やらせ
リリアは意識を取り戻し、目を開く。
すると、そこには見慣れない光景が広がっていた。
白い壁、白い天井、自らが横たわる白いベッド。
窓の外の風景は、すぐ隣のビルの壁。
周囲を確認して、ここが医療室だと気づいた。
だが、一つだけ。
リリアが認識できないものがあった。
「ああ、起きた」
ぴたりと、周囲を確認するリリアの動きが止まる。
自らが横たわるベッドの隣には、椅子に腰かけるセフィーラの姿があった。
リリアは声をかけられるまで、セフィーラの存在に気づけなかった。
「随分と古典的な方法が好きなんだね、リリアは。あんな露骨なやらせは久しぶりに見たよ」
リリアの手を握っていたようで、セフィーラは毛布から手を出す。
リリアが魔力体のため、点滴や薬が効かないのを知っており、できるだけ早く回復させようと魔力供給を行っていた。
「私は……なぜ、ここに?」
「カメラマンに気を取られているうちに、綾香さんがスパーンと頭を叩いた。一撃だったね」
「そんな、たった一撃で私は……」
「あと、面白い内容が記事になっているよ。流石は嘘だけで飯が食える連中だね、仕事が早いよ」
凄く楽しそうにセフィーラはスマホを取り出し、とあるニュースサイトの記事を見せる。
表示されていた記事には、綾香の胸倉を掴んでいるリリアの姿が掲載されていた。
新たな抗争勃発で打倒桜沢グループをリリアがたった一人で成し遂げようとしているとの内容が主に記載されている。
ついでに、リリアのインタビュー内容も記載されていた。
「私からすれば、楽勝なんで」と見出しに非常に大きく。
よく見れば、これは一面の記事だった。
「一体なんなのですか、これは……」
露骨なフェイクニュースを見せられ、リリアはドン引き。
写真は事実だが、他は紛うことなき嘘。
「良いことを教えてあげるよ、リリア」
スマホを戻しながら、セフィーラは語る。
「なんでしょうか?」
「この記事を嘘や間違いだとリリアが今から表明したとしてもとっくに手遅れ。このコロシアム界隈が、というかこの世界ではこういうイベントに飢えに飢えまくっているから。嘘とか八百長とかそんなのはどうでもよくて、ただひたすらにリリアが演じてさえいれば一向に構わないと多くの人たちがそう思っているの」
「手遅れなはずがありません。今すぐにでも事実を私から表明します」
「意味がないよ、リリアは相手のことをよく理解していないようだね。もしそうすれば、すぐにでも次の嘘が発動するだけだから」
セフィーラは呆れたように語っている。
「なぜ、リリアは橘綾香に手を出したのか? それは桜沢グループ入りをしたかったからという結論になり、即座に綾香さんがリリアの桜沢グループ入りを一方的に認める会見を行うに決まっているじゃん。もうそうなったら、どんなに否定しても今後は桜沢グループのリリアとして見られるよ」
「最早なにがなにやら意味が分かりません……全てが罠なんですね、これでは行動のしようがない」
「そりゃまあね。即座に桜沢グループの一員にさせられるか、じわじわと一員だと周囲が勝手に認識させられていくかの二択。でもそれだけ、リリアが欲しいんじゃないの? けど、それを完全に阻止する方法が二つだけある」
「二つ? その方法は?」
「まず一つは、死ぬ。今度戦う相手が誰だか忘れていたりしないよね?」
セフィーラはリリアの目を覗き込むようにして見つめている。
「……忘れていませんよ」
「もう一つは、僕に勝てた時に教えてあげる。お祝いにね」
それだけ言うと、セフィーラは椅子から立ち上がり、軽く手を振ると医務室を出ていった。
「私は間違えていたのでしょうか……」
リリアは小さく言葉を漏らす。
セフィーラの強さ、恐ろしさをまざまざと見せつけられていた。
魔力体であり、ノール流免許皆伝者のリリアが、最初はセフィーラの気配どころか、魔力の流れ一つ、把握できなかった。
目と鼻の先にいて、それどころか手を握って魔力の供給までしてもらっていたのに。
同じくノール流免許皆伝者のセフィーラを、リリアが気づけなかったのは簡単なこと。
魔力操作が完璧過ぎるからだ。
自らの魔力を適当に受け渡すのではなく、リリアの魔力量から最も最適な量を経験則から割り出し、受け渡す。
それが寸分の狂いなく操作されているがゆえ、リリアはセフィーラを自らの身体の一部と誤認した。
ここまで自らの魔力量を汲み取れるのならば、セフィーラはもうとっくにどの程度で叩き潰せるかの値踏みも済ませている。
対して、リリアはセフィーラを恐ろしい相手だとしか把握していない。
ランキング100位だったジスと、わずか30位差なのに強さが桁違い。
ランキング70位でここまでも圧倒的強者が現れるとは、リリアも思っていなかった。
このままでは事実、死しか未来がない。
死ぬのは怖くない。
そう考え、デミスとの戦いでは命を賭して全力で戦うつもりだった。
だが、現実に死と直面して今では恐怖しか感じない。
「なんとかしなくてはなりません」
リリアは今まで以上に、そう強く実感した。
勝たねば、死ぬ。
その事実がリリアをより本気にさせた。
「それはいいとして……早く私も行動へ移さねば」
ベッドから立ち上がり、リリアは医務室を出ていく。
「あっ! 出てきたぞ!」
医務室の外は、黒山の人だかり。
報道陣が多数、リリアを見たくて集まった観客たちも多数でごった返している。
防音設備が整い過ぎて、室内からでは外の様子が把握できなかった。
「これは……!」
びっくりしたリリアは即座に空間転移を発動。
自宅の高層マンションに、一瞬で移動した。
「驚きましたわ、あのように人だかりができていたとは……」
自宅のリビングへ戻り、難を逃れたリリアは一旦落ち着く。
「リリア……」
セシルの呼ぶ声がする。
セシルはリビングのソファーに腰かけ、スマホを見ていた。
「どうしましたか?」
「リリア、一体貴方はなにがしたいの? 私には分からない」
スマホの画面を見せる。
先程見たものと全く同じ記事の内容と写真が確認できた。
「あの者たちは全てグルです。私は嵌められました」
「でも、写真が」
「それは事実です」
「駄目じゃないの、こんなことしちゃ。貴方の戦う相手は誰なの? 極楽屋の桜沢綾香じゃないでしょ。デミスが本当に倒さなくちゃならない相手じゃないの。今からでもいいから謝ってきなさい」
「謝る?」
ふと、大事なことを思い出す。
いずれは綾香とも戦うつもりだったせいか、謝ってその場をやり過ごす発想がリリアにはなかった。
「謝れとは言ったものの肝心の桜沢綾香がどこにいるかが分からないわね。そもそも、あのコロシアムはR・ノールのものだし。あの女、一体なんのために今日コロシアムにいたのかしら?」
「おそらく、ある一定の強さに達した能力者をスカウトするのが目的です。昨日のルインさんのように同じことを言われました」
「それがどうして胸倉を掴みあげたの?」
「挑発的ななにかをしてみろと言われましたので」
「あらら、本当に全部グルなのね。これじゃあ、謝りに行けば連中の仲間にされそう。しかも下っ端として。もうこうなりゃ無視しましょ」
セシルにも合点がいったので軽く流そうとする。
「そうですね」
リリアも軽く流そうとしている。
命を賭してデミスと戦うつもりのリリアは、他のことについてあまり考えていない。