一石二鳥
セシルの空間転移により、やっとの思いでリリアは高層マンションの自宅へ帰ってきた。
「リリア、家に着いたわ。もう大丈夫よ」
自らに体重全てをかけ、ようやく歩けていたリリアに気遣いの言葉をかける。
「………」
リリアはなにも答えない。
痛みに耐えられず、声も出せないくらいに憔悴しきっている。
セシルは寝室のベッドまでリリアを運び、横たわらせた。
毛布に包まり、目を閉じて静かに横たわるリリアの姿にセシルは若干安心した。
だが、数分後にはリリアは身体を丸める。
「リリア?」
様子がおかしいとセシルが気づく。
「うっ……うっ……」
頭の痛みが激しくリリアは泣き出していた。
「リリア……」
事の重大さをセシルは認識する。
いつもどこか強気なリリアが泣いているのを見たセシルは、これは只事ではないと悟る。
「ど、どうしよう。痛いの? リリア」
リリアが苦痛に悶えているのだから、セシルもリリアが痛がっているのは分かり切っている。
苦しむリリアの姿に動揺し、セシルは聞かなくてもいいことを聞いていた。
「痛い……です。私はもう……駄目かもしれません。お父様に……」
そこからなにかをリリアが譫言のように語っていたが、なにを話しているのかセシルには聞き取れなかった。
どうしようと思う気持ちが高まり、本当になにかをしなくてはとセシルは考えた。
考えれば考える程に気持ちは焦り、胸が絞めつけられ心臓が痛み出す。
「あっ、そ、そうだ」
無い知恵を絞り、なんとか捻り出した。
それは元娼婦のセシルらしい考え。
今から一緒に行為をすれば、それで痛みを改善できるのではないか?という非常に浅ましい発想だった。
「リリア、待っていてね。今すぐにシェラに来てもらうから!」
シェラの名を出し、セシルは早速スマホで連絡を取る。
シェラとは褐色肌で二つの角を頭部に生やし、背中にも小さな悪魔の羽がつき、黒く細い尻尾がついている小悪魔風の男性。
胸元が隠れる程度のバンドのような服を着用し、丈の短いレザーのホットパンツを履き、非常に露出が激しい服を着ている。
なにかを数分程話すと、スマホをしまい、セシルはリリアが横たわるベッドに座った。
「あともう少しの辛抱よ、きっと大丈夫だから」
「大丈夫……?」
その言葉を聞き、少しだけリリアは安心した気持ちに……
なりそうだった。
その後でセシルが毛布をむしり取り、ベッドに横たわるリリアを起こそうとさえしなければ。
「な、なにを?」
「毛布と服は必要がないから脱がないと」
全く意味が分からなかったが、リリアは大丈夫だという言葉にすがりつく。
されるがままセシルにドレスを脱がされ、先程とは異なり裸でベッドに横たわる。
「それじゃあ、私はシェラを迎えに行くね」
このマンション内へは所有者しか空間転移ができないため、セシルは空間転移を発動して、シェラを迎えに行く。
これから知らない誰かが来るのにもかかわらず、リリアはベッドに丸まって裸のまま横たわっている。
羞恥など二の次、三の次に陥る程の痛みが断続的に続く。
ひとまず、今は待つこと。
ただそれだけに、リリアはわずかばかりの安心を得ていた。
「リリア、連れてきたよ!」
忙しく寝室の扉をセシルが開く。
空間転移でシェラを連れてきた様子。
「リリアの状態ってどんな感じ……」
そこまで話しながら寝室に入ってきたシェラが押し黙る。
痛みに悶え苦しむ裸のリリアに状況の異質さを感じていた。
「お前、さてはヤバい薬盛ったろ?」
半笑いでシェラがセシルに率直に聞く。
「全然違う。リリアは今とっても大変な状態なの。貴方の力でリリアを救ってほしいの」
「その、僕たちインキュバスは悪質な行為を行うための道具だと思い込むのは止めてほしいかな。やりたい放題している淫魔だと思いたいのなら、どうぞご勝手に。それには文句はない。でも、僕には立場がある。僕は魔界の魔王階級者だし、総世界政府クロノスにも籍を置いている。露骨な犯罪には加担できない」
「私の言葉が信じられないのなら……リリアにも聞いてほしいの。お願いよ」
「カウンセリングなら任せて。僕、とっても得意」
全くセシルを信じていないので、早速シェラはリリアの傍らへ行く。
「そういえば、リリアは炎人の魔力体だったな……全然怪我もしていないみたいなのに、なぜか頭に痛みを感じている? それって僕を頼る理由がなくない? お仲間の魔力体にでも聞けばいいじゃん」
セシルよりも頭が良いシェラは当然気づくべき内容を思考する。
「久しぶりだね、リリア。以前よりも元気そうでなにより」
「今この……状況でなければ……」
なにかをリリアは譫言のように話す。
シェラにとっては何気ない冗談でも、リリアにとっては非常に腹立たしい一言。
「リリア、君は本当にセシルと一つになりたいの?」
「………?」
なに言ってんだこいつ?という雰囲気のリリア。
「分かっていると思うけど、リリアは処女。そういう内容も分からないから」
セシルがフォローを入れる。
「本質的な魔力体でありながら、人の世界に生きるタイプの魔力体ね」
「随分詳しいのね」
「他種族同士でも行為をし、子供を宿したいとお願いされたのは今回が初めてではないから。魔力体はこれで三度目。最初は性知識が欠片もなくて不自然さを感じたけど、魔力体について勉強したらよく分かった。実態が本当に魔力の塊なんじゃ、それは無理がある」
「あの……早く私を……」
いつまでも話している二人にリリアが口を挟む。
「仕方ないか」
シェラはベッドに丸まっているリリアのおへそ辺りに手を置く。
当然のようにシェラにふれられ驚いたのか、リリアの身体が一瞬ぴくっと反応した。
数秒程そのままでいたが、リリアは抵抗をしない。
シェラが手を離すと、リリアは普通に起き上がった。
「あの、今のは一体」
「淫術だよ、お腹を見てみな」
一度、リリアは下腹部に目を落とす。
おへその下辺りになにかの紋章が浮かび上がっていた。
「リリア、頭は痛い?」
心配そうにセシルが聞く。
「まだ痛みはあります。ですが、この程度でしたら耐えられます」
激痛は続いている。
しかし、今ではそれだけにリソースを割く割合が減っていた。
今までなかった感情が自らの内に湧き立ち、まともにリリアは動けるようになっていた。