勝ち目のない戦い 2
以前、セシルがリリアに話したこと。
それはリリア自身の魔力をジスへ付与し、戦闘を行えば能力向上へと繋がるのではないか?という話。
リリア個人の感性では一騎打ちにもかかわらず手を差し伸べているようで絶対にしたくなかったが、今はそうも言っていられない。
このまま自らが勝利しただけではなんの意味がない。
じっと、リリアはジスを眺める。
ジスの表情を見ただけで分かることがあった。
リリアを打ち倒したと思っていたジスの気持ちが折れかかっている。
「これはいけませんね……」
リリアは即座に構え、一気にジスへと接近した。
先程までのジスとは異なり、動きにキレがない。
動きに全く対処できず、リリアを間合いに入らせてしまう。
前回の試合の再来。
ジスは腹部をアッパーカットで打ち抜かれる。
あの時と同様にリリアの魔力体化によって、ジスの身体の表面を透過し、内部で実体化。
心臓を含め様々な臓器を拳で打ち抜く。
人類では決して達成できない領域の技で攻撃した。
「………」
なにも語らず、リリアはジスの腹部から腕を引き抜き、姿勢を正す。
その直後に、うつ伏せでジスは倒れた。
大量に血を吐き、ただの一撃で勝負はついてしまった。
リリアはジスの傍らにしゃがみ、ジスの様子を窺う。
次に、係員へ視線を移した。
未だに係員はリリアの勝利宣言をしないでいる。
そのまま、じっと係員を眺めていると……
両手を床につけ、ジスが身体を起こし始めた。
ちらっと視線をジスへと戻し、あえてリリアは距離を取る。
引くなど有り得ず、通常ならば観客にさえも不可解に思われるのが仕方がないタイミングで。
ただ、この行動も今回だけなら理解される。
先程リリアがなにかをしようとしていた時に、係員に妨害されたとリリア自身が宣言していた。
そこから生じた係員への疑念がリリアの目を曇らせたとも言える。
と、なって欲しいのが、リリア本人。
「……私は、また一つ強くなれたようです」
口や鼻から流れ出ていた血が止まり、ダメージは回復している。
立ち上がったジスは頭上の煌々と明かり照らす電灯を見つめていた。
自らの身に起きた覚醒を強くジス自身が確信している。
今さっきのリリアの一撃。
それには、相当の魔力が込められていた。
リリアは攻撃の威力増強には魔力を扱わず、そのままジスへ分け与え、強化に繋がらせていた。
「………」
そのジスの様子に対して、リリアはなにも語らない。
嘘をつくのが苦手なリリアは戦闘中これ以上なにも話さないつもり。
自らの性格上、誤魔化すのが苦手だと分かっている。
とりあえず、リリアは構えの体勢へ移行した。
「?」
動きを見たジスが不思議そうな表情をした。
「動きが遅くなっていませんか?」
「はあ?」
なにも語らないつもりが、イラッとしたせいで声を発してしまった。
「なにを抜かしやが……」
少しだけ、はっとした表情になり、口元へ手を置く。
手を貸されているのに良い気になっているのが癇に障り、一瞬リリアの素が出ていた。
「私には仰る意味が分かりかねますわ」
「行きますよ」
わざわざ語りかけてから、ジスはリリアへと迫る。
速度はゆっくりだった。
なにをやっているのだか。
それが最初に、リリアの感じた印象。
そうだったはずなのに、気づけば距離は拳が当たる間合いの位置。
「ま、不味い……」
顔面を狙った右フックをリリアは顔の間近で両手を使い受け止める。
だが、両手でも受け止めきれず両手ごと顔面に叩き込まれ、背後へ2メートル程吹っ飛ばされ倒れ込んだ。
リリアはあまりの痛みに顔を両手で押さえる。
殴られてようやく気づけたが、あの速度の遅さは言わば危機の知らせ。
恐ろしい脅威が迫り、身体が命の危機を感じ取って、高速の動きをスローモーションに見せていた。
「ここまで化けるとは……」
いつまでも倒れていられないので、リリアは立ち上がる。
先程ジスを死の淵へと叩き込んだ際にリリアは自らの魔力をできる限り付与していた。
魔力体としての魔力の質が上昇しているリリアの魔力を受け、ジスは疑似的に魔導人と化している。
こうなってしまえば最早対等どころではない。
レベル10万程度の魔力体と、レベル17万の魔導人では流石のリリアも分が悪い。
「手を抜かないで下さい」
「抜くわけがねえ……はずがありません」
ジスに注意喚起をされ、再びリリアに素が出る。
今度は示し合わせたようにリリア、ジス同時に一気に駆け出す。
一気に距離は縮まり、打ち合い必死の間合いへ。
先制攻撃を仕かけたのは、リリアだった。
リリアの拳が、お返しだと言わんばかりにジスの顎を打つ。
「いたっ……」
しかし、ジスの顎を打ち抜くことはできなかった。
代わりに自らの手に残る違和感。
ジスの顎から拳を引くと、リリアの手はグシャグシャに折れていた。
「リリアさん」
ジスの呼びかけが聞こえた。
それと同時にリリアの顔に拳が叩き込まれる。
何度も何度も執拗に繰り返して。
リリアが倒れないよう魔力で調整し、確実に死ぬまでサンドバックにしている。
先にやった氷柱で穴を穿つような外傷がなくとも、リリアへのダメージは雲泥の差。
明確に伝わる強い殺意からリリアは、ジスが強くなれた恩返しのために自らを殺害しようとしているのだと理解する。
なにを考えているのか分からないが、流石は魔族なのだろうと解釈することにした。
リリアは自らの足元だけを魔力化し、立つという行動自体を不可能にさせてジスの攻撃を回避する形で床へ倒れ込む。
当然、ジスも追い打ちをかけようとしたが……
「勝者、ジス選手!」
リリアが倒れ込むと同時に係員が、ジスの勝利を宣言した。
「ええっ!」
呆気に取られたジスは宣言をした係員を数秒眺めていた。
手に残る感触から分かる。
まだ、リリアは生きている。
死んでいるから横たわったのではない。
ジスの中では到底決着がついたとは言えないが、右腕を高々と掲げ勝ち名乗りをする。
その瞬間、再び観客たちから歓声が上がる。
この勝利は非常にデカい。
あっさり一撃で敗北し、それから急転直下の勢いでランクダウンしたジスが。
あの時以上にランクアップしたリリアを打ち倒す逆転劇は、まさに観客たち垂涎のサクセスストーリー。
声援を、歓声を上げる観客たちに悠然と手を振りながら、ジスは選手入場ゲートへと戻っていくが、一度リリアの方を振り返る。
対して、敗北したリリア。
先程とは異なり、普通にリリアは失神していた。
係員に担架へ乗せられ、問題なく救護室へと移送されていく。
つまりは負け損。
リリアに追い打ちをかけようと名乗りを上げる挑戦者は誰一人として現れなかった。
リリアを見送り、ジスも選手入場ゲートを通り、控え室へ戻っていく。
「ぬう……」
控え室へ戻った途端、ジスは全身から冷や汗がにじむ。
最早、立っていられなくなり床に片足をつけ、しゃがみ込んだ。
心臓が高鳴り、眩暈がし、そのまま床へ倒れ込む。
戦いの反動が出たと直感的に思ったジスだが、即座にそれが間違いだと悟る。
これは魔力切れから起きる体調の不良だと。
「まさか……あの時に」
自らの調子が良くなり、勝てると判断できたのはリリアに一撃をもらった直後。
あの攻撃が死に至らしめるためではなく、自らが万全以上の力を出せるようにリリアが魔力を付与したのだとジスは気づいてしまった。
「恐ろしい女だ……」
意識を保っていられず、ジスは意識を失った。