過去の戦争 2
「第二次広域総世界戦は、とても短い戦争なんだ。要した時間は、たったの四時間で犠牲者は数百人」
一息吐いたセフィーラが再び話し出す。
「勝者はノールさんと十数万体程の魔力体。敗者は総世界政府クロノス、桜沢グループ、聖帝派とか総世界政府に関わる組織と、ノールさんを批判していた団体の連中。勝利後にノールさんが要求したのは、たった一つ。魔力体を侮辱するな、だけ。R一族に対してを一言も語らない辺りに僕はノールさんの怖さを感じた」
「うわー……」
ノールの行為に、セシルはドン引き。
半笑いでリリアにアイコンタクトをしている。
そういうヤバい奴に近寄るのは止めた方がいいと。
「十数万体程の魔力体とは凄いですわ……ノールさんにはそれだけの私兵がいたのですか」
リリアはノールを悪く思ってなどいない。
それどころか、リリアはそれだけの魔力体を味方にさせたノールをより信頼できた気がした。
「十数万体程の魔力体たちは、ノールさんの周囲に自ら勝手に集まっていただけでノールさんの行動に呼応して集まったわけじゃないんだ。あれだけ多くの組織に宣戦布告をしたのだから、ノールさんを討伐しようという機運が当然高まるから、ノールさんを守るためだね」
「守ると言いましても、その……」
「分かるよ、守られるような存在じゃないもんね。でも理解しやすいように一度、人側の枠組みで考えてほしい。ノールさんは魔力を周囲に自然と供給している魔力邂逅なんだ。これを人で例えるなら、つまり魔力は水・食料・資源に匹敵する。それを奪い取ろうとする者たちから守ろうとしていたの」
「なるほど」
リリアは真剣に話を聞いている。
「短時間で戦争が終結に至った理由は、この魔力体の数を目の当たりにしたからだ。開戦からわずか数時間で即席の大軍隊が作り上げられてしまってはどんな者でも勝てない。一刻も早く早期に敗北を認めなくてはさらに倍々ゲームで増えていくのも手に取るように分かる。だから僕たちは彼らのもとへ向かう決死隊を募ることにした」
「もしや、詳しく知っている理由はセフィーラさんも決死隊としてその場へ出向いたからですか?」
「そう、僕も決死隊の中の一人。戦争を引き起こした張本人を本当にどうすれば説得できるかで頭が一杯だったよ。でも拍子抜けさ。黒塗りの屋敷から数キロ離れた平原にいた彼らに会いに行ってみれば、誰一人かかって来ない上に集団の中央辺りでノールさんに会えたら、ノールさんは関係各所に宣戦布告していたのを覚えていなかった」
「ノールさんは嘘をついていますね」
「リリア、よく分かったね。だからこその四時間なんだよ」
「なにが嘘なの?」
リリアは気づいたようだが、話半分で聞いているセシルはよく分かっていない。
最初にノールがヤバい奴だと分かれば、あとはセシルにとってどうでもいい。
「関係各所へ宣戦布告をした本当の理由は、その関係各所で活動している魔力体たちを引き抜くためなんだ。どの組織からも魔力体の離反者が続出し、早急にこの戦争を終わらせないとパワーバランスがさらに崩壊し大変なことになるのは皆が感じていた。僕たちはここでようやく気づいたんだ、魔力邂逅という存在が魔力体たちの中で一体どれだけ絶大な支持を得ている存在なのかを」
「それ程の存在なのだとしたら、宣戦布告なんかしないで最初から号令でも出して呼びかけでもしたら良かったんじゃないの、ノールは?」
「平時であれば、ノールさんが魔力体たちにいくら呼びかけても少人数しか来ないと思う。一体で衣食住ができる一体一国主義の魔力体たちは自らの興味がある暇潰しにしか用はないし。ノールさんは最初からきっかけが欲しかっただけ。たった一人で戦争を引き起こし、分の悪さを関係各所へ見せつけ、大量の魔力体たちを引き寄せた。これが本当の目的だったから勝利して要求したものも特にない」
結構喋っていたセフィーラは、再び飲みものを飲む。
「長く話し過ぎちゃったね、この話はこれくらいにして……」
「あの……そこへ集まった魔力体たちの中で国を造ろうとしていた者たちはおりますか?」
「リリア、よく分かったね。流石は、R・クァール・コミューンの魔力体だよ。魔力体たちはR・ノールコロシアムに残る者と、R・クァールの支配地域へ国を造るために向かう者たちに分かれたの。リリアの祖国、エアルドフ王国もその時に建国されたのかもしれないね」
「やはり、そうでしたか……」
ノールの話していたことは事実だったのだと、リリアは受け止めるしかなかった。
「そういえば、リリア。次はいつ戦うの?」
「気が向いた時に……いえ、その前に杏里さんに聞いてみたいと思います」
「杏里さんに試合の相手を選ばれるよりも自分で戦いたい相手を選んだ方がいいんじゃないの? コロシアムへ行って確認してきたら?」
「それもそうですね」
「ああ、そうそう。コロシアムに行ったら、もしかしたら面白いものを見られるかもしれないよ」
「面白いもの、とは?」
「ちゃんと、リリアが止めを刺してあげるんだ。分かったね? じゃあ、僕は部屋に戻るよ。また会おうね」
親しげに頬笑んで立ち上がり、セフィーラは空間転移のゲートへ歩いていく。
リリアに行動を起こさせようと、あえて話を終わらせて帰っていったのが分かる。
「面白いもの、ってなにかしら? やっぱり、出店かな?」
テーブルにあるお菓子を食べながら、適当にセシルは話している。
「いえ、出店ではないでしょう。元々あれだけのお店があるのですから。ただ、なにか嫌な予感がします」
「じゃあ、劇団ねえ。見るなら喜劇よりも悲劇がいいなあ。どんなに頑張っても頑張っても不幸になっていく様を見るのが私は好きなの。見に行ってもいいけど、私はショッピングを楽しむわ」
「そうですか、一度コロシアムへ行ってきます」
リリアは全くセシルの話を聞いていない。
「今日は行きたいところが色々あるから、五時頃帰ってくるからね。冷蔵庫にお弁当が入っているから、外食しない時はそれを食べて」
「ええ」
ソファーから立ち上がり、リリアは空間転移を発動する。
室内の風景は一瞬で変わる。
R・ノールコロシアムのロビーへリリアは立っていた。
この日も相変わらずこれでもかという人の多さで、コロシアム内はごった返している。
「リリアだ! リリア!」
着いた途端に周囲の何者かが、大声でリリアの名を呼ぶ。
「ん?」
その声がした方へ、リリアは顔を向けた。
一人どころの話ではなく沢山の人々が、全力でリリアに向けて走り出しているのを目で捉えた。
即座にその観客たちはリリアの周囲へと殺到し出した。
「ふんっ!」
瞬時に両足へ魔力を込め、もみくちゃにされる前に跳躍し、十メートル程離れた場所へ着地する。
その後は人がなるべく少ない場所へ向かって走り出した。
「これは驚きですね、私への名声がこれ程までに高まっているとは全く思い当たりませんでした。毎回あのようでは流石に問題ですわ」
ひとまず、リリアは人気の少ない場所まで来た。
そこは、コロシアム内にある主に魔力体が経営する販売エリア。
コロシアム内の商業施設は言わば一等地なのにもかかわらず、様々な店が立ち並ぶがどの店も閑散としている。
「ここは落ち着いていて、とても良いところですね。なにかあれば、ここにまた来ましょう」
なんとなくリリアはこのエリアが気に入り、この辺りの散策を始めた。
その中でも一際豪華なドレスなどの女性の服を取り扱っている店へと入り、好きだと思えるドレスを探す。
それから一時間程の時が経過した。