開催の理由
朧げな意識の中、ノールは目を覚ます。
白いベッドに寝かされ、腕に点滴の管がついていた。
それで、ノールは医務室にいるのだと気付く。
「ノールちゃん!」
杏里が心配そうな様子でベッドの傍らの椅子に座り、自らの顔を覗き込んでいた。
「ごめんなさい、ノールちゃんに怪我をさせたくなかったのに……」
杏里は涙を流す。
殺意を感じる攻撃から嘘だと思いつつも、ノールは身体を起こした。
「ボクは気にしていないよ。賞金も手に入るし」
「本当?」
杏里にもようやく笑顔が戻る。
「人のこと殴っといて笑うな。ところで、皆は?」
「や、やっぱり、ノールちゃん怒ってる?」
「さっさと言え」
「二人だけにした方が良さそうだろうからって」
「どうして?」
「ボクらが付き合っているのは皆知っているよ?」
「そんなこと誰にも話さなかったけどな」
ベッドからノールは立ち上がり、点滴の管を引き抜く。
「これ、誰がつけたの? 水人に効くはずないじゃん」
二人は医療室を出て、アーティたちを探しに向かった。
探していると、コロシアムの観客席で暇そうに座っていたアーティたちを見付ける。
ただ、そこにはアーティ、テリー、ヴェイグ、ミールしかいなかった。
「気がついたのか」
アーティが呼びかける。
「うん、なんとかね。他の皆は?」
「オレは適当に戦えと言っていたのにどうして本気になるのかねえ? 怪我している奴らと回復魔法が使える奴らが医療室に籠っているよ。それは良いとして、このコロシアムが開催された理由を知っているか?」
「知らない」
「だよなあ。後出しだぞ、こんなの。実はコロシアムの優勝者にはもう一つの特典があった。この世界を実質上支配している魔王ルミナスを倒すというふざけた特典がな。これは単なる依頼金みたいなものだな、本当にふざけた話だ」
「じゃあさ、こんなに堂々とコロシアムを開催して強者を募るなんて危なくない?」
アーティの話を聞き、ノールは不思議に思った。
「今までに何回もコロシアムを開催してきたのに、ルミナス側は一度も襲撃して来ない。そうして滞りなく、ルミナスは自らの城でコロシアム優勝者と戦う。早い話、ルミナスはこのコロシアムを単なる暇潰し程度としか見ていないらしい」
「ルミナスに勝てなければ優勝しても単なる罰ゲームになっちゃうね」
「それまでの連中ならそうだろうな。だが、今回勝つのオレたちだ。二人が医療室から出てきたら、ルミナスの城に突入するつもりだった」
「ルミナスの城ってどこ?」
「空間転移で、この世界のルミナスの城を指定すればいけるんじゃないかな?」
アーティは空間転移を詠唱し、一瞬でルミナスの城の前に着いた。
ルミナスの城は白を基調とした優雅さが映える造りで、魔王という言葉や雰囲気を思わせるものとは異なっていた。
「これが、魔王の城? 魔王だから相手に恐怖や威圧を感じさせる嫌な造りがされていると僕は思っていたよ」
考えていた風景と異なっていたため、ミールは少し驚いた様子で姉のノールに言う。
「でも、魔王だから強いんだよね。あれ、髪伸びたんじゃないの? あとで切ってあげるね」
「それじゃあ、城内に入るぞ。なにがあるのか分からないから気を抜くなよ。特に、ノール」
一応、アーティが注意を促してから全員城内へと入る。
ルミナスの城内部はエントランスの段階から、とても広く高級な造りになっていた。
絵画、甲冑、様々なアンティークなどが均等に飾られ、金持ちの気品さが漂う。
「うわあ、ルミナスさんってお金持ちなんだね」
城といえば単純に質素なスロート城しか知らない杏里はあまりの豪華さに驚きを隠せない。
「どうせ、この世界の連中から巻き上げた物だろ?」
明らかに金持ちそうなルミナスにテリーは嫉妬している。
興味を引く物が多く、六人が城のエントランスでうろうろしていると……
「そこでなにをしているの?」
エントランス正面にある二階へと続く階段から誰かがゆっくりと降りてくる。
ふと、全員がその方向を見るとそこには黒いドレスをまとう人物がいた。
それはとても魔王と称されるような禍々しさなど全く感じさせない綺麗な顔立ち、細身の容姿をした美しい人物だった。
「お前が魔王ルミナス? まさか、女だったとはな」
アーティが問いかける。
「自分自身、一番認めたくないのだけど残念ながら男性だよ」
「魔王なのは否定しないのか。お前がルミナスでいいんだな?」
「私になにか用なの? もしかして、この私と戦いに来たとか? もし、そうだとしても君たちじゃ話にならないよ、レベル差の関係で。そうね、ハンデとして全員で一斉にかかってくるのはどうかな? 万が一があるかも」
見下した眼をしたまま、ルミナスは階段を降りた。
六人を前にしても殺気も闘気も見せないルミナスにはやる気も感じられない。
「一斉にかかって来いだあ? 死んでも後悔するなよ!」
アーティが剣を構え、ルミナスに突撃すると残りの五人も一斉にかかる。
一斉攻撃を仕掛けてもまるでルミナスは動じず、両手に魔法剣を出現させた。
そして、最初に突撃したアーティの剣による一撃を軽く往なし、魔法剣で斬りつけた。
アーティ自身の攻撃も強力なもので、剣と剣同士がぶつかり合った際に豪快な金属音を響かせていた。
しかし、その強力な一撃もルミナスにとっては軽く片手で往なす程度。
明らかな実力差があった。
「この人強い……接近戦は危険だよ!」
アーティが簡単に斬られたのを見て、ノールは魔法を詠唱し始める。
その間に二人がかりでルミナスを攻めたテリーとヴェイグも一撃で倒されてしまう。
「もう、三人? これなら君たちの命もあと三十秒ってところかな」
そう言うと、ルミナスは魔法を詠唱しているノールへと迫る。
「プラネッ……」
神聖魔法プラネットを発動しようとしたノールの間合いに侵入し、ノールの喉を魔法剣で貫く。
「あと少しで魔法が使えたね」
ノールの喉から剣を引き抜くと、ルミナスは地面に向かって剣を振り、付着した肉片や血を払う。
ノールの首からは血が溢れ、ノールは反射的に手で首を押さえたが無駄だった。
意識を失いかけ体勢を保てなくなり、膝を地面につくとそのままノールは倒れた。
「可哀相だね、弱いって。今、貴方たちも身に染みているでしょ?」
「姉さん!」
ノールのように魔法を詠唱していたミールは、とっさに詠唱を破棄し、別の魔法を詠唱する。
「あの娘が君のお姉さんなのかな?」
そのミールをなんの躊躇もなく、ルミナスは斬り倒す。
「残りは、可愛らしい女の子が一人」
ルミナスは離れたところにいた杏里に視線を移す。
「貴方はどうする?」
血液が付着した魔法剣を両手に携えたまま、親しげにルミナスは語りかける。
「………」
震えを隠し切れない杏里はなにも言葉が出ない。
これ程までに戦闘能力の差がある相手をなんら警戒することもなく、まるでピクニックへ行くかのような緊張感で相手にしていた。
ハンター養成所、コロシアムでの戦いで完全に自分たちの能力を過信してしまった結果が今まさに現れていた。
「良いよ、君のその表情。恐怖を感じているのね、凄くそそられる。もっと苛めてあげたくなる」
突如、杏里の背後に黒い十字架が出現する。
咄嗟に行動へ移せなかった杏里は一瞬で十字架に括りつけられた。
十字架に拘束された杏里の周囲を黒い剣が囲み宙を漂う。
「怖がらないで、暗黒魔法デッドリーの発動よ。久しぶりだから貴方に試し撃ちしたいの」
杏里の意見など全く聞きもせずに周囲を漂う黒い剣が杏里を貫いていく。
「時間は丁度三十秒。一方的に人を傷付けるなんて私の性に合わないのに貴方たちときたら……」
血祭りに上げられた六人を見ながら楽しそうにルミナスは語る。
一方的に残虐の限りを尽くすのは、魔族の性質であり、当然ルミナスも好き。
「さあて、いつものやりますか」
ある魔法をルミナスは詠唱し始める。
詠唱しているものは強制魔族化であり、それを受けた他種族は魔族になってしまう。
そうなれば、どうしても同じ魔族のルミナスを頼らざるを得なくなる。
その原理で自身に向かってくる者たちを逆に自らの僕としていた。
詠唱後、アーティたちの首筋には魔族の漆黒の刻印が浮かんだ。
「これで私と同族になれたね。回復させてあげる」
最上級回復魔法エクスをルミナスが詠唱し始める。
その時、極度のダメージを受けていたはずのノールが立ち上がった。
首を刺された致命傷の傷は癒え、血も流れていない。
「……どうしてくれんの?」
周囲を見たノールは怒りに満ちている。
「自然治癒? 不思議な人だね、君は。それより、どう? 魔族になった感想を聞かせて」
「違うよ、ミールが最後に詠唱したのは回復魔法だった。アンタには償いをしてもらう」
即座にノールは天使化をする。
ノールの天使化には以前とは異なる変化があった。
魔族化の影響のせいか、羽の色が漆黒へと変化している。
複雑な変化の形態、魔天使化をしていた。
「なにこれ? 羽の色が違うよ」
確認のため羽を見ていたが、ルミナスへ視線を移す。
「へえ、天使族……だったなんて。そういえば、さっきの詠唱。神聖魔法みたいな名前だったね」
ノールと目が合ったルミナスに冷や汗が流れる。
即座にルミナスは魔法の詠唱に入った。
だが、油断が完全に仇となった。
先程ノールが発動寸前だった魔法は以前継続中。
ルミナスの頭上、天井に不思議な紋章の魔方陣が描かれていた。
「発動、プラネット!」
魔方陣から突如降り注いだ光線がルミナスに直撃する。
魔法の発動速度は早過ぎて、ルミナスは避けられなかった。
「神聖魔法は止めてよ……」
力なく、その場にルミナスは倒れた。
極度に傷付いたルミナスの身体からは血が滴る。
ルミナスが床に倒れたのを確認し、ノールは天使化を解く。
続けて、倒された五人に最上級回復魔法エクスを詠唱し、回復させた。
「皆、大丈夫?」
「ああ、なんとかな」
最初に起き上がったアーティがノールの問いかけに答える。
「今の凄い回復魔法だな、一瞬じゃないか。オレたちが受けた傷じゃ普通なら回復魔法を数十分くらいかけないと完全に回復しないはずだ」
「凄いでしょ? これが水人ノールの実力ってわけ」
アーティの問いかけにノールは自慢げ。
「そんな魔法を知っているのならコロシアムに残った連中にも詠唱しとけば良かったんじゃないの?」
「それもそうだね」
「今さら気付いたのかよ。ところで、この魔族化を解くにはどうするんだ? 制御ができないんだ」
「頭の中で人間になりたいと念じれば元に戻るはずだよ」
「そっか、竜人化から戻る要領と同じだね」
アーティは精神統一をし始め、アーティの首筋の刻印は消えた。
「あの人、とっても強かった。ボクたちは変化する動作を最短でして戦わないと駄目だと思うの。相手が少しでも強い時は最初から変化すれば良かったんだよ。そうすれば戦闘能力が上がるんだし」
なんとなくノールは先程の戦いの感想を語る。
「なあ、オレも人間じゃないのか?」
魔族化された事実をヴェイグは受け入れられない様子。
「ヴェイグも人間化すれば元に戻るよ」
それから、ノールはヴェイグに変化の仕方を教える。
杏里とミールは天使化した際に戻る方法を覚えていたので、自身の力だけで元に戻れた。
その五人を納得がいかない様子で見つめる人物がいた。
「なあ、オレも魔族化しているのか?」
なぜか、テリーだけ漆黒の刻印がない。
他の者たちが語るような感覚にもなっておらず、腹が立ったテリーは倒れているルミナスを揺する。
「おい、ルミナス! オレを魔族化しろよ!」
「離してよ、身体中が痛いから私に構わないで。第一、君も魔族化させたよ」
ゆっくりとルミナスは立ち上がる。
「ふう……と。エクス発動」
ルミナスの怪我は一瞬で癒えた。
「君らはなにをしたくてここへ? 用がないならさっさと帰ってほしいの」
「用ならある。この世界の連中がお前に消えてほしいとさ」
まだ、ルミナスに掴みかかっているテリーが返答した。
「構わないよ。ここは私にとって別荘の一つだから。それとさ、魔族になりたいのだったら最初から素直に頼みなよ」
再び、テリーに向かってルミナスは魔族化させる魔法を詠唱する。
しかし、テリーの身体にはなんの影響も示さない。
「変化はある?」
「お前、馬鹿にしているのか?」
「確かに私は魔法をかけた。どうしてかな、こんなこと初めて。普通なら変化しているのに?」
一度、テリーをしゃがませるとルミナスはテリーの首筋を確認した。
「刻印もないし、私には分からない。要求通り、私は魔界に帰るから城内から出てくれない? ああそれと、貴方たちはもう同族なのだから魔王階級者である私を敬いなさい」
「馬鹿なことを言うな。人が人を敬うのは金を渡されている間だけだ。寝言は金で雇ってから言え」
さも当然のようにテリーは語る。
腕を組みながら話を聞いていたアーティは深く頷いている。
二人は思考回路が似ていた。
一旦、ノールたちとルミナスは城外へと出た。
「異世界空間転移」
ルミナスが魔法を詠唱すると城は一瞬で消えた。
「なにか分かったら、貴方のところに行くから」
テリーにそう言い残し、ルミナスも城と同様に消えていった。
登場人物紹介
ルミナス(年令96才、身長171cm、出身は不明、魔族の男性、聡明ではあるが軽い性格でもある。階級は魔王。魔法剣の使い手。元はエルフ族だった。総世界中で戦った相手の種族を魔族に変え、自身の部下にしている。本人が男性だと語らないと気付けない程に美麗な顔立ち、身体付きもしなやかで男性らしさを微塵も感じさせない。魔界の最高権力者邪神ミネウスとは距離を置いている)