スロートでの修行
結局、ルミナスは自らの意思で去っていった。
ルミナスを追い払えたアーティたちはコロシアムへと戻る。
「よう、魔王は倒せたか?」
閑散としたコロシアムの外で暇そうにしているリュウが声をかける。
仲間の帰りを待っていたようだった。
「なんとも言えない結果になった、オレは相当に見込みが甘かった。井の中の蛙が勝手に強くなったと思い上がっていたんだ」
「ん? その言い草だと負けたのか、お前が?」
「負けたよ、いとも容易くな。オレは両手で剣を振って、魔王ルミナスは片手で剣を振るった一合目でオレはもう斬られていた。ノールがいなければオレたちは全滅していた」
「お前だけじゃ駄目だったのか? それになんだか、相当堪えているみたいだな。お前らしくもない。やっぱり、魔王って名は伊達じゃないんだな」
アーティとリュウが話していると、コロシアム内から綾香たちが出てくる。
「早かったのね。私たち、怪我が治ったから貴方たちを迎えに行こうとしていたの」
相変わらず笑顔で綾香が話す。
「それなら丁度良かった。一旦、スロートに戻ろうと思うんだ」
「どうして?」
不思議に思った綾香はアーティに尋ねた。
資金も手に入ったのだから、次は総世界での仕事になると綾香は考えていた。
「最初は他世界での仕事を行う前に資金と物資を整えてから、依頼を受けていこうと考えていた。だが、今回のルミナスとの戦いでその域にはまだ達していなかったんだ。井の中の蛙じゃ命がいくらあっても足りないしな。今後のために修業をして鍛練を積みたいんだ」
「そうなの、自分の欠点に気付けるなんて、アーティ君偉いわ。それじゃあ、スロートに帰りましょう。それはそうと、ルミナスって誰なの?」
「オレたちが戦った魔王。オレはルミナスに全く歯が立たなかった。ああいうのが格が違うというのだろうな。対抗する手段として竜人化も素早くできるようにしたいしな」
他の者たちにも話した結果、スロートで修行することとなった。
早速、アーティは空間転移を詠唱。
一瞬で見慣れた風景の広がる世界に移動した。
久しぶりにスロートの街へと戻ってきたのである。
「なんか、すっごい久しぶりって感じがするね」
久しぶりにスロートへ戻れて嬉しいのか、杏里は笑顔でノールに語りかける。
「はいはい、そうだね」
別にノールにはそういった感情はない。
特に杏里と話す気もなく、さらっと流す。
「久しぶりに戻ってきたんだ。各々、なにかしらしたいこともあるだろう。一旦、ここで解散しよう。あと、集合場所はスロート城だからな」
アーティが念のために集合場所を伝えると、半数がスロートの街へと消えていった。
アーティと一緒にこれからスロート城へ直行するのはテリー、リュウ、ノール、杏里の四人。
ひとまず、スロート城までやってくると以前はいなかった門番がいた。
「止まりなさい、ここから先に立ち入ってはいけません」
「ん? なんなの? クロノに会いたいんだけど」
率先して一番前を歩いていたアーティが対応する。
「以前までは誰でもクロノ様にお会いできた。でも、帝になられてからは職務を優先してなされているので、アポイントを取らなければならないんだ」
「そのさ、どうしてオレがクロノに会えないの? 救国の士、魔導剣士アーティが来たとさっさと伝えに行けよ」
「口を慎みなさい。クロノ様へ素性も分からぬ輩を会せるなどできない」
「お前の話など聞いていない」
魔導剣士という立場を示してもスルーされたのが気にくわなかったアーティは強行突破しようとする。
「駄目だと言っているだろう!」
アーティが無理やり城内へ侵入したため、周囲にいた数人の兵士が集まり身体を張ってアーティを止める。
それに対してもすたすた歩いているアーティに驚き、さらに兵士が集まり出していた。
「あいつは変なところで馬鹿だな。まあ、あれがあいつらしいんだけど」
一連の流れをテリーは白い目で見ていた。
「あの馬鹿のせいで余計に入りづらいからさ、別のルートで城に入ろう」
溜息を吐いてから、テリーが三人に話す。
「ボクは空を飛べるよ」
ノールが答える。
「ああ、オレも。竜人族だし」
「ボクも天使だから飛べるよ」
それに続き、リュウ、杏里も飛べると答えた。
「お前ら全員空を飛べるのか?」
「なら、ボクが一緒に飛んであげるよ」
「ノールが? 大丈夫か?」
「女の子なんだから軽いでしょ」
「へえ……お願いするよ」
お互いに相手を普通の女の子扱いしていた。
久しぶりに女の子扱いをされ、テリーは悪い気がしない。
兵士に止められているアーティを無視する形でノール、杏里、リュウは天使化もしくは竜人化し、羽を出現させてから空へと飛翔し、城内の中庭へと侵入した。
降り立った中庭から城の様子を確認していると侵入したノールたちに気付いた一人の男性が近寄る。
「久しぶりに見た顔だな。いつ帰ったんだ?」
「やあ、カイト」
ノールたちに声をかけたのは戦争で一緒に戦った傭兵のカイトだった。
「ノール、少し見ない間にたくましくなったな」
「色々とあったからね。ねえ、カイト。クロノは今どこにいるの?」
「クロノなら城の図書館で本を読んでいるはずだ。案内するか?」
「うん、お願い」
城の図書館に続く回廊をカイトは歩き出す。
数分間程歩いているとカイトが、ある部屋の前で止まった。
「着いたよ、ここが図書館だ」
「ありがとう。クロノを探してくるね」
「ああ」
別に仕事があるカイトは図書館前から離れていった。
ノールたちが図書館内に入ると沢山の本が彼らの目に映る。
ノールの背丈二つ分程の高い本棚、それが約一メートル間隔で何十列も並べられていたが、それらを全て敷き詰めるように蔵書が本棚の空間を埋めていた。
「フリースペースみたいな空間があるから、あそこにクロノさんがいるんじゃないかな?」
杏里が本棚の列の間にある広い空間を指差す。
「よし、見てきて」
その方向を指差し、ノールは笑顔で言う。
「ノールちゃんも来るの」
ノールの手を引きながら杏里は他の二人とフリースペースへと行く。
数十台程の木製の机が等間隔で並ぶその空間には、一際目立つ人物がいた。
その人物はかなりの書物を自らの座る机に置いている。
どうやら、それらを読破するつもりらしいが机に突っ伏したまま微動だにしない。
「あれ、クロノだろ。あんなに本を読む奴だったっけ?」
寝ている人物の肩をテリーが叩くと、反応してテリーの方を見た。
「なんだ、テリーか?」
寝ていたのは、やはりクロノだった。
寝ぼけながらも、ゆっくりと座っている椅子から立ち上がる。
「ん? なんでお前らがいるんだ?」
「ついさっき、帰って来たんだ」
「んはは、デカいことを言っていた割りにはもう帰ってきたのか。まだ十日も経っていないぞ? あの店だって次の借り手が見つかっていないくらいだ」
若干、クロノは鼻で笑っている。
全員でスロートを出ていったのを根に持っている様子。
「いや、帰ってきたのは結局駄目だったという話じゃない。異世界に行ってから、オレたちはこうして戻って来れた。この世界と異世界を行き来する能力を手に入れてきたんだ」
「ああ、そういえばそうか。それはなによりだ。で、なにしに来たんだ? 異世界での仕事やらはどうした? それともオレの愚痴でも聞きに来たのか?」
「ちょっと、オレたち以上に強い相手と出くわしてな。修行をしたいから城の宿舎とかを貸してもらいたい」
テリーの話を聞き、クロノは溜息を吐く。
「スロートに軍隊を作り、他国からの侵略に備える防衛の準備をしている最中で城の財政は切迫している。お前らが指導役として自ら名乗りをあげてくれるなら考えてやろう」
「いいぞ。ただし、物資はもらうからな」
「それなら良かった。持つべきものはやっぱり仲間だな」
クロノ的に良い方向に話が進み、ようやくクロノは頬笑む。
「なんだか、お前。疲れていないか?」
なんとなく、テリーは聞いた。
それが地雷となった。
「ステイとの戦争。どうしてあれ程に順次事が進んだか分かるか? 理由は簡単。互いの国の有力貴族が参戦しなかったからだ。スロートの貴族は過去の敗戦で、オレたちが命懸けで戦った戦争にはいくら死んでも加担する気がない。ステイの貴族は三剣士が王族をそそのかしていたから、勲功を獲ても三剣士に奪われるんだ。そりゃ、意外と早く決着もつくな」
「へえ、そうなんだ」
「なのに貴族の連中と来たら、戦争が終わった途端に平気な面で国の運営に関わりやがる。それでいてコネ、金、出世にしか興味がなく領民たちを見やしない。議会でオレが帝となる際には全力で足を引っ張りまくりだったんだぞ。そういう輩は大分罷免したけど、流石に金持ちな貴族や有力者階級は議会や軍隊職の要職に置かざるを得ないのが現状だ。こっちだって議会や国の運営収入は多ければ多い程にいい」
「なあ、この話はもう止そう。オレ、そんな話聞きたくないわ」
これ以上、テリーはもうクロノの愚痴を聞きたくない。
「あれ、アーティはいないのか?」
「ああ、あいつな。なんか知らんが城門辺りで足止めくらっているぞ?」
随分適当にリュウが語る。
自らもあの光景を目の当たりにしたはずなのに。
「あいつらしいな。仕方ない、迎えに行ってやるか」
クロノを先頭に、テリー、リュウが図書館を出ていく。
なんだかんだで、古参の四人は仲が良かった。
「ボクたちは行かないの?」
杏里がノールに尋ねた。
「別にいいんじゃないの? ボクは図書館で本が読みたいし」
読みたい本をノールは探し始めた。