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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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立場逆転

「うう……」


はっきりとしない意識の中、リリアは目を覚ます。


地に手をつけ、頭を抱えながら、ゆっくりと身体を起こした。


リリアの周囲の光景は様変わりしていた。


今まで戦っていたコロシアムの闘技場ではない。


それどころか、建物の中でさえなかった。


いつの間にか、リリアは外にいて、周囲はどこか田舎のような場所。


地べたに倒れていたリリアのドレスには若干砂がついていた。


「うう……」


両手で頭を抱え、苦悶の表情で呻き声を上げながら、リリアはしゃがみ込んでいる。


周囲の状況が一変しようと、頭部を連続で突き刺された激痛や恐怖が脳裏に焼きつき、それ以外にはなにも対応ができていない。


ふと、その時リリアの肩になにかがふれる。


不意打ちに驚き、リリアは片手で振り払おうとしたがそこにあるはずのなにかにリリアはふれられない。


しかし、未だになにかがリリアの肩にふれている。


「リリア? なにしているの?」


聞き覚えのある声がする。


そして、そこにあるはずなのに全くふれられない感覚。


リリアはどちらも覚えていた。


「……ノールさん?」


ようやく痛み以外のなにかに関心を持てたリリアがふれられている肩の方へと顔を向ける。


「来ていたのなら教えなよ」


心配そうな表情のノールがリリアの背後にいた。


ただならぬ様子になんとかしてあげたいと思っている。


「リリア、今の君は魔力が相当乱れている。余程のなにかがあったのだろう? 今は難しいだろうけど、なんとか心を落ち着かせて魔力の乱れを抑えないと駄目だ」


ノール自らの力で無理やりどうこうはせず、まずはリリアの力だけで魔力の流れを取り戻させようと努めさせた。


リリアも自らが認めたノール流免許皆伝者なのだから。


「わ、私は……」


再び、リリアは頭を抱え苦しみに悶える。


「私は今、死の淵にいるのかもしれません。思い起こせば私は以前も生死の境を彷徨っていた時にここへ……」


「生死の境とか言われても。ここは別に死の世界とかじゃないからね」


「………」


リリアはなにも返答せず、静かに頭を抱えている。


「ねえ、なにがあったの?」


リリアの背中を擦りながら尋ねる。


「私は戦いに……敗れました。一切なんの太刀打ちもできず、完敗でした」


「よりにもよってノール流免許皆伝者の魔力体に喧嘩を売る奴がいたの? 一体なにを考えているのやら。弟子が倒されれば、次は師であるノールが相手となり得ると思いそうなものだけど。それはいいとして誰に負けたの?」


リリアが手酷く敗北したことよりも、魔力体へ喧嘩を売った者がノールは許せない様子。


敗北はなにも悪いことではない。


負けることによってしか手に入れられないものがあるという理念。


何度も何度も負けて死ぬ時もあったノールだから、これだけは譲れない。


「まあいいや、ちょっと手を出して」


そう言いながらも、リリアの手を強引に引く。


手を掴み、ノールは強制的にリリアの魔力操作を始めた。


リリアの魔力の乱れが一向に改善しない様子から、自らが無理やりにでも魔力を補強させ、今以上に効果的な回復が見込めるよう調整しようとしていた。


この瞬間。


ノールが見ていた景色が変わる。


「ん? えっ?」


いつの間にか、ノールの視界は切り替わっていた。


真上を眺めている。


意味が分からず、ノールは目を動かした。


どこかの建物内にいて、天井には煌々と輝く照明の光や、巨大な展示パネルが見える。


ここでノールは自らが横たわっていることに気づく。


「あれ、見覚えがある?」


若干、首だけを動かして辺りを眺める。


それで、ノールはこの場所を完全に理解した。


「R・ノールコロシアム地下の戦闘エリアで間違いない。でもどうして、ボクは今ここに?」


なんとなく考えていると、なにかがおかしいと気づく。


「ボク、片目しか見えていないよね?」


手を動かして、見えていない片目にふれようとしたら、氷のナイフのグリップにふれた。


「なるほど……」


目にナイフが刺さっている。


脳まで、どころか床にまで突き刺さっていたはず。


そういった内容は、ノールの思考には入ってこない。


「服が総世界で最も誉れ高き種族の水人衣装ではないだと……ということは」


洪水のごとく、ノールの内に流れ込んでくる情報がとある仮説を浮かばせる。


「もしかして、リリアになっているんじゃ」


このドレスには見覚えがあった。


ついさっき、リリアの姿を見ていたから記憶はより鮮明である。


リリアにふれた際に、突然周囲の風景が切り替わったことから、これが真実なのだろうとノールは考えた。


「とにかく、このなんかよく分からないの邪魔だから回収しよう」


リリアの身体にはセフィーラが放った魔法、スパイク状の氷が施されたマジックネットが絡みついたまま。


頭部にも目を貫く形で氷のナイフが突き刺さっていた。


どちらも炎人のリリアには致命傷だが、水人のノールには一切のダメージがない。


炎人と水人の差がそこに現れていた。


マジックネットに捕らわれていたのに、普通に腕を抜け出させられたのは氷のスパイクが散りばめられていたため。


そこまで多ければ、逆に干渉とはならない。


「えい」


次の一瞬で目に突き刺さっていた氷のナイフ、そしてマジックネットが消えた。


ついでに周囲一帯に張り巡らされていた封印障壁も同時に。


周囲にあった魔力の全てを吸収したリリアの身体には傷一つなくなった。


「ん?」


誤差一秒程度でリリアの変化に気がついたのが、封印障壁を張り巡らせていたライル。


「えっ? なにかあったの?」


次に、ライルに文句を言うため闘技場の端まで移動していたセフィーラが振り向く。


そこで初めて二人はリリアの変化を悟る。


すでに、リリアは立ち上がっていた。


あれ程の致命傷を受けた身でありながら、回復魔法の発動もなく、炎人化さえも必要とせず完全に回復していた。


「あー、なるほど。ジーニアス君が相手だったのか」


リリアは顎の下に手を置く。


「というと、リリアはR・ノールコロシアムのランキング100位内の選手になったのか。凄いなあ、リリアは。あのレベルで、たった一人でここまで勝ち上がれたなんて。お互いにノール流免許皆伝者なら、ボクも悪くは言えないな」


ぶつぶつとなにかを話しながら、リリアはある魔法を発動する。


「発動、吸収態(きゅうしゅうたい)


リリアはなにかを持っているかのように右の手のひらを掲げる。


そこから、三つの色の球体が現れる。


青、赤、黄の魔力体の水人、炎人、雷人を示す三種族の色。


その三つが交差しながら宙を回転している。


これは、魔力邂逅の能力の一つ。


ベースが炎人でありながら、水人と雷人の特性を合わせ持ち、なおかつ三種の弱点だけは正確に打ち消す能力。


また、発動する魔法も一番発動する威力が高くなるはずの炎人魔法以外も高火力へと変貌する。


ただでさえ魔力邂逅自体が恐ろしい相手なのに、吸収態を発動されてしまえば塵程度にはあった勝率も立ち消えてしまう。


「うおおお!」


吸収態の発動を目にし、ライルは歓喜の声を上げる。


子供のように目を輝かせ、闘技場の舞台を両手でバンバン叩き、リリアを眺めていた。


「吸収態だ! あれを見ろよ! 吸収態だぞ、ジーニアス!」


リリアを指差し、はしゃぎながらセフィーラに呼びかける。


「……うん、知っている」


「カウントなんか要らないな! レフリーストップだ、さあ舞台から降りようか!」


笑いながらセフィーラの足を掴み、ライルは闘技場から降ろそうとする。


そこでセフィーラには思うことがあった。


「離してよ、ライル。なんか凄い近いから、スカートの中が丸見えになってたりしない?」


「ああ?」


セフィーラに言われてから、ライルはスカートの中を覗き見た。


「ああ、見えているけど? 黒みたいだな、それがどうした?」


「ライルのそういうところが純粋な魔力体らしいよね、性に関心がない辺り」


見えても嬉しがるわけでも、顔を背けるわけでもなく、単に服の一部を見ている感覚のライル。


不愉快さはないが白けた気分になり、セフィーラは足を動かしてライルの手を振り払う。


「感覚はしていたんだ、感覚は。やっぱり僕の思った通り、リリアがノールさんだったんだね。だったら殺す気で行くよ、ノールさん」


徐々にセフィーラの瞳や髪色が変化していく。


エルフ族らしい緑色の瞳や髪色が黒く染まってゆく。


セフィーラはダークエルフ化していた。


さらに右目だけ銀色に輝き出す。


銀色と黒色のオッドアイになり、器用にもダークエルフ化と覚醒化の二つの変化を同時に再現する。


「行くぞ、リリア!」


先程と同様に声を張り上げ、セフィーラは怒鳴った。


ノールだと気づいていながらも、あえてリリアの名を呼ぶ。


「ああ、うん。どうぞ、ジーニアス君。魔力はできるだけ気持ち多めね」


そこまで言葉を発した後、リリアの振りをしているべきなのではないかとノールは考える。


なんとなく知的好奇心から、リリアの姿でも吸収態が発動可能なのかを知りたくてほとんど無意識のうちに発動していた。


本来、魔力邂逅ではない者に吸収態の発動は不可能。


それどころかそんな能力があること自体を知らないだろう。


人の目がある中では、リリアとして振る舞えば良かったと今更ながらノールは思った。

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