新しい仲間たち 1
翌日、早朝からリリアによるジスの訓練が始まった。
リリアが教えるのは当然、ノール流。
武術指導書などを自分なりに読み解き、今まで我流で戦ってきたリリアが初めて直に教わった流派。
しかしながら、ノール流は魔力体のみが体得でき得る技術。
リリアも教える側に立って初めて気づいたが、本当に魔力体が人よりも非常に魔力の扱いに秀でているのだと強く実感した。
人は魔力体化できず、魔力が含まれない攻撃も躱さなければ直撃する。
人は魔力体化できず、肉体や骨格に縛られ、そこから得られるリーチのみしか己の技術を活かせない。
リリアが普段やっている周囲の魔力を吸収して、常時コンディションを整えるのも当然不可能。
「どうしましょうかねえ……」
リリアはリビングのソファーに腰かけ、一体どうすればジスが自らに勝てるようになるのかを考えていた。
ジスはというと、リリアの座るソファーから少し離れた位置で、目を閉じ仁王立ちし、精神統一をしている。
この日、ジスはリリアに魔力流動をとにかくできるだけ早く行えるようにしろとだけ言われていた。
こんな魔力流動の操作などは、能力者ならば誰でもできる簡単な行為。
身体のどの部分に魔力を多くまとえば攻撃や防御に活かせるかの言わば、戦いのいろはも同然。
レベルが17万もあるジスも当然でき得ている。
だが、それでは不十分。
リリアにただの一撃で負けたのはそれが原因なのだから。
「ジス、魔力流動の速度が落ちてきましたよ。しっかりしなさい」
「ええ、リリアさん……」
早朝に朝の支度や朝食を取ってから、ジスは数時間ずっと体内の魔力流動を操作している。
魔力流動は初歩中の初歩とはいっても長時間同じ姿勢で同じ行為をやり続けるのは辛く厳しい。
ジスは疲弊し汗だくになっていた。
「まさかもう体力の限界ですか? 魔力の限界が来るのがとても早いですね……ジスは強いといえば強いのですが、貴方には肝心要の基礎が全くできておりません。今は、シャワーでも浴びて休憩しなさい」
「分かりました……」
ふらふらしながら、ジスは浴室へと向かう。
「ねえ、ねえ」
リリアの隣に座っていたセシルが呼びかける。
「見た感じ、ジスは相当上手くやっていたと思うけど。あんなフルパワーで常時魔力を全身に維持し続けるのなんて私には無理よ」
セシルから見てもジスは相当の強者。
今は心身ともに弱っている状態とはいえ、長時間魔力流動をし続けていたのはやはりジスの能力が高いからこそ。
「私から見ればジスはようやく一歩目を踏み出しました。とりあえず、一週間程を目安に寝ても覚めても魔力流動をし続ければいいかもしれません」
「流石に無理よ……だって、ジスは人だもん。寝ている間は意識がないの。というか、眠る時間がないと死んじゃう」
「私は24時間魔力流動をし続けられますが? 現に今もしています」
「それはリリアが魔力体で、ノール流とかいうのを極めたからできるわけで」
「人の身でもいずれはできるはずです。とにかく期限は一週間。それからは私と打ち合いの実戦形式で強くなってもらいます」
「うん……」
セシルはジスを不憫に思った。
人の身で魔力体同様の行いをさせられるのがどれ程にキツいのかは先程のジスを見ていればよく分かる。
「リリアがさ、リリアの魔力をジスに供給しながらだともっと早くいい感じに仕上がるんじゃないかな? 今まであった魔力以上に魔力を活かせれば、それだけ能力向上が図れると思うの」
「そんな、補助をされて初めて成り立つ男子がいて堪りますか」
「でも、リリアも能力向上に繋がるはずよ? だって、自分自身の魔力流動を行いながら、ジスへと魔力の供給をすれば循環と消費の二通りを同時に行えるし」
「それはもうノール流で私も行いました。攻撃、防御、回避、回復を四方同時に行えねばならない相手が私を指導していましたので。ですが、私はいきなり求め過ぎなのかもしれませんね。今はその通りにジスへ手心を加えて差し上げましょう……ん?」
リリアはなにかを感じ取る。
「どうしたの?」
「電話ですよ」
そう答えると、リリアは手を握り、開くと手のひらにスマホが現れていた。
「相変わらず手品みたいね」
「身体の空間に収納しておりますので、そう見えるかもしれませんね」
リリアは電話に出る。
相手は春川杏里だった。
番号を教えていなかったが、コロシアムへ参加する際に記載した個人情報から番号を確認していたらしい。
電話で数分間話をし、リリアは電話を切った。
「ねえ、なにを話していたの?」
「リバースの他の方たちに私を紹介したいらしいので、ちょっと出かけてきます」
「ジスはどうするの?」
「セシルさんの話す通りなら、ジスは一度睡眠を取るといいかもしれません。ジスの湯浴みが済みましたら、自室へ戻るように促してください」
「それなら任せて」
さっさとジスに部屋へ戻ってほしいセシルには赤子の手をひねるくらい簡単過ぎる話。
その後、リリアはR・ノールの屋敷の自室へ繋がる空間転移のゲートを通り、R・ノールの屋敷へ向かう。
屋敷の自室へ現れたリリアは次に屋敷の廊下へと出た。
「あっ、リリア」
自室入口の扉を開いたリリアに気づいた人物がいた。
隣の部屋に住んでいるセフィーラだった。
セフィーラはリリアが来るのを待っていたようで、スマホをいじりながら廊下の壁に背をつけていた。
「セフィーラさん、どうしたのですか?」
「杏里さんから連絡があってね、リリアが来るのを待っていたの……あれ、誰か来たかな?」
二人が話していると、屋敷のエントランスから誰かが入ってきた。
それは、橘綾香とルインの二人だった。
「あら?」
綾香は階段を上る前に、リリアとセフィーラが会話しているのに気づいた。
「リリアちゃんじゃないの!」
とても急いで綾香はリリアの前まで来た。
「どこに行っていたの、貴方を待っていたのよ」
「私をですか?」
「ええ、リリアちゃんをよ。本当なら十日前くらいにリリアちゃんは桜沢一族派へ正式加入されていたの。リバースの皆との会合が終われば、すぐにでも会見を開くから今日はなにか予定があっても私と一緒に行動していてね」
「ですが、私は……」
そっと、何者かがリリアの両肩に手を置く。
「今は綾香の話す通りにしていてほしいの」
リリアの背後には、ルインの姿があった。
確かに先程まで綾香の傍にいたルインが、目を一度も逸らしてもいないのに自らの背後にいる。
リリアは心底ぞっとしていた。
自らと能力の桁が違い過ぎる。
「さあ、リリアちゃん。この屋敷は初めてでしょう? 私が案内してあげる。ああ、そうそう、十日間分のお給金はちゃんとお支払いさせてもらうから安心してね」
にこやかな笑顔で綾香はリリアの手を取り、どこかへ連れていこうとする。
「あのさ、綾香さん。リリアは……」
「桜沢一族派となったリリアちゃんが羨ましくなったの? 一緒にジーニアス君も桜沢一族派になってくれると私は嬉しいわ」
「いや、そんなこと一言も言っていないし。リリア、ひとまず綾香さんと一緒に行動して。すぐに解放されるから」
「解放だなんて、そんな大袈裟過ぎよ。会見を一緒にするだけだから別に色々と連れ回すわけではないわ」
二人の示すニュアンスは異なるが、リリアは綾香が連れていこうとする先に向かうことにする。
「さあ、こちらへどうぞ」
綾香はリリアを急かさないようになるべくゆっくり歩き、階段まで連れていく。
それに続いて、ルイン、セフィーラも歩いていく。
屋敷の二階まで上がると、綾香は気づくことがあった。
「あら?」
「どうしたの、綾香」
綾香が立ち止まったので、ルインが尋ねる。
「今日はリリアちゃんがいるのに案内板がないのよね。初めて訪れた人のためにいつもなら階段の近くに置いているのに。きっと、シス……ノールちゃんが忘れちゃったのね」
「そういえば、そうね」
ルインもなんとなく頷く。
さり気なく言い間違えていたが、ルインはなにも気にしていない。
二人とも本物のノールがいなくなっているのには以前から普通に気づいている。
気づいているが、他の者に情報共有を一切していない。
その後、四人は三階のノールの部屋まで行き、室内へと入った。