新居
ランキング順位が三十位になったら戦う。
そのように、杏里から言質を取れたリリアは意気軒昂。
もう一戦、何者かと戦いたい気分だった。
「リリア、無茶しないでよ……」
ジスとの戦いでも心底心配していたセシル。
いつも通り強気のリリアに危うさを感じた。
「私は最初から杏里さんともルインさんとも戦うつもりでした。強者との戦いで今以上に経験を積み上げれば、デミスとの戦いも有利となり得るでしょうから。では、次なる対戦相手となるセフィーラさんと戦うため受付に行きましょう」
「やっぱり……どっちとも戦うつもりだったんだ……」
流石にセシルもリリアにドン引きしている。
こうも簡単に命を懸けられるような女性ではなかったはずなのにと。
ひとまず、リリア、セシルは受付に向かう。
「あら」
受付には、以前と同じ水人の女性がいた。
「リリア、さっきの試合見たわ。おめでとう」
いつもの希薄な反応とは異なり、とても嬉しそうにしている。
「ええ、ありがとうございます」
対して、リリアは嬉しそうな素振りを見せない。
元々勝つのは端から分かっていたため。
「それは次の対戦相手が描かれた紙? もう次の戦いを求めるの?」
「そうですわ」
「なんだ、貴方も……飢えていたのね? 私にはできなかった、そういう飢えが分からなかったから」
「私は飢えてなどいません」
即答でリリアは否定する。
そもそも王族相手に飢えているだなどとの発言は、リリアの認識ではストレートの侮辱に聞こえていた。
「ともかくこれを受け取ってください」
受付の女性にリリアは紙を差し出す。
「次の相手は……あら? この子は、セフィーラじゃないの? 同じノール流を扱える者同士で戦うの?」
「ええ、私は誰であろうと勝たねばなりません」
「そう?」
なにかを知っていそうな反応をしていたが、女性は言葉少なめに受理して受付での対応は終わった。
「対応も終わりましたし、帰りましょうか」
「ちょっと、リリア」
「どうしましたか?」
空間転移を発動し、帰宅しようとしたリリアをセシルは呼び止める。
「まだ、あっちにも私たちは用があるのよ」
くいっと、親指を換金所の方へ向ける。
換金所は銀行と同じような造りがしてあった。
日々日常的に途轍もない金額が動くコロシアムである以上、最も厳重な施設となり得るはずだが。
見た目が平和な世界とほぼ変わらない形状をしているのは、つまりはそれだけこのコロシアム内が安定しているらしい。
「あちらへ?」
「忘れていないよね、リリアは勝利したの。コロシアムで勝利したからには、ファイトマネーを受け取らなきゃ」
「私は勝ちに来たのです、お金のためではありません」
「それじゃあ、コロシアムのコンセプトに反しているでしょ。私もあっちには用があるし、行きましょう」
「ええ」
渋々、仕方なくリリアはついていく。
リリア、セシルの二人が換金所へ向かい、入り口の自動ドアを潜った瞬間。
二人を視認した換金所職員たちの様子が急に慌ただしくなる。
その様子にリリアは何事かと思ったが、セシルは普通の反応。
「こんにちは、この券を換金したいの」
持っているチケット一枚をセシルはひらひらと見せた後、カウンターに置く。
「本日は誠におめでとうございます。セシルさん、本日は貴方が最も大勝した方です」
テラーの男性が綺麗な笑顔で、セシルに語りかける。
きちっとしたスーツ姿の男性は、髪色が赤く、瞳の色も緋色に染まっていた。
見るからに明らかな炎人の魔力体だった。
「やっぱり、私が一番大勝した感じ? リリアに賭けて良かったわ」
「なんの話ですか?」
「私も一緒に勝負をしたの、本当に一世一代の大勝負を。リリアが勝つ方に全財産と私自身の存在を担保に借りたお金でね」
「えっ?」
そんなこと、リリアは初耳だった。
勝ちの目があまりにも薄過ぎたからこそでき得た最初で最後の一世一代の大勝負。
当然だが、リリアに伝えているはずがなかった。
「ともかくリリアの勝利で、私はお金を手にした。これからは毎日贅沢をしましょうね」
「贅沢、ねえ……」
正直な感想だが、ほとんどリリアは関心がない。
「では、セシルさん、リリアさん。こちらへお願いします」
「ええ」
二人は換金所内を通って、応接室へと案内された。
「こんなところまで来ないとお金を受け取れないのですか?」
応接室へと通されたリリア、セシルは室内にあるソファーに腰かけた。
「そうなのですよ、とても受付のカウンターで渡すわけにはいかない理由がございまして……」
案内をした職員が答える。
「まずは、リリアさんにこちらをお渡しいたします」
そして、職員はリリアに小さな箱を手渡した。
「えっ、私に?」
対応しているのはセシルだったため、リリアは少し驚く。
とりあえず受け取ったリリアは箱の中身を確認した。
箱の中には、鍵が一つだけ入っていた。
「その鍵は、こちらのマンションの鍵です」
コロシアム周辺を映した航空写真を手渡す。
写真にはコロシアムを中心に広大な商業施設と、コロシアムと目と鼻の先に建てられた超高層マンションが映っていた。
「この先が写真に映された高層マンションの一室と繋がっております」
職員は空間転移を発動させた。
応接間の一角に、空間転移のゲートが現れる。
「そもそも高層マンションとは? 私は賭けを行っていませんよ」
「ああ、大変失礼いたしました。リリアさんは今回がコロシアムの初試合、初勝利でランキングに載られたので、コロシアムのランキング特典についてはまだご存じでなかったようですね」
「ええ、全く知りません。私は商品などが欲しくてコロシアムへ参加したのではありません、勝ちに来たのです」
「リリアさん、コロシアムへ参加したからにはなにがあっても勝者の権利を受け取らねばなりません。辞退などできないのです。それが創業者R・ノール様がお決めになられたルールの一つです」
「そういったルールがあるのですか、仕方ありませんね」
「ありがとうございます、リリアさん。この先には、リリアさんが手にした高層マンションの部屋があります。部屋への入場は空間転移でしか行えません。室内には、できる限り快適に過ごせられるよう事前に家具などはご用意させて頂いております」
「そうですか、それはありがとうございます」
あまり、リリアは嬉しそうではない。
「では、セシルさん。賞金のご用意が完了しましたので、そちらでご確認の程よろしくお願いします」
とにかく、リリア、セシルは職員に促され空間転移のゲートを通り、マンションの一室へ移動した。
「この部屋ですか……」
空間転移のゲートを通ったリリアは、マンションの室内を見渡す。
室内は独特な造りになっていた。
とても大きなLDKを囲う形で周囲には六つの部屋がある。
一方は全面ガラス張りの窓となっていて、意外と高い階層なのか遠くまで風景が見渡せた。
「この部屋は私の部屋と同じくらいに広く快適ですね。私が初めて自室にしても良いと思えた部屋でした」
「リリア、ここってリビングじゃないの? この部屋を基点に六つの扉があるから、その先に自室として扱える部屋があるんじゃない?」
「あの、あと少し気になることが」
「多分あれのことでしょ?」
リビングの端の方に、アタッシュケースの山があった。
「私たちは口座とかも登録していなかったから、現金そのもので受け渡しなのかも」
「ところで、一体いくらの賭け金を?」
「大体10億。ちなみに倍率は50倍だから、そこにあるのは大体500億くらい」
「はっ?」
リリアは呆然としている。
その金額はエアルドフ王国の一年の国家予算を凌駕していた。
「どうして、そんなに……」
「これが賭けの良いところであり、悪いところなんでしょうね。でも、私たちは勝った。それにこの世界のコロシアムは税金で取られるものが一切ないの。流石、R・ノール。総世界断トツトップの賞金首だけはある」
R・ノール個人とR・ノールの法人はこの世界の国に対して一切税金を払っていない。
文句を言われれば、R・ノールコロシアムを中心に造り上げた大都市を空間転移で移動すると公言するのは毎度のこと。
その払うはずだった税金分を全て運営費用や広告費用、様々な建物の新設や新たな技術開発に回している。
よって、リリアもセシルも受け取る金額が税金で取られることなく満額そのまま。
「これだけ部屋にあると邪魔ですから片づけを行いましょう」
「そうね」
流石に持っていくのは面倒なので、この都市内にある銀行へ新たな口座を作りにいく。
端から銀行側は二人が来るのが分かっていたようで順次対応していった。
いくら預けても金利は当然のように零。
投資信託など様々な金融商品を契約させられた。
しかしながら、二人の信頼性や金額の出所も全く問われず、二人が飽きて帰ってしまう前に大量の資金をわずか数時間で対応してくれた銀行は相当の手練れだった。