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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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セカンドチャンス

「そういえば、店員はどちらに?」


ようやくリリアは通常ならば最初に気づくことを考える。


気に入ったドレスを自らの最も好きな色である紫色で仕立ててほしいとのお願いをしようとしたところで。


先程までは商品ばかりに目を通していたが、次は店員を探すため見渡したが自分以外には誰もいない。


「いませんね……」


なんなんだこの店?と思いつつも仕方なくリリアは店を出ていく。


出ていこうとした時、なにかが遠くの方にいるのを目の端で見た。


別の階層へ行くための階段に一人の浮浪者がいた。


ボロボロの服装で痩せ細り、立ち上がる気力もなく項垂れ、その場に座って動かない男。


なにか、この男にリリアは見覚えがあった。


「まさか……ジスでは?」


リリアの脳裏に、とある言葉が過る。


「そこがどんな場所か、参加してみた者にしか分からないだろう。勝ち筋も見えず、飯もろくに食えなくなり、地の底を這いずり回って、そして死ぬんだ。並みの者なら一月と持たない。この世の地獄だ」


そう、スクイードがリリアに語っていた。


だからといって、ジスはスクイードよりも数段上の実力者。


こんな人気のない場所で浮浪者をする程までに落ちぶれるような男では決してないはず。


なにか言いようのない気持ちになったリリアはジスへと近づく。


ジスが腰かける階段まで近づいてもジスは全くリリアに気づかない。


他のなにかに反応する気力もない様子。


「ジス」


ジスへと呼びかける。


声をかけられ、初めてジスは正面にいるリリアにゆっくりと視線を移した。


「リリア……?」


そこでようやくジスは言葉を発した。


ゆっくりと立ち上がり、覚束ない足取りでリリアに迫るとリリアの両肩に手を置く。


「リリア……殺してやる……」


強い殺意がにじむ言葉を口にする。


しかし、ジスはリリアの両肩に軽く手を乗せたまま、ただ泣くだけでなにもしない。


今の自分では決して勝てないと端から分かり切っていた。


「一体なにがあったのですか? 貴方がこれ程までに落ちぶれる理由が分かりません」


「お前のせいで家族を失った……お前のせいで地位も名誉も失い魔界へ帰れなくなった……オレにはもうなにもない。全くなにもないんだ」


リリアの両肩から手を離し、その場にしゃがみ込むと、両手を顔に当てて泣き続ける。


以前のジスはもう見る影もない。


痩せ衰え、気力も覇気もなく浮浪者同然となっている姿に、リリアは非常に物悲しさを感じた。


ジスはレベルが17万もある。


それだけでも今までにどれ程の艱難辛苦があったかが、自らも強くなれたからこそ痛い程に分かる。


この男は、このような場所で終われる男ではない。


無様な男にそう感じたリリアはジスへ手を差し伸べる。


「ジス、私とともに来なさい」


「どこへ……?」


「私のマンションです」


「……リリア、私の最後の願いを聞いてくれ」


「聞くはずがないじゃないですか」


なにを語ろうとしているのか、リリアには分かっていた。


相当の憎しみを抱いている相手に死への救済を頼まざるを得ないのだと。


一向に手を掴もうとしないジスの腕を逆にリリアから掴む。


「空間転移発動」


リリアが空間転移を発動する。


周囲の景色は変わっていき、自宅のリビングへと現れた。


「さあ、まずはお風呂へ入りなさい。今の貴方は臭います。綺麗になりなさい」


「リリア……私は……」


「ぶっ飛ばされたいのですか? 臭い殿方は大嫌いです、早くしなさい」


「ああ……」


「それとこれを」


白いバスローブを手渡す。


当然、リリアの所有物のため女性用。


「サイズは合わないでしょうが、生憎この家には男性用の品はありません。今から適当な服を買ってきますので間に合わなければ、これを着ていなさい。それと今着ている服は処分するように。分かりましたね?」


「ああ、ありがとう」


再び、ジスは泣き出す。


「今はとにかくお風呂へ入りなさい」


リリアは水回り関係の部屋の扉を開きに行き、さっさとジスが入るようにと促す。


言われるがまま、ジスは浴室へ入っていった。


「よし、それでは……」


早速リリアは空間転移を発動する。


行き先は、R・ノールコロシアム内の商業地区ではなく、魔導剣士修練場がある世界。


そこで、リリアは初めてたった一人で異性の服を探す。


マネキンを眺めつつ、こんなのを男性は着ているのかと思いながら選んでいた。


帰って来たリリアは男性用の下着やスウェットの上下セットを脱衣所のかごへ入れて置いた。


それから十数分後、ジスは上下スウェットを着て浴室から出てきた。


「リリア“さん”、済まない。私が汚いばかりにお風呂を汚してしまった。綺麗に洗ったつもりだが、汚ければ何度でも洗おう」


リビングのソファーに腰かけていたリリアに呼びかける。


「いいえ、構いませんよ。それよりもご飯を食べましょう」


ソファーの前にあるテーブルに二つのコンビニ弁当とペットボトルのお茶が乗っていた。


「リリアさん、それは……」


「一つは貴方の分です、食べましょう」


「ありがとう……」


急いでジスはテーブルの前まで来ると床に座る。


ジスは一心不乱に弁当を食べていた。


久しぶりのまともな食事に一度も休むことなく食べきっていた。


「一息つけましたか?」


若干引いた感じのリリアは自分用の弁当をジスの方へと差し出す。


ジスはそれもわずかな時間で食べ終えた。


「落ち着きましたか?」


「リリアさん」


ジスは急いでリリアの傍まで行き、頭を床につける程にひれ伏す。


「この御恩は一生忘れません、この命をどうか貴方のために使わせてください」


「そんな大げさに捉えなくても。一体、この数日間の間になにがあったのですか?」


問いかけにジスは顔を上げる。


「リリアさんは覚えていますか? あの日、私たちの試合が賭けの対象になっていたのを」


「ええ、勿論です。私が50倍、ジスが1倍でしたね。しかし、結果は私が勝利を収めました」


「それが……悪夢の始まりでした。私へ賭けていた者が多くいたのです。お金を持っている者たちは自らがどれ程の金持ちかを他に見せつけ、虚栄心を満たそうとします。私が1倍という通常ならば賭けるだけ無駄な賭け事に投資をしているのはそのためです」


「どうしてそんなことを。無駄な上にみっともない」


「ただ、中途半端にお金を持っていた彼らは非常に危険な者たちです。お金を使い、損をさせた者へ仕返しをします。私はそれでなにもかにもが駄目になってしまいました」


「そういう輩は私のところへは来ませんでしたね」


「リリアさんはリバース副統領であり、コロシアムランキング二位の杏里さんと知り合いだったからでしょう。リリアさんに手を出せば、なにがどうなるか手に取るように分かる」


「私と杏里さんが知り合いだったから?」


リリアと杏里は知り合いと呼ばれる程の間柄ではない。


「コロシアムのロビーで杏里さんが出迎え、リリアさんにおかえりと。そのような話を私も以前聞いたことがあります。圧倒的強者が身近に存在する場合、事前にその者の交友関係を知ることはこれ以上ないくらいに重要なものとなります」


「そうですか……」


リリアは静かに腕を組む。


なにかをリリアは思いついていた。


大概こういったタイミングでリリアが思いつく発想は悪意に満ちた内容。


「なぜ、リリアさんは私を救って下さったのですか?」


「あまりにも落ちぶれる様が惨めでしたので。一度戦ったこの私には、ジスが強者だと分かります。ジスはこのような場所で終わる男でもないとも。時間はかかるでしょうが、ランキング100位以内に戻して差し上げましょう」


「私を……ですか……」


再び、ジスは顔を両手で覆い泣き出す。


それからジスは自らに降りかかった悲劇を切々と語り始める。


魔界の邪神ルミナスが自分を守ってくれなかったこと。


それどころか、ルミナスが自分で賭けた大金の全てをジスの負債としていた。


ルミナスの裏切りにより、ジスの家族も泣く泣くジスを切り捨て、魔界に居場所がなくなってしまった。


重い負債、信じていた者たちの裏切りと精神的なダメ―ジがある中、医務室にいたジスはルミナスと同じく賭けに負けた観客の暴徒らの手により、袋叩きにあった。


誰が敵で誰が味方か分からなくなったジスは、コロシアムの浮浪者として人気のない場所を彷徨い歩いていた。


本当に酷い目に遭っていたんだなと、リリアはジスを不憫に思えた。

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