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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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勝ち目のない戦い 1

ジスがリリアとの試合のエントリーを済ませてから一週間後。


リリアはジスとの試合を受け入れた。


その翌日、リリア対ジスのリベンジマッチが開催された。


時刻はいつも通り、昼前の十一時頃。


控え室のソファーに腰かけ、リリアは戦う時刻を一人待っていた。


「リリアさん、時間です」


コロシアムの係員が控え室の扉を開き、試合開始時刻を伝えに来た。


「ええ、分かりましたわ」


ソファーから立ち上がり、至って普通に廊下へ出て、選手入場ゲートまで向かう。


コロシアムの闘技場エリアまでリリアが歩んでいき、観客たちの前に姿を現すと一斉に歓声が上がった。


全身に打ちつける程の歓声を一挙に受けても、リリアは全く周囲を見向きもせず、闘技場中央へと向かう。


リリアは歓声に応じ、なにかしらのパフォーマンスをするのを良しとしない傾向があった。


それは、見世物にされてはいるがお前たちのために戦っているのではないという強い自負心があるから。


本人がどう思っているかは別として、王族であり美しくなおかつ恐ろしく強いリリアはそういう態度を含めて絶大な人気のあるファイターだった。


そして、リリアは闘技場中央まで来ると前回同様に仁王立ちしてジスが現れるのを待つ。


「どうも外野がうるさいですね」


周囲の歓声の大きさに気が散りそうで、リリアはイライラしている。


「さあ、リリア選手は準備万端のようです!」


観客たちの歓声を打ち消すように、係員のアナウンスが流れる。


「本日も一撃で、あの挑戦者の野望を打ち砕いてしまうのでしょうか! なお本日も同様に賭けを行いたいと……おっと、挑戦者の入場!」


係員のアナウンス途中で、反対側のゲートからジスが現れた。


全身が見えないようにボロボロのローブを羽織り、魔力を非常に抑え、ゆっくりとした足取りで闘技場中央まで向かう。


この時、凄まじい地鳴りのような怒号、罵倒のブーイングが起きた。


最早ジスとは無関係のできごとについてまでもが、ジスが悪いとの論調で膨大なブーイングを観客たちは口々に発している。


この間もなにかを係員がアナウンスしていたが、あまりにもブーイングが騒々しくて聞き取れなかった。


そうして、ジスもリリアと相対する位置まで辿り着く。


ふっと、リリアはジスから目線を外し、自らとジスの倍率が表示された電光掲示板を見る。


以前とは真逆のリリア1倍、ジス50倍の倍率が設定されていた。


ただ以前と異なり、賭け金の金額が芳しくない。


リリアはそれを見て、嫌な予感があった。


ジスがされたような徹底的な追い打ちを自らはされないかもしれない。


怒り狂った多くの者たちをいかに捌き、いかに多く叩き潰せるかで今現在の自らの力量をリリアは測りたかった。


なのに問題ないとされ、追い打ちもなく普通に救護室へ連れていかれるのは勘弁してほしかった。


リリアが電光掲示板を見つめていると、あることに気づく。


いつの間にか、地鳴りのようなブーイングが止んでいた。


再び、リリアはジスへと視線を移す。


先程までまとっていたボロボロのローブをジスは脱ぎ去り、ファイターとしての軽装の衣装姿を見せている。


以前よりも若干細身になっているが、ジスの闘気も覇気も魔力量も全てが、あの当時のジスとは比較にならないレベルに上昇していた。


今までブーイングをしていた観客たちが押し黙ったのは、この姿を見てしまったから。


心身ともに弱り切っていたジスだからこそ恐るるに足らずとブーイングしていたが、今のジスはヤバいという次元を通り越して即座に命の危機。


見世物として戦ってはいるが、断じて観客たちの味方などではない。


ふとした拍子に命をもぎ取る自然災害レベルの者がブーイングしている相手だと遅まきながらも気づき、それ以上はもう怖くてなにも言えないのである。


「……随分、静かだ。ここは本当に闘技場なのか」


ジスは観客たち一人一人を記憶するように、ゆっくりと首を動かしながら周囲を見つめていく。


「先程まで騒々しかったですよ」


仁王立ちした状態でリリアは語る。


先入場の試合前は必ず仁王立ちし、対戦相手を出迎えるのがリリアのスタイル。


「そうだったのか?」


周囲の騒々しさに全く気づかぬ程、ジスはリリアだけに意識を集中させていた。


先程の怒号も罵倒もまるでジスには届いていない。


「戦闘を開始してください!」


静まり返った闘技場に係員のアナウンスが響く。


「さて……」


リリアは構えの体勢へ移行する。


「あの時と同じですわね、ジス。みっともない、怖気づいたのですか?」


「なにを馬鹿な……」


当然そのはずがないとジスが言おうとした瞬間に、一気にリリア側から攻める。


一気に駆け出し、軽くリリアは床を蹴った。


危険を感じ、ジスは両腕を高く上げ、頭部へのダメージを受けないようにガードを固めた。


直後、ジスのガードを固めた腕にリリアの飛び膝蹴りが被弾する。


反動でジスは背面へ尻餅をつき、すぐさま立ち上がり体勢を整えようとしたが……


「隙だらけですよ?」


リリアはジスの起き上がりざまに身体を回転させ、一気にジスの右頬側へバックハンドブローを叩き込む。


相当の勢いから受け身も取れず、倒れ込むジスは足をピンと伸ばした状態で身動き一つしない。


追撃とばかりに、リリアは倒れているジスの顔を(かかと)から踏みつけ、駄目押しを決めた。


「ジス、貴方は無様な男ですね。可哀想と思い、手心を加えてみましたが結局はこの程度とは。武術家ではなく、他の生き方が今の貴方にはお似合いでしょう」


足を退かし、リリアは選手入場ゲートへ歩み出す。


「待て」


歩き出して数秒後。


ジスに呼び止められ、リリアは振り返る。


すでにジスは立ち上がり、徒ならぬオーラをまとっていた。


銀色に輝く瞳。


ジスは覚醒化していた。


「少しはやるじゃないですか」


再び、リリアは構える。


ここまでは、ほぼリリアの思い描いた通りの光景。


強い怒りが強靭な強さを発揮できると考えるリリアは、とにかくジスがスムーズに怒れるように煽り倒している。


違っていたのは、ジスの覚醒化。


普通の能力向上とはかけ離れた方法で強くなれたリリアは覚醒化という変化を知らない。


「にしても、最初から強くなれる術を知っていたではないですか。セシルさんの話した通りにせずとも良かったかもしれませんね」


リリアがそのようなことを考えていると、ジスは一気に駆け出す。


ジスは完全にキレていた。


キレることで自らのリミッターを外し、圧倒的強者を打ち崩そうと必死になっている。


「ただ、あのように単調では……?」


怒りに任せているせいで攻撃が簡単に読み取れ、リリアは逆に気を抜いてしまった。


その刹那、ジスは腕が通る程度の空間転移のゲートを詠唱なしで発動。


そこへジスは腕を振り上げると同時に、いつの間にかリリアは闘技場の天井を見ていた。


下段から一気に振り上げられた拳は空間転移により、リリアの顎を打ち抜いていた。


「不覚……」


悔しさを表情に滲ませ、リリアは両手で口元を押さえる。


これで、リリアは一手出遅れた。


続けざまにジスはリリアの頭部を両手で鷲掴みにする。


両親指をリリアの両目に突き立て抉り、そこで完全に固定する形で。


あとは前面へと体勢を崩させ前屈みにさせると、全力で膝蹴りを叩き込む。


対炎人対策として膝に魔力でできた氷柱を仕込んでおり、リリアの身体は穴だらけになり、リリアも周囲一帯も血で染まり始めた。


「もう死んでいるだろ……」


凄惨な光景を目の当たりにし、観客たちはざわつき出す。


あまりにも凄惨で圧倒的過ぎる試合だと、熱狂するどころか逆に冷静になってしまっていた。


数十秒程度、リリアに地獄を見せていたジスがようやくリリアの頭部から手を離す。


顔から床へ倒れたリリアは微動だにしない。


「勝ったのか……?」


ジスはリリアの状態から、そう口にした。


次の瞬間、闘技場内から一気にジスの勝利を祝福する歓声が上がる。


ジスは歓声に答えるように右腕を高々と掲げ、勝ち名乗りをした。


ただし、ある者だけはそれを否定した。


「リリア選手、なにを攻めあぐねているのでしょうか?」


係員がそのようにアナウンスしている。


「えっ?」


ジスが呆けたような声を発して、係員の方を見る。


「ん?」


リリアも同時に不思議そうな声を発した。


リリアの声を聞き取れた者は、試合会場内でジスだけだった。


ジスは心底ぞっとしていた。


あれ程の苛烈な攻撃を受けてもなお死なないのかと。


リリアは別にこの程度のダメージでは死ねない。


この程度のダメージなど、ノールとの修行時に散々受けたのだから。


ノールよりも魔導人のセフィーラよりも魔力の質が遥かに劣るジスの魔力。


表面上のダメージを与えられてもリリアを打ち倒せるだけのダメージを与えられていない。


「もしや、今日の係員は……私と同じ魔力体では?」


どう見ても死んでいるとしか思えない姿なのだから、簡単に敗北宣言をされるだろうとリリアは踏んでいた。


一応、係員の言葉から数秒経ってからリリアは普通に立ち上がる。


身体にはダメージがない。


穿かれた両目も普通に治っており、氷柱で射抜かれた穴も残っておらず、血液は身体にも服にもついていない。


全くのノーダメージだった。


「私がせっかくジスの隙を窺っていたというのに教えてしまうだなんて……貴方は彼の者の味方ですか? 貴方のせいで全て台なしです」


係員を指差しながら、リリアは語る。


「これは大変失礼しました」


特に申しわけなさそうな感じもなく、係員は謝る。


じっと係員を見つめたが、やはり髪の色、瞳の色、魔力量からしてリリアと同じく炎人の魔力体。


リリアの疑似的な死は人から見れば死んでいると判断されても同族の魔力体には誤魔化せない。


「仕方がありませんね、セシルさんの話した通りにしますか」

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