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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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各々の目論見

「時に、セシルさん」


「ん? どうしたの?」


「もし私がセフィーラさんに勝利した場合、桜沢グループに入らなくてもいい方法を教えると話していました」


「本当に……って、セフィーラにそんなことができるの? というか会ったの?」


「ええ、コロシアムについてすぐに。それにセフィーラさんは、おそらく桜沢綾香と同格に位置する存在と思われます。同組織のリバースに所属しているため事実かと」


「そうなの……」


セシルはリリアが完全に捕捉されていると思い込み、相当の不味さを感じていた。


どちらも単に偶然出会っただけだが。


「だったら、とりあえず今は外に出ない方が良いんじゃないのかな。あいつらに出くわすと不味いし」


「そうですね。でしたら、私はセフィーラさんとの試合の日までこのマンションで過ごしたいのですがよろしいですか?」


「買いものとかは私に任せて。それじゃあ今から行ってくるから、リリアは欲しいものとかある?」


「それなら……セシルさんが好きなものを」


「分かったわ」


セシルは寝室へ向かい、出かける準備を始めた。


どこか安心したリリアは、ソファーの隣でいつもの姿勢を取り、精神統一を始める。


「行ってくるから」


支度を終えたセシルはリビングのリリアに呼びかけた後、空間転移を発動する。


行き先は、R・ノールコロシアム。


R・ノールコロシアムを指定すれば出現場所は必ず入り口のロビーとなる。


人でごった返す相変わらずの繁盛具合の中を、セシルはコロシアム側ではなく、商業エリアへと歩を進めた。


デパートコロシアム、いわゆるデパコロでセシルは日々の食料などを買っていた。


ここの商品は観光地価格でやたらと高いが今のセシルには気にならない。


質が良いのだろうと受け取り、適当にぽんぽんと買い進んでいく。


リリアと異なり、セシルはコロシアム参加者ではないおかげで他の周囲を行く客たちに全く声をかけられない。


リリアと一緒に買いものに来た際は、なぜかセシルも声をかけられた経験があった。


それは単純にセシルと仲が良い雰囲気を醸し出せれば、きっとリリア本人からも良い反応を得られ、声をかけられるだろうという分かりやすい浅はかな行動。


そんなものは、セシルも見抜いている。


もしもこちらを本当に気にしているのなら、最初から話しかけんなという気持ちしかない。


とりあえず、デパコロで買いたかったものを手に入れたセシル。


今度は有名ブランドの服などをウィンドウショッピングしようと、そういったものが売られているエリアへ進んでいく。


「ふんふん……ん?」


鼻歌を歌いながら歩んでいたセシルは変なものを見かけた。


通路の片隅で、なにやら占い師っぽいものがいる。


水晶の玉が乗った小さな円形テーブルに、二対の椅子。


壁側に置かれた方には、奇妙ないでたちの少年が座っている。


少年は褐色肌で細身の身体。


頭部には小悪魔のような二つの角を生やしている。


背中にも小さな悪魔の羽が生え、お尻には細くて黒い尻尾がついていた。


やたらと肌の露出が多く、胸元しか隠れない程度のバンドのような服を着て、丈の短なレザーのホットパンツを履いている。


「あの見た目……確かつまんない生き方をしている魔族のインキュバスとかいう種族か」


セシルはインキュバスという種族を知っていた。


その上で、インキュバスを見下している。


「そこの人」


水晶の玉へ手を掲げ、なにか未来予知しているようなポーズをしながら少年が呼びかける。


「アタシ?」


暫し、セシルは少年を見つめていた。


「そこの綺麗な人」


少年は軽く手招きをする。


欲しいものなら買い終わっていたため、時間的に都合があったセシルは話を聞くことにした。


セシルはもう一対の椅子に腰かける。


「こんにちは、僕の名前はシェラだよ」


「ああ、そうなの。私は、セシルよ」


先程の綺麗な人との発言に気を良くしていたセシルは愛想良く答えた。


二人は初対面。


今まで本当に近くまでは来ていたが、実際に話したわけではないので互いに印象はない。


「よいしょっと」


シェラは水晶の玉を退かし、床に置いてあるバッグにしまう。


「ねえ……」


それで占うんじゃないのかと、セシルは疑問に思った。


「僕には分かるよ。セシルさん、今貴方は悩んでいることがありますね?」


「はん、なによそれ。そんなありきたりな発言をしているようじゃ駄目ね。もっと人を騙すつもりじゃなきゃ」


最初からセシルはシェラをペテン師扱いしている。


間の抜けたコールドリーディングなど端から相手にしない。


「そっか、それじゃあ本題に移ろう」


ゆっくりとシェラは床に置いてあるバッグからタロットカードを取り出す。


占い師にとっては豪快な火の玉ストレートでも、シェラは実際に占い師ではない。


今のは本当に単なる会話だった。


特に問題なく、シェラはタロットカードを雑にシャッフルしていく。


「あっ」


その時に、テーブルに2枚のカードを落とした。


「………」


一度、シェラはセシルの方にちらっと視線を移した。


知らないふりをして、2枚のカードを適当な位置に並べる。


「あの、ちょっと。今の落っことしているじゃない、そんなの普通に置かないでよ」


「こういう占い方もあるの、セシルさんはなにも気にしないで。せっかく綺麗なんだから余計なストレスを抱え込んじゃ駄目」


「そういう問題じゃ……」


セシルの声のトーンが落ち着く。


適当に綺麗とかでも言っておけば誤魔化せられると、経験則上シェラは見抜いている。


ひとまず、シェラは自分のペースで占いを進めていく。


「分かったよ、セシルさん。綺麗な君のことを、ほんの少しだけ……」


適当に並べたカードを眺めつつ、ぽつりと語る。


「この位置にこのカードがあるから、多分セシルさんは恋愛に悩んでいるのだと思うの。どうかな?」


「もしかして、コールドリーディングで騙せなくなったら今度は適当に恋愛相談で誤魔化そうとしているでしょ?」


「まさか? 僕はね、総世界的に有名なあの占い師アルテアリスにタロットを教えたインキュバスでもあるんだ。この僕が話を聞き出してから答えるだなんて小手先の手にすがるつもりはないよ」


「アルテアリスって……聞いたことがある。恋愛を専門にしている絶対に占いを外さない占い師」


セシルのうちで、少し興奮するものがあった。


アルテアリスの名は多方面に知れ渡る程の高名な存在。


だがそれ以上、セシルは話を膨らませない。


ここで安易に身の上話をしてしまえば、それこそ思うつぼ。


「どうして、僕がアルテアリスの名を出したのか分かるかい? この僕も恋愛の占いができるからなんだ。手始めに今から君の好きな人を当てて見せよう。相手は……魔力体だね?」


「えっ?」


ぴたりと、セシルの動きが止まる。


セシルにも分かることがある。


様々な種族が総世界中にいるが、最も他種族とのパートナー成立数が激低なのが魔力体。


なので、本当にペテン師なら魔力体だろうとはまず絶対に言わない。


「しかも相手は同性の子。君の年令よりも若い……いや、おかしいな。君って途轍もなく若い子に手を出そうとしているよね?」


「そうなのよ、でもそれがなんというかあと一歩のところでお互いの心が通い合わないような……」


年令が途轍もなく離れているとの発言をセシルはガン無視した。


実際にその通りだから。


「あと一歩が届かないのは当然。人と魔力体同士が上手い感じに恋愛感情のような気持ちを抱ける確率ってどれくらいか分かる? 一億分の一くらいなんだ」


「そんなに低いの?」


「しかも、より親密になって結婚して子を設ける段階まで辿り着ける確率は一千億分の一くらい。要は不可能に近い」


「それ、なんとかならないの? それこそ占いなさいよ」


「占う? もうそんな必要はないよ。実はこれには良い方法があるんだ、不可能を可能にさせる方法がね」


「それはなんなの? 早く教えて」


「この僕がインキュバスなのは分かるよね? 他種族同士の者たちを一定時間だけ同種族同士だと成立させられる能力があるんだ」


「ほ、本当に? そんなことができるの? 凄過ぎじゃないの、それ……とりあえず、リリアにも教えてあげないと」


「まっ、当たり前の話をすると同性同士は無理だけど。さっき否定しなかったけど、そのリリアも女の子なんだよね?」


「……その、ね」


セシルは凄く悩み始める。


自らの身の上話をするなど有り得ない。


有り得ないが、ここを逃すわけにもいかず話さなくてはならない時が来たと手に取るように分かる。


「実はね……貴方には教えるけど、私は女性にも男性にもなれる存在なの」


「ああ、そういった手合いの人?」


「貴方の考えは勘違いよ。私は……シェイプシフターなの」


「へえ」


若干、シェラの目の色が変わった。


「生きているシェイプシフターを見たのは初めてだな」


「そりゃあ、こんな種族が沢山いるはずないじゃない」


「自らをシェイプシフターとまで名乗ったんだ。まさか今更シェイプシフターではないとか言うのはなしだよ」


「………」


そっと、セシルはタロットカードの置かれたテーブルに手を乗せる。


手は軽く開いた状態だった。


「?」


不思議に思ったシェラはその手を眺めている。


次第に、セシルの手に変化が出始めた。


なんの動きも見せていなかったはずなのに、いつの間にか手の甲を下にして握り締めた状態になっている。


「手品? 今のどうやったの?」


「これがシェイプシフターの能力。本当は、この身の全てを変化させられるけど、この場所では見せられない。これ以上見せたら私がシェイプシフターだと気づかれる」


「ふーん、面白いじゃないの……」


セシルの握り締めた手に、シェラは手を乗せる。


次の瞬間には、二人が握手をした状態になっていた。


「決めた。本物だと認めてあげるよ」


「本当?」


「それじゃあ、さっき話していた内容だけど。他種族同士でも問題ないって話はさ、インキュバスという種族特有の能力なんだ。それを他種族にもおすそ分けするのが、僕の能力。インキュバスでもそれができるのは、この僕だけ」


静かに、シェラは一枚の名刺をセシルに手渡す。


少しだけ、セシルは驚くことがあった。


こんな形をしているが、シェラは魔界の魔王階級者であり、総世界政府クロノスにも籍を置いている一種のエリートであった。


「リリアと話がついたら、そこの番号に電話しなよ。いつでも良いってわけじゃないけどね」


「ええ、分かったわ」


そうして、セシルは帰っていく。


占ってもらったのに、さも当然のようにお金を払う気配がない。


ましてや、この今までの会話には重大な欠格があった。


リリアはセシルを友人として見ており、恋人としては見ておらず、愛してもいない。


セシルが去ってから、ゆっくりとした足取りでシェラのもとへやってくる人物がいた。


「あんた、なにやってんの?」


紫色の魔法使い風の服装を着用したアルテアリスがやってきた。


これがアルテアリスの占い師としての服装であり、頭部から顔が隠れるベールを被っている。


目元部分しか見えず、表情を窺い知れない。


「なにって、暇潰し?」


シェラは椅子から立ち上がる。


「よいしょっと」


そこに、アルテアリスが座った。


アルテアリスは持っていたリッドつき紙コップをテーブルに置く。


ついさっきまで、カフェでお茶していたらしい。


「さっきさ、高飛車そうな女が来たんだ」


「で?」


まるで話に興味を示さないアルテアリス。


姿勢正しく椅子に座り、道行く人を見ている。


シェラがこの手の話題を口にした時にする話は大概その女性の点数づけ。


あいつはこれが駄目だ、それが駄目だとの減点法。


それはもうなんの興味も感じられない。


「なんか全然興味がない感じがするけど? 気のせいかな?」


「まさかとは思うけど、アルテアリスの名を勝手に使って接客してたりしないよね?」


「ははは、そんなまさかと思うじゃん? したけど?」


「最悪じゃないの、あんたのせいで変な噂が立ったらどうするの」


「それでさ、高飛車そうな女がリリアっていう女の子が好きらしいんだ。でね、名前が同じだから思い出したんだけどさ、エアルドフ王国で会ったリリアは元気にしているかな?」


「リリア? ああ、あの子……」


「あいつは面白い女だから今でも覚えているんだ。わざわざ会いに行ってみたら、ペテン師の虚言を信用して本当に魔導剣士修練場にいたんだから笑わせてくれる」


「久しぶりに会いに行ってみる?」


「はあ? 単に名前が一緒の女にわざわざ?」


「リリアは私たちの希望なのかもしれない……そういえば、あんたは関係ないわね」


「私たちって? ペテン師協会でもあるの?」


「………」


アルテアリスの目が若干キツくなる。


ベールを被っているせいで目元しか見えないが、明らかに雰囲気が変わった。


「ゴメンね、気を引きたくて心にもないことを口にしていた」


「私たちにはね、大事な使命があるの。それを侮辱されるのは許し難いものよ」


「使命って?」


「それは私たち7人だけが知っていれば問題ないの」


アルテアリスは全く取り合わない。


自ら進んでこんな出張占いなどしなくてもいい高名なアルテアリスが、様々な場所に出向いているのはこれが目的。


他の6人も目的は同じ。


アルテアリスを含めた全員が株式会社バロックの取締役であり、ドールマスター。


アルテアリスの他、相馬、セラ、アリエル、エール、ゲマ、フリーマンの全員が同じ目的のもとに行動している。


それは、“ノール”を見つけ出すことである。


ちなみに、アルテアリスとシェラは友人でも仲間でもない。


シェラはアルテアリスが女性か男性なのか分からず、自力で居場所を見つけ出してつきまとっているだけ。


索敵能力だけ見れば想像を絶するレベルであり、シェラの個人的なヤバい特性がフルに発揮されている。

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