今後の戦い
二人の練習試合は続いた。
一時間と決められた練習試合が、リリアにはとてつもなく長く感じていた。
杏里が五分ごとのインターバルで試合を行う形式にしたので合計12試合分。
その試合もようやく最終戦。
だがその試合中、リリアは一度たりとも勝利できなかった。
勝利どころか善戦さえもできていない。
「じゃあ、リリア。もうすぐ55分になるし、戦おうか」
手首につけた時計を見ながら、杏里は意気揚々としている。
「……ええ」
対して、リリアは表情にも声にも覇気がない。
最善の手を尽くしても、まるで歯が立たず、最初にあった強い意志が折れかけていた。
「よし、リリア。55分になったよ」
自らの時計を見てから、リリアに呼びかける。
「えっ、あっ……」
意気消沈としていたリリアは反応が出遅れた。
直後、リリアの右目スレスレの位置までトンファーの切っ先が迫り、止まった。
「油断したね?」
「………」
言葉もなく、リリアはその場へしゃがみ込んだ。
心が完全に折れた瞬間だった。
「手を抜かず戦えた。リリア、君のおかげだよ」
しゃがみ込み、うなだれているリリアの肩に手を置く。
「また一緒に戦おう」
「分かりました……」
「ボクは先に戻るよ」
杏里は空間転移を発動し、姿を消した。
「………」
リリアは無言のまま立ち上がり舞台を降りるが、その舞台を背にし座り込む。
一切、歯が立たなかった。
杏里と同じ魔導人のデミスを打ち倒さなくてはならないのに。
「私は一体どうすればいいのでしょう……」
悔しさのあまり、顔へ両手を置き、リリアは泣き出す。
リリアの周囲には相変わらず沢山の観客たちがいた。
泣き出してしまったリリアを目にし、観客たちはざわついている。
観客たちは口々に慰めの言葉をかけていた。
誰一人としてリリアが弱いなどとは言わない。
優秀な上位ランカーが今日の試合を理由に引退する危機を全力で回避させようとしている。
少しの間、リリアは慰められていたが立ち上がった。
「私、今一度やり直したいと思います」
意外と早くリリアは立ち直った振りをする。
本当はとても落ち込んでいて、できれば一人にしてほしかった。
だが、ここではまず有り得ないため、この場を離れようとしている。
「空間転移発動」
リリアは空間転移を発動する。
行先は、自宅の高層マンション。
いつも通りの指定先であるリビングへと戻った。
「戻りました……」
気落ちした声でリリアは自宅にいるはずのセシルへ呼びかける。
「あら?」
リビングのソファーに腰かけていたセシルはリリアの様子がおかしいことに気づく。
「随分手酷く負けたみたいね。やっぱり自分から負けるのは精神衛生上、止めた方がいいって」
「ジスに負けたことは、なにも問題ありません。そこまでは想定通りでした」
リリアもセシルが座るソファーに腰かける。
そこへ、セシルが抱きついた。
「もしかして、慰めてほしいの?」
「はい」
「どう慰めてほしいの?」
「それは……」
慰めてもらいたかったが、それで杏里に勝てない現状が変わるわけでもない。
どうしたら良いかと考えたが……
「このまま抱き締めていてもらえますか?」
「抱き締めるだけでいいの?」
「構いません」
リリアの力になりたかったセシルは、そのまま抱きついていた。
慰めの言葉よりも安心感がほしかった。
「ただいま、戻りました」
空間転移のゲートがある部屋からジスがやってきた。
「ジス、帰りましたか」
ソファーに座ったまま、リリアは首だけを動かしてジスに呼びかける。
「なにか、顔色が悪い感じがしますね」
「どうも魔力切れを起こしてしまいまして……」
「セシルさん、少し離れてもらってもいいでしょうか?」
「うん」
抱きついていたセシルは一度リリアから離れる。
「よいしょ」
ソファーからリリアは立ち上がり、ジスのもとまで行くと手を掴む。
ジスは身体に魔力が満たされていくのを感じた。
「これで体調は良くなりましたか?」
「ええ、ありがとうございます」
ジスは尊敬の眼差しでリリアを見ている。
今日の戦いを受け、リリアを尊敬すべき対象として見るようになっていた。
戦っている最中だというのに、リリアが自らへ必勝の策として魔力を全面バックアップしていたのをジスは理解している。
「リリアさん、今日のファイトマネーですが」
「私に気を使う必要などありませんよ。それらは全て貴方のものですから」
「いいえ、これらは全てリリアさんへ捧げたい」
「この私に資産運用を任せるつもりですか? 貴方自身のお金です。貴方自身のために管理しなさい」
「そうですか、分かりました……」
若干、寂しそうな反応を見せたがジスは納得する。
実際に自らをランキング100位以内に戻してくれたリリアになんらかのお返しをジスはしたがっていた。
「私に気を使うよりも、貴方自身の今後を第一に考えなさい」
本当はリリア自身も気持ちが落ち込んでいるのに、ジスを支えるよう気を使っている。
この日から、新たなリリアの目標ができた。
リリアがデミスに打ち勝つためには、まずは杏里を倒せなくてはならない。
とにかく今は杏里と善戦、もしくは本気を引き出せなくては話にもならないのだ。
翌日から、リリアはジスと組手や実戦を経て、訓練を行う。
一人よりも二人。
なによりも実戦経験を豊富に積めるのが、リリアにとって最良の環境となった。
それとは他に、リバースで仕事をこなしつつ、たまに杏里との一騎打ちを行う日々が続いた。
その期間もすでに三ヶ月が経過しようとしている。
結局この期間内で杏里には勝つことができず、リリアの残された命の期限も残りあと五ヶ月程度。
デミスと同じ魔導人の杏里を相手に一切の勝機が見出せず、リリアは今よりも強くなるためR・ノールコロシアム以外の別の方法を模索するようになっていた。