悪党たち
リリアは空間転移により、R・ノールコロシアムのロビーへと移動した。
R・ノールコロシアムを指定し、空間転移を発動する者は必ずこの場へ現れるようになっている。
周囲の者たちは突然空間転移で現れたリリアに対して、以前同様になんの反応も……
ないはずがなかった。
「リリアさんですね、握手してください!」
現れて数秒後に、コロシアムの観客の女性から握手を求められた。
「えっ、ええ」
一瞬、誰?と思ったが、リリアは優しく握手に応えた。
「ありがとうございます! 実は私、リリアさんのファンなんです!」
「そうでしたの、不思議なものですね」
意味が分からないリリアは肯定でも否定でもない言葉を口にする。
それから女性はスマホでリリアと一緒に自撮りをした。
よく分からないが、人気が出たらこうなるのだろうなと、リリアはなんとなく思う。
「さて……」
対応も終わり、この場から移動しようと周囲に目をやった。
そこには、リリアが以前見たことのある光景が広がっていた。
杏里と会話していた時同様に、周囲には二重三重にも渡る人だかりの山。
ただし、今回はリリア一人の存在が人々を惹きつけている。
「ヤバっ」
周囲の状況に、リリアはうっかり素になっていた。
速攻で、ノール流の真髄をフルに発揮する。
リリアは魔力体化し、魔力のみの姿へ変化すると周囲の観客たちを正面からすり抜け、全力で走り出す。
声を発してから要した時間は、わずかに一秒。
とてもではないが、周囲にいた者たちの目では捉えられない。
残された者たちは、ただただ辺りを見回していた。
「へえ……」
その様子を、とある人物が眺めていた。
黒いバトルドレスをまとう、美しく妖艶な女性。
壁にもたれかかり、道行く人々を物色していたルミナスの姿があった。
周囲にいた者たちにはなにがあったのか全く知る由もないが、ルミナスには簡単に目で追えていた。
リリアが向かった先は、商業区の方角。
少し人に囲まれたくらいで驚いているようだから、これから買いものに行くでもなく、人気の少ない通路辺りで留まるだろうと捉えた。
「あの娘は確か、私のジスを倒した女。ジスが使いものにならなくなったから、今度は新しくあの娘が欲しいな」
ルミナスは新たに自らへ仕えるだろう存在を物色していた。
コロシアムへの参加によって、ルミナス自身の目も肥え、ちょっとくらい強い程度ではもう満足しない。
なぜなら、ランキング100位以内のファイトマネーは、どんなに対戦相手が弱くても二億となる。
またコロシアム特有のプラスとなる特典が、マンションを得られる以外にも沢山ある。
とにかくジスが戦い捲らされていたのは、こういった経緯から。
「さてと……」
すぐに追ってしまっては怪しまれると思い、煙草で一服してから向かうことにした。
人差し指と中指を揃え、その隙間に空間転移で煙草を出現させ、挟み込む。
あとはゆっくりと口元へ煙草を進めた。
「火、いる?」
「ええ」
差し出されたライターと、今の言葉にルミナスは自然と答える。
ルミナスの口元へ煙草が届いた頃、ルミナスの手はガタガタ震えていた。
差し出す手の向きがおかしかったからだ。
何者かが自らの肩に手を回して、横からライターを差し出す形になっている。
つまりは、隣に誰かが立っている。
いつの間にか隣に立ち、しかも友人のように肩へ手を回し、自らの正面にライターを差し向けるまで全く気づけない相手が。
震えつつ、ルミナスは隣に立つ人物の方を向く。
「こんにちは、ノール派の邪神ルミナスさん」
隣にいたのは、キャリアウーマン風の装いで白衣をまとい、ブロンドウェーブヘアが特徴的な眼鏡をかけた女性。
桜沢グループ社長の橘綾香が立っている。
特に、ノール派の部分に力を入れて語っていた。
どこか嫌味な言い方だった。
「こ、こんにちは、綾香社長」
「ここ、禁煙なのよね?」
空間転移で差し出していたライターを綾香は消し、ルミナスの肩に手を回していた状態から少しだけ離れ、ルミナスの正面に立つ。
「あの娘、先に私が見つけたのよ」
「えっ……?」
次の瞬間、ルミナスの咥えていた煙草を奪い取る。
奪い取った煙草を握り込み、握り締めた拳を捻るようにしてルミナスの顔に近づけた。
「ひっ……ゆっ、許して……」
身を屈め、ルミナスは普通に怖がっている。
ルミナスが怖がるのも当然だった。
橘綾香は、R・ノールコロシアムランキング四位の実力者。
同じリバースメンバーであるから戦いを挑まないだけで、すでにノールに匹敵する程の存在だと噂されていた。
「今度また“桜沢グループのリリア”に手を出そうとしたら、こうだから」
「う、うん、分かった」
そそくさと、ルミナスはその場を離れていった。
怖がっていても対等か自分の方が上と思っているらしく、絶対に敬語は使わない。
「リリアちゃんのリングネームは、エアルドフ王国のリリア姫だったわね。できるだけ自然とした形で会わないと」
リリアが向かった方へ綾香は歩いていく。
そんな綾香を見つけて、追いかけていく一団があった。
その頃、リリアは。
ルミナスの見立て通り、人が少ない商業区近くの通路で実体化していた。
「これ程までに人が寄りつくとは思いませんでしたわ」
やれやれと一旦落ち着こうと、床の方へ視線を移した瞬間。
「ちょっと」
ふいに、リリアは呼びかけられ、動きが止まった。
先程とは全く異なる異質さ。
正面から呼びかけられたのに、何者かがいる気配を感知できなかった。
「………」
静かにリリアは正面へ首を動かす。
黒髪で黒い瞳、褐色肌の美しいエルフ族の女性がいた。
それは、次の対戦相手のセフィーラ。
「なんかさ、観客に囲まれたくらいで、いくらなんでも逃げ過ぎなんだよね。ついていくのが面倒だった」
「貴方は、セフィーラさんですね?」
普通に女性らしい女性なので、自らを僕と呼んでいるのが、リリアはなんとなく気になった。
「なにその他人行儀なの。以前、僕と会ったことあるじゃん」
「私がですか?」
「上位組織歩合制傭兵部隊リバースのセフィーラ。通称ジーニアス」
リリアの反応から、セフィーラは若干説明口調で話している。
「貴方が……?」
「僕の手配書を見ていないはずがないよね?」
問いかけられ、リリアは思考を巡らす。
思い出してみると、この黒髪で褐色肌のエルフ族の女性は確かに手配書に載っていた。
「思い出した?」
「えっ、ええ」
「思い出していないよね?」
仕方なさそうにセフィーラは空間転移で手元にスマホを出現させた。
そして、画面のロックを解き、リリアに画面を見せる。
服装こそ違うが、あの地下闘技場の依頼で出会ったセフィーラと同じ少女が映っていた。
「これ、同一人物」
「にわかには信じられませんが、そうだったのですか……」
「僕は今の年相応の姿と、子供の頃の姿に変化できるの」
「ですが、一体なぜ?」
「もしかしたら、この姿が分からなかったことが原因で僕を対戦相手に選んだんだね。分かったのなら、さっさと試合の取り消しに行くよ」
少し強めにセフィーラはリリアの手を引く。
「お断りします。私は今こうして貴方と知った上で、貴方と戦いたいのです」
「このルールも知らないの? 上位組織と下位組織の者同士での戦いは禁止されている」
「存じております」
「本気?」
セフィーラは手を離す。
「僕は別に構わないけど。でも、反抗する者には徹底的に制裁。それを決めたのは、ノールさん。勿論、僕も同じ考え」
次第にセフィーラはイライラし始める。
下位組織のリリアが盾突くのが気に食わないのもあるが。
怒りの対象が、リリアではない。
通路の端の方になにやら人だかりができていた。
その方向をちらちら見つつ、セフィーラは今までリリアと話をしていた。
気になり、リリアもそちらを見る。
なにやら様子がおかしかった。
大体こういう場では有名な闘士や、有名な能力者目当てで集まるはず。
しかし、怒号や怒声が上がり、人々の中にはプラカードを持っている人物もいた。
「あれは一体……」
リリアがそう口にした時。
突如、一発の銃声が響いた。
その後、複数発続けて。
今まであった喧騒は静まり返り、その代わり一人の女性の声が響いた。
声を聞いて、集まっていた人々は血の気の引いた顔で全員その場を離れていった。
「やっぱり、あの女……」
セフィーラは、とてもイライラしている。
「あの方は?」
その場に残っていた女性を見つめる。
ブロンドウェーブの髪形をし、眼鏡をかけた女医の格好をした女性。
「あの人は桜沢綾香」
「あの方が?」
セフィーラも桜沢綾香も同じく歩合制傭兵部隊リバースの所属。
セフィーラが端から喧嘩腰なのが、リリアは不思議だった。
「ちょっと、なにやってんの!」
怒りながら、セフィーラは綾香に近づく。
「……あら? ジーニアス君じゃないの、奇遇ねえ」
視線を移した時、綾香には相当強い殺気がこもっていた。
だが、すぐに優しそうな雰囲気に変わる。
綾香の足元近くにはコロシアム職員の惨殺死体が一体あった。
ショットガンを携えている綾香が殺害したのは明らか。