スカウト
「R・ノールコロシアムで騒ぎを起こすなと以前から言っているじゃん!」
「ごめんなさいね、この私も出資させて頂いているR・ノールコロシアム内で騒ぎを起こすつもりは一切、一欠けらもなかったの」
静かに綾香は、セフィーラの顔に向けてショットガンを構える。
「でも、あの動物愛誤団体の方々が急にテロ支援活動を始めたから、どうしても緊急性が問われてしまったの。桜沢グループの社長としてお客様方の安心と安全のため、私の個人的な判断で対処をさせてもらったわ。これが真実なの、私を信じてもらいたいな」
「あのさ、そのお客さん自体が怖がるでしょ、分からないの? 殺るなら殺るで、空間転移でもして見えないところで殺ってくれない?」
「お客様方が怖がられる要素なら、この私が直々に取り除いたわ。もう安心していいのよ、ジーニアス君」
構えていたショットガンを降ろし、死んでいるコロシアム職員を指差す。
「この職員が一日十二時間、年中一度も休みなく無給で数年程度働かされているのを彼らは気にくわなかったみたいなの。でも、私の会社は衣食住の全てを貸与している。第一、この職員は今までに何十人もの無辜の人々を殺害した極悪人なのよ」
話しているうちに、綾香はヒートアップしていく。
「そんな死ぬほかない存在の者であっても生きていていいはず。この世には誰にでも人権があるのよ? この職員もあとたったの百年程度で無罪放免だったのに、あの動物愛誤団体ときたら今すぐの解放を強引に強要してきたの。前代未聞だわ、死ぬほかない極悪人の即時解放だなんて。連中はまるで、テロ組織。いえ、テロ組織そのものだわ」
綾香は力説しているが、普通に会話の内容が矛盾している。
「綾香さんが怖がらせる要因になっているんだよ。文句があるのなら、ショットガンをしまって」
「ねえ見て、ジーニアス君。私の手、今でも震えているの。貴方が助けに来てくれて本当に良かった」
ようやく、ショットガンを空間転移で消し、セフィーラに自らの両手を見せる。
今の会話には相当の闇が内包されていた。
桜沢グループの台頭により、総世界の凶悪犯は債権扱いとなった。
桜沢グループがかかわればどんな裁判の結果でも、凶悪犯は懲役0年が確実。
だが、多額の賠償金を背負わせ、払い終えるまでの期間は執行猶予付きの死刑という露骨な司法介入が行われている。
社会復帰のため。
社会経験を積ませるため。
犯罪者だろうと差別なく、人々の役に立てるため。
そういった心にもない甘言を建前に彼らが支払うはずだった多額な賠償金を債権として購入し、桜沢グループが被害者へ全て弁済。
その代わりに極悪人たちはその買われた賠償金を桜沢グループに全て完済するまで自由が皆無となる。
それが可能なのは、桜沢一族のスキル・ポテンシャル支配によってである。
そして、このような状態は桜沢グループ内で常態化している。
しかし、この程度の悪行は本当に氷山の一角。
桜沢グループがとにかく嫌われている理由の一つであり、しかもこれがまだインパクトの弱い事実の一つ。
本当はスキル・ポテンシャル支配を扱う理由などクソ程もどうでもいい。
だが、総世界政府に所属する身として、誰からも一切文句なく支配を行使できる環境をとことん作り上げるのに綾香は苦心していた。
こんな恐ろしい行為を行うためには、綾香のような人を人とは思わない考え方が必要だった。
綾香は広域総世界戦後に現れた新たなる怪物といっても良い存在へと変貌していた。
「貴方も貴方で一体なにをやっているの? このお客様方が往来なさる場所でいつまでもいつまでも寝っ転がっているんじゃない!」
綾香はコロシアム職員の死体へ、文字通り鞭打つ言葉を吐く。
そもそも死んでいるので、返答も反応もなにもできないのに綾香は心外だと言わんばかりにイライラしている。
自ら撃ち殺したのにもかかわらず。
「リザレク発動」
文句を語ってから、復活の魔法リザレクを発動。
即座にコロシアム職員は生き返った。
「貴方ねえ、お客様方が道行く中、社長の目の前で堂々と職務をズル休みするとは本当に良い度胸じゃないの。私へのあてつけなのかしら?」
「とんでもございません」
今さっき生き返ったばかりで、当然ながら状況を把握しているはずがないのに綾香の前に座り込み、土下座を行う。
「私は綾香社長のもとで働けて心から幸せを感じております。今すぐに私事で遅れてしまった職務を、今以上に命を懸けて行わせて頂く所存です」
「いいから、早く、仕事」
人差し指を振って、さっさと仕事へ移るように仕向ける。
「分かりました、綾香社長」
それだけ言うと、とても元気に職務へと戻っていった。
「ねえ、綾香さん」
今のやり取りを隣で聞いていたセフィーラはうんざりしていた。
「ああいう対応は止めたら?」
「どうして? まさか、この私の大事な時間を浪費させて下らないことを話すつもりじゃないでしょうね?」
「多分その一言で綾香さんところの社員はへこたれるんだろうけど、僕にまで通じると思うなよ」
なにやら空気が悪くなり始めていた。
「あの職員は確かに極悪人だ。でもさ、今ではスキル・ポテンシャル支配で行動も言動もコントロールし尽くされているんだよね……心情を除いて。R一族のスキル・ポテンシャル権利とは違って、支配にはそれができないからね。あの人の目を見るといっつも死んでいてさ、そのせいでさっきの団体みたいにあの人を救いたいと立ち上がる人らがいるんじゃないの?」
「それでいいのよ?」
なぜ、今それを問われたのか不思議でならない様子の綾香。
怒りは消え去り、逆に素の様子で言葉を発していた。
「生かさず、殺さず、許さずがモットーよ。なにも問題がないじゃない。こうはならないようにしようという反面教師をいつでも誰でも見られる上に理解もできる。とっても良いことじゃないの、道徳とはこういうものよ。至極健全でこれ以上ない程に真っ当。それはそうと……」
綾香はセフィーラの手を両手で握る。
「ジーニアス君、貴方なら貴方の望むがままの条件で桜沢グループへ迎え入れたいの」
「僕がノール流の免許皆伝者だからでしょう? 綾香さんはそうなれなかったから」
「当ったり前じゃないの、なんなの魔力流動を本当に一日中一度たりとも休まず行えってのは。まずそこから人であるうちは決してできない芸当だわ。まあそれはそうと、それは貴方が欲しい理由の一つに過ぎないの。どうかしら? 条件は全部貴方の胸先三寸で思うがまま」
「つまりは条件をどんどん引き上げて要求しろということね、雇い入れでそんなこと言う人は初めて見たよ。以前も話した通り、僕はR・ノール派。はい、これで文句ないね。引き抜きには応じないよ」
「ええ、ではまた今度ね」
一見すれば仲が悪いように見えるが、普通に二人の関係は良好。
単純にコロシアム職員の扱い方に考えの相違があり、意見をぶつけ合っているだけ。
互いに言葉が悪くなったとしても、どんどんぶつかり合った方が経営は良くなると感じているため今後もこのスタンスを変えない。
次に綾香はリリアに視線を向けた。
「ああ、貴方は……」
綾香は表情に笑みを浮かべる。
本当のメインは、こっちの方。
いかにもなにも知らないように、最初から狙いを定めていたとは知らせないように。
自然体で綾香はリリアに近づいた。
「新たに、R・ノールコロシアムでランキング100位入りを達成したエアルドフ王国のリリア姫ですね。お目にかかることができて光栄です」
綾香は両手でリリアの手を握る。
「えっ、ええ、そうですわね」
久しぶりにリリアはエアルドフ王国のリリア姫と正式な呼びかけをされ、反応が遅れた。
自らを誇張するつもりのないリリアはリングネームを自己紹介的に書いている。
なのに、なぜ自分の素性を?とでも言いたげな反応をしたせいで、リリアの反応が遅れたようだった。
「申し遅れましたが、私は桜沢グループハピネスクラブの会長兼社長の橘綾香です」
「?」
二つ、不思議に思う部分があった。
桜沢綾香ではなく橘綾香と自己紹介し、会社名を極楽屋ではなくハピネスクラブと語った。
「昨日は私の部下が失礼な対応をしてしまったようで大変申しわけありませんでした」
「ルインさんのことですか?」
「そうです、ルインのこと。あの子も副社長なのだから、もう少しお淑やかに対応ができればいいのだけど。でも、あの子の話したことは本心よ。どうしても優秀な人材であるリリアさんが桜沢グループには必要なの」
「貴方もですか?」
「勿論。私やルインが優秀な方々を一人でも多く桜沢グループへ招き入れるのは、なにも不思議なことではありません。リリアさんが桜沢グループへ所属して頂けるのであれば、リリアさんが望めば望むだけのものを私たちはできる限り提供します」
「その言葉に二言はありませんね? では、私は綾香さん、貴方と戦いたいです」
「?」
意気揚々とビジネストークをしていた綾香が黙る。
意味が分からないのか、セフィーラに視線を振る。
「んふふ」
橘綾香という女を理解した上で真っ向から喧嘩を売る人物を初めて見たセフィーラはおかしくてしょうがない。
「なんでもない、続けていいよ」
笑いながら二人に手のひらを見せる。
「リリアさん、貴方からの申し出は受け入れられないの。私は、その……」
綾香が通路に掲げられている広告を指差す。
そこには、R・ノールコロシアムのランキングを示す順位表があった。
上からR・ノール、春川杏里、R・シスイの次に橘綾香の名前が確認できる。
つまりは、恐るべき猛者が跋扈するコロシアムで四位に位置している。
「順位が三十位圏内はもう簡単に戦いを挑めるようなものではないの。確かに上位の三人はお金を支払えばランキング下位の者でも今日明日にでも戦える。でも、それ以外はそうではないの」
「だとすれば、貴方の提案は嘘だということですね」
「私に皆まで言わせるんじゃないわよ。ノール流を習得した魔力体であり、私のスキル・ポテンシャル支配が効かないのを加味した上での数字で貴方は、たったの三秒で終わりなの。この歴然とした差を見抜けぬ程、程度の低い魔力体だとは思っていないわ」
若干怒っているのか、綾香はリリアの胸元に手を置き、軽く押す。
普段なら微動だにしないリリアでも綾香の押しには背後へ一歩押し出される。
魔力が籠っていない、ただ押すだけの行動なのに普通に干渉されていた。
「軽く押されただけで、私が諦めるとでも?」
「だったら、私がその気になれるような挑戦的な態度を取ってみたらどうかしら?」
「挑戦的?」
静かに腕を組み、綾香はリリアを見ている。
言われて数秒程、どういった行動が挑戦的かを考えていたが、ゆっくりとリリアは綾香に手を伸ばし、胸倉を掴んだ。
「これでどうですか?」
「うんうん、上出来よ。それよりも、あっち」
右側の方を綾香は指差す。
「えっ?」
反射的にリリアはそちらを見ると、数人のカメラマンの姿があった。
その瞬間、リリアの側頭部へ強い衝撃が走り、リリアは倒れた。
登場人物紹介など
桜沢グループの者(抗議団体やカメラマンは全て桜沢グループの手の者で、しっかりと綿密な打ち合わせ通りに行動している。抗議団体は、リリアをビビらせるため。カメラマンは証拠写真を撮るために扱った。また、抗議団体という体にわざわざさせたのは桜沢グループに抗議すればお前もこうなるぞと見せつけるため。よって、桜沢グループから派遣される犯罪者枠のコロシアム職員に味方は誰一人存在しない)