過去の戦争 1
「ここが僕の部屋」
セフィーラはエントランス隣の部屋の扉前に立つ。
「では、私は……」
リリアはその隣の部屋に視線を移す。
扉の前に立ち、リリアは室内に入った。
先程面接をした部屋とほとんど同じ家具家財が置かれ、室内の造りも変わりない。
キッチンの傍には扉があり、そこを開くと広めの寝室。
その隣には水回り関連の部屋があった。
「やはり、マンションの方が広いですね。とりあえず、この寝室の部屋を空間転移でマンションと繋いでおきましょう」
リリアは空間転移を発動する。
目の前に空間転移のゲートが現れ、マンションのLDKの部屋と繋がった。
「あれ、リリア? そこどこなの?」
いつもの定位置にしているソファーに座り、コーヒーを飲んでいたセシルがリリアの方を見ている。
「こちらは、R・ノールさんの屋敷の一室です。セシルさん、私はリバースに所属することになり、この部屋を頂きました」
「リリア、本当にリバースに所属できたの……?」
なぜか、セシルの顔が強張る。
セシルの目線の先が気になり、リリアは振り返った。
「入口の扉が開けっ放しだったよ」
セフィーラが室内に入ってきていた。
「その女、リリアに酷いことした女じゃないの!」
セシルの口調は刺々しく、怒っているのが読み取れる。
「ええ、存じております。そして、できれば二度と口にしないでください。私は戦いを挑み、手酷くやられました。全ては私の弱さであり、私の恥です」
「う、うん……」
武人としてのリリアの立場と。
あくまで被害者としての立場のセシルでは認識に差異がある。
今のセシルの口振りでは、リリアには弱過ぎたから酷いことをされたという侮辱にしか聞こえない。
「なんか邪魔した感じ?」
「いいえ、些細なことです」
「そう? それならいいの。これから僕たちは仲間だ。できれば親睦を深めたいの。二人は今、時間ある?」
「えっ、私も?」
「セシルも。リリアの味方なら君の立場はリバースの協力者とも言える」
「う、ううん……」
セシルが明らかに嫌がっているのが見て取れた。
それから三人は、身の上話をしたりして親睦を深めていった。
LDKの部屋でテーブル傍に置かれたソファーに腰かけ、リリアたちは話している。
テーブルの上には、事前に買っておいたお菓子や飲みものが置かれている。
「へえ、そういうことがあったの」
軽く頷きながら、セフィーラは語る。
セフィーラは今までリリア、セシルの身に起きた出来事を聞かされていた。
「R・ノールコロシアムへの参戦は、お金や名声、権力のためじゃなくて、たった一人の男に打ち勝つためか」
「ええ、私はそのために戦い続けています」
「じゃあさ、リバースに加入したわけだし、この僕が手を貸してあげるよ」
「いいえ、必要ありません」
「はあ? どうして?」
「セフィーラさんは、この私にも負けたからです」
「あれで負けたからと言われてもね……」
失礼な言い方にセフィーラはリリアの身体を操作していたノールに負けたのだとうっかり伝えそうになった。
「なにか?」
「あの試合は僕がリリアを上位組織に逆らう下位組織の女だと怒り、リリアの能力を把握さえしない程に軽んじていたから、たまたま魔力奪取を成功できたんだ。そういったものを抜いて、僕が他の参加者と同じく事前にリリアがどのように動くかを把握して挑む相手だったらどうするつもりだったの?」
「もし、セフィーラさんが全力を出し切って勝てる相手はランキング順位でどの程度までですか?」
「三十位……あっ」
若干イラッとしてしまったせいで、セフィーラは普通に本当の実力を話してしまう。
「三十位?」
リリアには三十位の数値に聞き覚えがあった。
R・ノールコロシアムランキング二位の実力者。
あの春川杏里が、リリアのランキングが三十位になったら戦うと話していた。
シスイはリリアがセフィーラに負けると考えていたが、杏里は初めからリリアが勝てると思っていたらしい。
「そうだよ、僕の本当のランクは三十位」
「でしたら、なぜ今のランキングに位置しているのですか?」
「わざわざ僕が七十位にいるのは至極簡単なことだよ、エンターテイメントのためさ。あの歩合制傭兵部隊リバースの者にさえ勝てるヒーローが多くなればなる程にコロシアムの利益が増えてゆく。だって、新たなヒーローの商品を自由に展開できるんだから。勿論、リリアのグッズも今後増えるよ」
「グッズとは?」
「グッズ? そりゃあTシャツとかの衣類とか、タオル、フィギュア、コップ、飲食物に自伝……」
思い出しながら、セフィーラは指折り数える。
普通にまだまだありそうなのが見て取れる。
「そういう、なんなのですかね。嫌な予感がするので止めてもらいたいのですが」
「ああ、自伝は別にゴーストライター使うから安心していいよ?」
「そういうことではないのですが」
「グッズ展開を止めてほしいというのは絶対に駄目。こういうのはもうコロシアムに参加した初回の登録時点で決まっているから。リリアだって登録時には説明を聞いているでしょ? コロシアムにとっては、参加者の一人一人が金儲けのコンテンツなんだよ。人気が出れば商品価値がある」
「私は登録時にそのようなことを一切聞いていません」
「それってどういう……もしかして、受付の担当者は水人の魔力体だった?」
「ええ」
「ああ、やっぱり。あの水人は金銭に関して無頓着過ぎて説明をスルーする傾向があるの。普通なら一気にランキング順位が上がるはずがないから他の係員から知らされるんだけど、そういった流れならマンションとかの特典についても当然知らなかったよね」
「その通りですね」
「やっぱりねえ、悪い魔力体ではないんだけど。とりあえず話の続きだけど、リリアの商品がどんなに人気が出てもキャッシュバックは二割までね、これは譲れない」
「ねえ、ちょっと」
リリアがなにか言いそうになっていたタイミングに、横やりを入れる感じでセシルが話し出す。
セシルにとって、まず二割という数値が魅力的だった。
働きもせず自らの懐へ勝手にタダで金が入るとは、最高としか言いようがない。
リリアからの視線が痛かったが、スルーさせた。
「このコロシアムの街で生活し出してから気づいたのだけど、魔力体が多過ぎない?」
魔力体の話題で聞きたかったことをセシルが尋ねる。
「魔力体たちが多いのは当然だよ、このコロシアムを造ったのは誰だと思っているんだい? この時点で理由が二つは分かったと思うけど、セシルには分かるかな?」
「言い方的に一つはコロシアムのためでしょ。で、もう一つは話の流れからしてノールが魔力体たちのためって言いたいのね」
「大体そういうこと。話は変わるけど、第二次広域総世界戦についてをセシルは知っているかな?」
「全然? リリアは知っている?」
全く聞き覚えのない言葉にセシルはリリアに話を振る。
「いえ、聞いたことがありません」
「それなら教えるよ。今から十数年前の話。その時は第一次広域総世界戦から数年が経過した程度で、まだR一族への批判や抗議の声は大きかった。なぜノールさんが総世界政府クロノスにいるのかなどの詳細を知らずに批判や抗議をしている人が多かったの」
「もしかしてこれってさ、話長くなりそう?」
こういった話に興味がないセシルはさっそく話の腰を折る。
「セシルさん、静かにしていてもらえますか?」
「うん」
リリアに怒られ、セシルは静かにしている。
「話を続けるよ? 総世界政府の一員として、そして総世界政府の中枢を担う七強の一人として活動していたノールさんは行く先々で批判や抗議、一族への罵倒を一身に受けていた。でもね、そんなに毎回毎回罵倒が飛び交う状況になると思う? これはノールさんをその座から引きずり下ろそうと企む傭兵集団の連中が仕かけた作戦だったんだ」
「つまりは、ノールさんと傭兵集団の戦争なんですね?」
「あっ」
リリアの言葉に、なにかを感づいたのか、セフィーラは声を漏らす。
「リリアは魔力体優位主義者ではないの?」
「なんですか、それは?」
「自らの種族こそが総世界で最も優良優秀な種族だとなにが起ころうと決してその信念が揺るがない人たちのこと。ノールさんが正にそれ。僕だってエルフ族こそが総世界で一番とは思っているけど、ノールさん程じゃないよ」
「私はそのような考えを持ったことがありません」
リリアは過去に記憶を失ってから自らを人だと誤認して生きていた。
そういった経緯から自らを魔力体だと認識した今となっても魔力体優位主義の発想がない。
「いいかい、そういう主義思想は人生において余計なノイズだ。リリアは今後も考えない方がいい。一歩間違えれば、ノールさんみたいになる可能性がある」
テーブルの上にある飲料を飲んで、セフィーラは一息つく。