り置きください」
名刺入れを取り出し、リリアに名刺を渡した。
「それで、私になんの用でしょうか?」
「では、先程と質問を変えましょう。ここ数ヶ月の間に、私たちに気づきましたか?」
「いえ?」
「やはり、そうでしたか……」
残念そうな表情をセラはする。
「失礼を承知で言います。リリアさん、貴方には失望しました」
「なっ……」
普通にイラッとしたリリアはベンチから立ち上がる。
「ずっと私たちは、R・ノールコロシアムでのリリアさんを調査しておりました。ノール流を体得した強者だと確信していたのですが、私たちの調査にも気づかなかっただなんて手を抜き過ぎなのではないですか?」
「そんなことを貴方に言われる筋合いはない!」
「言われる筋合いはない? 杏里さんとの戦いで一度も善戦できないという醜態を晒せてもまだ自らに随分と自信がおありのようですね」
「自信など……もう私には……」
落ち込んだ様子で、リリアは再びベンチに腰かける。
「今からでも遅くはありません。エアルドフ王国でしたか? 帰郷して花嫁修業を再開し、平和に暮らすのも一つの手だと私は思うのです」
「………」
ドクンと胸が高鳴った。
あまりにも負けが込み過ぎて、一番大事なことを忘れかけていた。
自らが一体なんのために戦い続けているのかを。
「私は、今のままでは帰れません」
「なぜですか? 弱い貴方にとってそれが相応しいと思いますが」
「私には倒すべき者がいます」
「それがなにか?」
セラはリリアの前にしゃがみ、リリアの手を取る。
「リリアさん、誰かを倒すよりも貴方の命の方が大切ではないでしょうか。自らの弱さを早期に気づけたのはなにも悪いことではありません。貴方の強さは復活の魔法リザレクで生き返られる保証があるコロシアムだけでしか意味がないものです。失礼を承知で今一度言います。エアルドフ王国へ帰りなさい、貴方には貴方に相応しい生き方がある」
「もしも私になにも達成すべき目標がなく、ただ生まれ持った力を試したかっただけなら、きっとセラの言うことを聞いていたでしょう。ですが、私には倒すべき者がおります。私はデミスに勝てるだけの力を手にするまでは帰れません」
セラの手を振りほどき、リリアはベンチから立ち上がる。
「セラ、貴方に言いたい放題言われて私はなにをすべきかを再び思い出しました……」
「全く分かっていないではないですか」
苦笑いを表情に浮かべつつ、セラはリリアの手を掴む。
立ち去ろうとしていたリリアだったが、ぴくりとも動けなくなった。
「離してくれませんか?」
「だとすれば、腕を振り払ってみなさい。いえ、それよりもなぜリリアさんがデミスの名を? それに倒す……のですか?」
「倒します」
「デミスの名を知っているということは、デミスと会っていますね? なぜ、貴方が勝てると思ったのですか?」
「さっきからうるさい。この私に質問ばかりをしないでください。私は今、時間が惜しいのです」
「我が社もデミスと契約をしているのです」
「契約って……それはお父様が」
なにを言っているのだと思った。
御印の契約は、父であるエアルドフが担っている。
明らかな嘘だと思いながらも、あのデミスならやりかねないかもしれないと考えた。
「リリアさん」
リリアの腕から手を離し、セラは頭を下げる。
「どうか、今までの御無礼をお許しください。貴方にそこまでの信念があると私程度には理解が及ばなかった」
「なんなのですか、貴方は一体」
「私は株式会社バロックに勤める社長秘書のセラと申します。リリアさん、我が社とともにデミスを打ち倒す偉業を成し遂げてみませんか?」
「やります」
「ありがとうございます、リリアさん」
正直、セラはこれ程簡単にリリアが理解を示すとは思っていなかった。
二つ返事も良いところで、逆に本当にいいのかと少し疑った。
「それよりも貴方は一体この私になにをしてくれるのですか? デミスとの戦いには手出し無用です」
「強くなるための最高の場を用意しましょう。私たちバロック社にはそれが可能です」
「では、私にその場を提供しなさい」
「ええ、勿論です」
セラは空間転移を発動する。
二人の周囲の風景は変わっていき、近代的な大都市が現れた。