修行中
翌日の朝食後。
リリアとジスは昨日と同じくリビングで特訓を開始した。
昨日と同様に身体の魔力を高出力で維持し続け、なおかつ魔力流動を休まず行う。
身体の動きは最小限であっても、恐ろしく過酷な特訓となる。
「ジス、もう少しフルパワーで魔力を全身に流せないでしょうか?」
ソファーに腰かけながら、リリアはジスを眺めていた。
「は、はい……」
ジスは汗だくで疲弊し、ふらふらな状態。
この状態のジスにフルパワー以上の魔力を流せというのは酷な提案。
「少し休憩させたら? ジス、倒れちゃうよ?」
リリアと隣り合って同じソファーに座っていたセシルが話す。
「別に構いません。今の限界を知れば、さらなる限界へと自らを超えられるはずです」
「そんな、精神論みたいな」
「なにごとも一度経験した方が良いのです。経験もせずに自らをその程度と位置づけてしまう精神の方になにかしらの問題があります」
「そんな、他人事みたいに……」
二人が話していると、ジスは急に尻餅をついた。
「えっ」
ジス自身が自らの身に起きたことに驚いている。
そして、ジスは身体を支えていられず仰向けに倒れた。
「……リリアさん」
意識が混濁しているジスは自らの身に起きたことが分からず、リリアに助けを求めた。
「仕方がありませんね」
リリアはソファーから立ち上がり、ジスの傍にしゃがむとジスの手を握る。
ジスの身体へ魔力を流し、魔力切れが起きた状態を緩和させていく。
ジスは身体に魔力が満たされていく感覚と同時に身体が動かせるようになり、上体を起こした。
「ありがとうございます、リリアさん。相当の魔力量ですね……」
「私は魔力体ですので」
そういうと、再びソファーへ座る。
「ジス、貴方は入浴するなり、休憩するなりして一度休みなさい」
「分かりました」
ジスは先程までのふらふらした状態ではなく、しっかりとした足取りで浴室へと向かう。
そもそも疲れを微塵も感じさせなかった。
「なんとなく思ったけど、ジスって案外平気そうじゃないの?」
「疲弊の原因は魔力切れに近づいたからでしょうね。今は私が供給しましたから平気なのです」
「そういえば、ジスって全然汗臭くないよね。あんなに汗だくだったのに」
「私の魔力で身体を覆っていました」
「そんな方法で臭わなくなるの? へえ、勉強になったわ。私も試してみよおっと」
「人ではまずできないでしょう。精密な魔力操作が必要ですから」
ジスが訓練を行っている間、二人は暇そうに雑談をしていた。
こうして、ジスへの訓練は続いていく。
それが一週間程行われ、ジスの魔力流動の維持や全身への魔力の展開は相当なものへとなった。
ずっと傍で訓練の様子を見ていたリリアは、そろそろだと考えた。
実戦の段階であると。
「では、次は実戦を行いましょうか」
この日もいつも通りソファーに腰かけていたリリアは、そのように語りジスの前に立つ。
「ついに……」
フルパワー状態を維持していたジスには、身が引き締まるものがあった。
一撃で自らを倒して退けたあのリリアへ今一度立ち向かうのだから。
「えっ、なに実戦? 止めてよ、もう。リリア、もっと離れてやって。ソファー壊れるかもしれないじゃないの」
「そうですわね」
ソファーで寛ぐセシルから文句を言われ、もう少しソファーから距離を取った。
リリアとジスは、向かい合う形で立つ。
「では、ジス。今以上のフルパワーで全身に魔力を漲らせなさい」
「分かりました」
ジスは一気に魔力を全身に漲らせる。
訓練を行う以前とは段違いの性能を誇っていた。
流石はレベル17万もあることから、並みの者とは覇気が異なる。
「ようやく一人前というところでしょうか」
リリアは少し納得したように頷く。
「よく頑張りましたね、ジス。次は実戦ですよ」
ゆっくりと、リリアは構えの体勢へ移る。
「さあ、ジス。私の身体のどこでも構いません。殴りつけてみなさい」
「い、いいのですか?」
「貴方に、私を、心配できる程の、実力が、おありですか?」
あえて言い聞かせるように、言葉を区切りながらリリアは話した。
それで少し、ジスのうちに火がついた。
「分かりました、いきますよ」
同じくジスも構える。
それとほぼ同時に間髪入れず、リリアの左脇腹へボディブローを叩き込んだ。
リリアはノーガードだったため、渾身の一撃が決まっていた。
「………」
静かにリリアはしゃがみ込み、左膝を床につける。
ジスはリリアをダウンさせた自らの手を見やる。
手を握り締め、ジスは高揚感を感じていた。
「大丈夫ですか?」
そのせいか、若干リリアに声をかけるのが遅れた。
「……やればできるじゃないですか、腕を上げましたね」
「痛かったのですね?」
ジスもしゃがみ、リリアに肩を貸して立たせてあげた。
そして、リリアをソファーまで連れていき座らせる。
「今日はこれくらいにしましょうか。貴方だけでも訓練はできますね?」
「ええ、勿論です」
ジスは自信に満ちていた。
ノーガードだったとはいえ、あのリリアを一撃でノックアウトさせたのは強くなっている証拠だと。
「リリアさん、ありがとうございます。私はこれからさらに強くなれそうな気がします。今日は部屋に戻りますね」
「分かりましたわ」
頭を下げ、ジスは部屋に戻っていく。
「リリア、お腹大丈夫?」
隣に座っていたセシルが、ジスに殴られた部分を擦る。
怪我をしている部分にふれたがる傾向があった。
「いえ? 痛くも痒くもありませんでしたよ」
「本当なの? なんか殴られた時、小動物みたいに静かになったじゃん」
「あれはジスにとって必要なシーンとなったはず。この私に一撃を入れられただけで負けた己の姿を一度忘れなくてはならないからです。だとすれば、簡単です。私を一撃で倒せたと思わせてあげればいいのです。自らの手で掴み取った勝利でなければ、人に自信はつきません」
「そういうものなのかな?」
「私はそう考えておりますので」
「ねえ、リリア。それで、貴方の方は大丈夫なの?」
「私の身体は……」
「そうじゃなくて、コロシアムでジスと戦って負けるんでしょ? そうなれば負け方が問題になるじゃん。ジス、以前よりも強くなっているよ?」
「私は平気なのですが……」
ちょっとだけ、リリアはなにかを言い辛そうにしている。
「ジスは魔族ですから、きっと私を凄惨な手法で殺害しようとするでしょう。私はどんな姿になろうとも死にはしないので、ジスに手を出さないようにお願いしますよ?」
「それってさ、私に言っているの?」
「ええ。セシルさんとジスの仲が悪くなっても困りますから」
「だったら私、試合を見に行かないから。分かっていてもリリアが酷い目に合っているのを見たら無理だと思う」
「それが良いと思いますよ」
翌日からもリリアとジスの実戦訓練は続く。
即座に立ち回れるようになるまで、リリアは対応していたがジス自身が元々強かったことからこちらも一週間で終わる。
これで戦いの準備は終わり、コロシアムに申し込みをすることになった。
流石にバレないよう、ジス一人で申し込みへ行き、リリアとの試合までそれ以降コロシアムの簡易宿泊施設へ寝泊りし出した。
リリアもすぐに戦うわけにはいかないため、自らに挑んできた他の者たちを薙ぎ倒しながら時期を窺った。
取るに足らない弱者だろうと。
リリアという猛者と戦った実績が欲しいだけの相手だろうと。
リリアは一切手を抜かず正々堂々と戦って倒した。
そのせいか、リリアは弱者たちからヒール扱いされていた。