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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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初戦

試合当日の日となった。


時刻は、11時手前。


試合の開始時刻は丁度11時となっており、リリア、セシルはコロシアムの控え室で待機していた。


控え室は意外と広々としている。


汗臭さを感じさせるような施設ではなく、普通にホテルと同様の造りがしてある。


ただ、ホテルと違ってベッドがなく、代わりに身体を休められるよう大きなソファーや、料理が作れる簡素なキッチンの設備などがあった。


「………」


リリアは部屋の中央で無言のまま、精神統一をしている。


この控え室に来てから、ずっと精神統一をしていた。


「………」


セシルは近くのソファーに横たわりながら、雑誌を読んでいる。


雑誌を読むか、リリアをじっと眺めているかの2パターンだけ。


なるべく戦う前のリリアの負担にならないよう配慮していた。


「リリアさん、時間ですよ」


コロシアムの係員が控え室の扉を開き、呼びかける。


「もう、そんな時間でしたか」


声を聞き、リリアは精神統一を解く。


「準備が整いましたら選手入場ゲートへお願いします」


「ええ」


「あの、リリア……」


セシルがなにかを言いたそうにしている。


「どうしましたか?」


「リリアを信じていないわけじゃないけど、私たち死ぬ時は一緒よ」


「どうしたのですか、一体? 今は私の勝利だけを信じて待っていてください」


それだけ語り、リリアは係員とともに控え室を出ていく。


リリアが廊下を歩いていくと、廊下の先に広い空間が見えた。


「こちらから闘技場の舞台へ出られます。ご健闘をお祈りします」


「ええ、ありがとう」


この先が闘技場。


気を引き締め、リリアは足を進めた。


そして、リリアが広い空間まで来た時。


「さあ、新たな闘士が現れた! 今回なんと初試合の……ええ、なになに? リングネーム、エアルドフ王国の姫リリア選手の入場だ!」


リリアがコロシアムの闘技場まで来た途端に、男性の声でアナウンスが流れた。


観客席の一角にある実況席から、男性係員がマイクを手にしながら実況を行っていた。


突然の声にリリアは周囲を確認しながら闘技場の舞台へと足を進める。


観客席には大量の人。


どの席も埋め尽くされており、空席が見当たらない。


人は大量にいるのだが、リリアに興味関心はほとんどないようで入場したというのに反応が薄い。


「今回の試合は当然ながらエキシビションとなっておりますゆえに賭けは不成立……と言いたいところではありますが、ジス選手の勝ち行く様を見たい方々の他にもこんな状況でも賭けをしたい奇特な方もおられるでしょう! そんな方々のため、私どもは今回も賭けを行います! 今回のオッズはこれだ!」


声高々に係員は天井に吊り下げられた電光掲示板を指差す。


闘技場中央の天井に吊り下げられる形で設置された電光掲示板にリリア、ジス両名のオッズが表示された。


ジスが1倍、リリアが50倍と適当に決められた配分。


そもそも係員がうっかり、というか分かりやすく口走った通りに今回はジスが勝つだけのエキシビションマッチとしてセッティングされているのである。


誰もリリアが勝つなどとは思っていない。


それを象徴するようにリリアが入場しても観客たちは声援一つ送らず、ただこの退屈な時間が過ぎ去るのを待っているか、もう一つの入場ゲートを見つめ、主役が登場するのを待っている。


「リリア選手の経歴などについてですが、リリア選手は炎人の魔力体。身長171cm、体重20キロと魔力体級の階級。所属は傭兵部隊のスイーパーで、流派がノ……ノール流?」


途中までは普通だったが、笑いを隠せない口調で、ノール流と発音する。


「いやー、今はそういった時期なのでしょうか。たまに現れますね、こういう輩が。もうこれ以上はふれてあげない方がよろしいでしょうか、皆様」


そこで、リリアは闘技場の舞台中央まで行き、腕を組んで仁王立ちした。


特になにもリリアの心に響かない。


「さあ、次は主役の登場だ!」


もう一つの入場ゲートからジスが現れる。


ジスが姿を現した途端に、大きな歓声が上がった。


その歓声を一身に受け、しっかりとした足取りで歩みを進める。


ジスもリリアも相手を自らの目で捉えている。


その間に、係員がなにかを言っていたがジスにもリリアにも聞こえなかった。


お互いにお互いが、全集中力を向け合っている。


そして、ジスも闘技場舞台の中央まで行き、リリアと相対した。


直後、試合開始のブザーが鳴り響く。


即座にジスは構え、続けざまに強力な魔法障壁を張り巡らせる。


対魔力体との試合経験豊富なため、微塵も隙がない。


「………」


それをリリアは仁王立ちしたまま、静かに眺めていた。


なんらかの反応一つせず。


リリアがなにもせず、仁王立ちしたままだったため、ジスはいつものように攻勢をかけない。


正直、意を汲みかねていた。


仕かければ、一撃で打ち倒せる相手。


そういった類の名声を求めるためだけに挑んできた者たちともジスは戦ったことがあった。


普通なら破れかぶれに無理やり突っ込んできたり、無駄な注目を浴びるためだけの行動を取っていた。


しかし、リリアはなにもせず、腕を組み仁王立ちしている。


「さっきからなにをこそこそと……怖気づいたのですか? 未熟者め、恥を知りなさい」


ぽつりと、リリアはささやく。


それは、いくら歓声が大きくてもジスの耳に入った。


先程よりも強力な魔力を巡らせ、一気にリリアへ突撃する。


いつも通りに全力のストレートを顔面に叩き込んだ……はずだった。


ジスは両膝から床へ崩れ落ち、顔面を打ちつけ動かなくなった。


口から有らん限り大量の血を湧き出させながら。


その頃にはもうリリアはジスを見ていなかった。


自らが歩んできた道を戻り、控え室へ帰ろうとしている。


一切、勝ち名乗りもなく、軽くガッツポーズを取るわけでもなく。


ジスが倒れてから観客たちは水を打ったように静まり返っている。


「ジス選手……」


ようやく、係員が言葉を発する。


有り得ない事態が起きた。


その衝撃からなかなか言葉を紡げない。


「動かない……」


まだ、この期に及んでも係員はリリアの勝利を宣言しない。


「リリア!」


それよりも前に観客たちがリリアの名を絶叫した。


ジスとのレベル差七万、ましてや実際にノール流を体得していた新たなる怪物の出現を喜ばない者などいない。


わずかに一試合でリリアは観客たちの心を掴んだ。

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