他種族の関係
二人は新たに新居となった高層マンションの一室に現れた。
出現エリアは毎回中央のLDKの部屋となっている様子。
時刻が六時頃となっているからか、全面ガラスの窓のカーテンが自動的に閉められていた。
「へえ、自動的に閉まる設定があるんだ」
カーテンの方を見ながら、セシルは部屋をすたすた歩いていく。
大量にあったアタッシュケースを取り除いてから、広いLDKの真ん中に生活スペースを揃えていた。
材質の良い木製のテレビボードに置かれた70インチはありそうな大きな薄型テレビ。
その前には、テレビボードと同じ材質のローテーブル。
薄型テレビと一緒にローテーブルを挟む形で置かれたシックな色使いの高級感がある大きめなソファーがあった。
この三つが丁度良い距離感で配置されている。
室内を覆い尽くしていたアタッシュケースを全て取り除いてから、元々部屋に用意されていた家具を生活スペースとなるよう、この場所に二人で整えていた。
「よいしょっと」
セシルは大きめなソファーに腰かける。
若干酔っていたこともあり、ソファーの背もたれに両手をのびのびと広げている。
「ねえ、セシルさん」
リリアはセシルの隣に座る。
そっと、肩を寄せてセシルに寄り添う形になった。
「なーに、リリア?」
リリアの背に手を回して、リリアの胸を掴んだ。
それからセシルは胸の位置を基点にリリアをぐっと引き寄せ、口づけを交わす。
酔っているセシルはいつになく強気になっている。
「貴方だけにしかできないお願いがあります」
次の瞬間、セシルは背筋に悪寒が走り、急に酔いが冷めた気がした。
強く抱き寄せ口づけを交わしているのに、口も舌も扱わず普通にしゃべっている。
リリアは魔力体だから人の構造を介さずに発音できるが、それを知らなければ普通にホラー。
「この状態で話せるの……?」
若干引き気味に、セシルはリリアから離れる。
「当たり前じゃないですか? 全く、いつまで酔っているおつもりですか?」
「酔いなんか冷めたわ」
「でしたら本題に入りますよ」
そっと、リリアはセシルの手を握る。
リリアの手には非常に強い魔力が一点集中で込められている。
「……えっ?」
セシルは驚きを示す。
あの時は分からなかった。
しかし今では、リリアの行動の真意が分かる。
リリアは種の存続にかかわる行為を行っていた。
だが、この行為は魔力体とシェイプシフターの異種族同士では全く意味がない。
「リリア……その、本当に私でいいの?」
以前失敗したこともあり、この状態のリリアとの距離感が分からない。
それもそのはずで恋愛要素や性的なものが介在していないため、人であるうちは答えに到達できない。
「問題ありません」
リリアはセシルの瞳を覗き見ている。
「実はね、リリア。貴方が今している行為では私たちに子供が宿らないの」
「そ、そうなのですか?」
結構本気でリリアは驚きを隠せていない。
魔力体の行為の仕方といえばこれだけなので、これが違うと言われたら最早なにが正解なのか意味不明。
「そうなのよ。リリアは魔力体で、私はシェイプシフター。これでは魔力を手に込めて握手をしているだけなの」
「とすれば、不可能なのですか?」
「握手をするだけではね。でもいずれは、もしかしたら上手くいくかもしれない方法があると思うの」
「その方法とは? 是非教えてください」
「今の状態では魔力体とシェイプシフターだから問題なの。お互いの種族を同種族にさえできれば……」
「そうですか。でしたらお願いしますね、セシルさん」
「?」
なにがお願いしますなのかと、セシルは思う。
お互いに一つの種族にしかなれないから、今現在では不可能という意味なのに。
「あの、なにか?」
「多分さ、リリアは人と人の行為の仕方を知らないよね?」
「ええ」
「その時が来る前に今日は私と一緒にお勉強しましょうよ?」
「それもそうですね」
「なら、こっちへ来て」
リリアの手を引きながら、セシルは寝室へと入る。
寝室は白を基調としたシックな雰囲気。
部屋中央にダブルベッドサイズのベッドがあった。
「ちょっと、そこに座ってて」
「ええ」
リリアは軽く頷き、ベッドに腰かけた。
その間、セシルはベッドの正面にある壁かけテレビの電源をつける。
少し手を掲げて、セシルはなにかを持っている姿勢になり、空間転移を発動する。
次の瞬間には、二つのDVDらしき記録媒体を持っていた。
「それは?」
「これには映像が入っているの。今からそれを一緒に見ましょう」
壁かけテレビの真下には棚があり、そこには色々なタイプの記録媒体が再生可能な電子機器があった。
そこへ記録媒体を入れ、映像を再生させた。
「よいしょっと」
リモコンでテレビに電源を入れ、リリアの隣にセシルが寄りかかる形で座った。
暫し、再生された映像を二人で見ていた。
内容は本当に初歩中の初歩。
これからを担う一般的な青少年のために作成された、できるだけ現実を直視させない程度のふわっとした内容のもの。
それが、大体二十分。
セシルは開始数分で寝てしまい、リリアも暇でしょうがない。
「あっ、セシルさん、終わりましたよ?」
映像が終わったので、セシルを揺すって起こす。
「ああ……寝ていたの、私? 一体いつの間に?」
不満げな表情のリリアを見て、セシルは適当な話をしている。
「私は今の内容で少しは分かった気がします」
「全然分からないと思うけどなあ?」
もう一つの記録媒体を取り出す。
そちらは青少年向けではなく、ストレートに男性向け。
パッケージには当然のように艶めかしい裸の女性が映っている。
「こっちには実演しか映っていないから、なにをしているのか私が説明するからね」
セシルは興奮している。
純粋無垢な乙女をどれだけ自分好みの女性へ変えられるかが、セシルは楽しみ。
「はあ」
リリアのテンションは先程よりも低い。
次の内容もつまらないものだと思っている。
それとは真逆で、とても楽しそうにセシルは再生ボタンを押す。
進展していく内容を、セシルは楽しそうに解説していた。
「どう、リリア? 貴方がすること、されることがこれで分かったと思うの」
一時間程の内容が終わり、セシルは満足げ。
内容は、えげつないものではない。
普通に一般的な恋愛を経て、辿り着いた若きカップル同士の営み。
リリアにしたいというよりは、セシルが望んでも決して辿り着けなかった瞬間。
映像の実態はそうではないが、創作上そういう内容が含まれる作品だったため、どうしてもリリアにも見せたかった。
「………」
打って変わり、リリアは非常に不機嫌。
セシルが楽しげだったから一緒に見ていたが、相当に不愉快極まりない様子。
「リリアと私が今の映像と同じことをするのよ?」
「お断りします」
「赤ちゃん、欲しくないの?」
「欲しいに決まっています」
「だったら覚えないと駄目ね」
「仕方がありませんね……」
「ところで、リリアは今こういうことをしてもいいの?」
「なにか問題でも?」
「その身に子供が宿れば、闘いを行うなんて以ての外でしょう?」
少しだけ心配そうにセシルはリリアの腹部を擦る。
「なにも私に宿るとは限りませんよ?」
「限るのよ、リリアは女性だから。だって、どちらに宿るのか分からないのは魔力体同士の話だもん。男性同士でも女性同士でも問題なくどちらかに宿るのは、そもそも魔力体が性行為をしていないからだし」
あの魔力体に関する本のおかげで、セシルは専門家並みの知識があった。
「私に宿った場合でも戦いに支障ありませんわ。私が木っ端微塵になってしまったとしても」
「流石、魔力体なのかな。普通はそんなのありえないから」
「魔力体の私にとっては、それが普通ですが?」
「問題がないのなら、いいの。安心したわ」
電子機器から、記録媒体を取り出し、ケースにしまう。
「では……私は次回の対戦相手を確認しに行きます」
「うん」
不機嫌になっている自らをこれ以上セシルに見せたくなかった。
とりあえず、リリアはR・ノールコロシアムへと空間転移で移動する。
リリアは別に次回の対戦相手を確認しておきたかったのではない。
この場から離れる口実を探していただけ。