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一族の楔  作者: AGEHA
第二章 一族の意味
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行き先

いつも通りの五時よりも早い時間帯にセシルは目を覚ます。


両手を上げて背伸びをすると、ベッドから起き上がった。


以前まで夜型だったセシルもリリアと生活をともにするうちに、すっかり生活リズムが整った。


今ではリリアがいなくとも、スムーズに同じ時間帯に目覚められるような体質になっていた。


「さてと」


セシルは朝の支度を済ましてから、テーブルにコーヒーと半額シールが貼ってある菓子パンを用意する。


十分程度の食事をすると片づけ、メイド服へ着替えるとセシルは空間転移を発動した。


場所の指定は、リリアの自室。


一瞬に近い早さで、セシルはリリアの自室へと移動した。


次の瞬間にセシルは、リリアのドレッサー辺りに現れる。


その時、丁度時刻は五時となっていた。


「えっ……」


リリアの自室へ来た瞬間にセシルは固まる。


「皆さん、ご覧になられましたか? 今のがセシルさんの能力、空間転移です」


すでにドレスへ着替えていたリリアが、セシルの方へ手のひらを向ける。


リリアの自室には、他に多くの兵士やメイド、そしてエアルドフ、レトの姿もあった。


「おー……」


多くの者たちは息を飲むような、とても驚いている反応を見せる。


誰もいなかった場所に唐突に人が現れる。


そのような光景を見たことがない者たちばかりだったのだから当然である。


「……ちょっと、リリア」


セシルは少し慌てていた。


魔力を有しておらず、なにも知らない者たちに他の世界があるという行為や能力を見せつけるのは事実タブーとされている。


当然、リリアも知っているはずなのに見世物のようにさせられ、流石のセシルも困惑する。


「皆さん。私は死の淵からの復活を果たし、今まで以上の強さを手にしました。今、この国に蔓延る厄災、デミスを打倒し得る者はこのリリアと、セシルさん以外にはおりません」


自らの胸に手を置き、リリアは力説している。


「二度、私は彼の者に手酷い敗北を喫しました。他の者でしたら奇跡的に拾えた命と、ここで勝利を諦めているでしょうが、私は断じて諦めません。なぜならば、彼の者は期限を設けました。それは、残り九ヶ月!」


「九ヶ月……?」


兵士たちはざわつき出す。


今の話を要約すると、つまりは九ヶ月後に再びデミスが現れるということ。


兵士たちはほとんど全ての者の表情が強張り、顔色が真っ青になっていた。


自分たちはリリアにでさえ到底敵わず、足元にも及ばない。


にもかかわらず、デミスはただの一撃でリリアを倒して退ける程の者。


もし、リリアが再度敗北を喫すれば次は……


そう考える兵士たちの様子に、戦いに詳しくないメイドたちも非常に不味い事態が起きようとしていると察知して動揺が広がっていった。


「皆さん」


リリアが呼びかけると、ぴたりとざわつきが止まる。


「私がデミスに必ず勝利します。それが、九ヶ月後に起きるただ一つの真実です」


リリアは確信を持ってそう語った。


本当はもっと色々と語りたかったが、ざわつきや動揺が広がったため、伝えたいことだけを。


強い自信に満ち溢れる口調、姿に皆一様に安堵していた。


リリアは以前と異なり、明らかに強くなった。


それは魔力を持たぬ者たちであっても分かるレベルで。


だからこそ、リリアの確信めいた口調、姿に自らの未来を賭けたのだ。


「よろしいですわね、お父様」


続いて、リリアはエアルドフに問いかける。


リリアとエアルドフの二人で話して決めればいいのに、わざわざ兵士やメイドたちを自室に招いたのはこのため。


昨夜と同様にエアルドフはリリアを止めようとしていた。


デミスを討ち果たすには、当然それと並び立つレベルの者に打ち勝てるだけの強さを持たなくてはならない。


だが、今のリリアにはそれがない。


この場で理解を示し、リリアを送り出せば、今後間違いなく地獄を見る日々が待っている。


父親としてリリアを止めなくてはならない。


そう強く感じていたエアルドフだが……


「頼む、リリア。この国を救ってくれ」


涙を流し、エアルドフはリリアに語る。


自分を、ではなく国をと語ったエアルドフの胸には様々な思いが巡っている。


なにもリリアがデミスに勝利することだけが全てではない。


昨夜話した内容の通りに自らが御印としての使命を全うし、リリアたちは次なる御印となる者を探すという方法がある。


「分かりましたわ」


言葉少なめに、リリアは頷く。


「皆さん、お父様からの許しを得られました。私は今以上の力をつけ、この場へ戻ってきます。よろしいですね、皆さん?」


「リリア将軍に敬礼!」


兵士長のかけ声で、兵士たちは敬礼をする。


なぜか、リリアがいない時に使っている渾名のリリア将軍と呼んでいた。


「では、セシルさん。魔導剣士修練場へ空間転移を」


「えっ? ええ」


場の空気に飲まれていたセシルは一瞬反応が遅れた。


「空間転移発動」


セシルは空間転移を発動し、セシルの近くにゲートが現れる。


二人は空間転移のゲートへ入り、魔導剣士修練場へ移動した。


二人が現れた場所は魔導剣士修練場の自室。


「あのさ、リリア。これからどうするつもり? 強くなるといっても、それって安易に口にできる程、簡単じゃないわ。それに私、もしもの時はって、エアルドフさんに聞かされていたことが……」


「まずは、スクイードさんに会いましょう」


セシルの話をスルーして、リリアは話を進める。


「デミスに勝てると思っているの?」


セシルは核心を突く。


相対しなかったが、あの化物じみた圧倒的な強さをセシルも感じていた。


「勝てます!」


結構食い気味にリリアは語った。


「………」


じっと、セシルは睨むようにリリアを見ている。


普段のセシルならリリアが強い口調でなにかを言えば、自ら折れるのがいつものパターン。


リリアが心に決めれば、決して諦めないのを知っていた。


セシルもこのタイミングでの判断が分水嶺になるのは分かっている。


大事な人を見す見す死にに行かせるわけにはいかない。


止めなくてはならないと強く思った。


「実際問題、あんな化物みたいな奴に一体なにをどうやったら勝てるのよ? リリア、貴方は正気なの? 生死の境を彷徨った貴方こそが誰よりも一番あいつの恐ろしさを理解しているはず」


「それが一体なんだと言うのですか? 恐ろしいから戦わない、死ぬのが嫌だから諦める。そのような選択をこの私が実際に取ると思いますか?」


「リリアにはその選択をしてもらいたいと思っているわ」


「もしも、そうなれば……」


リリアの表情からは気迫や自信に満ちた感情が消える。


「私は九ヶ月後に死ぬでしょう」


「いえ、リリアは死なない。今はリリアが御印ではないの。エアルドフさんが……」


「存じております。だからこそ、私は一生懸命戦います。これはもう私にしかできぬことなのです」


すっと、リリアはセシルの手を両手で握る。


「セシルさん、どうかこの私を引き止めないでください。お父様が死ぬ、そのようなことなど私には考えられません。このまま、御印の使命全うの期限まで私が待つなど有り得ないのです」


「………」


セシルは事前にエアルドフから、御印の役割についてや今後のデミスの対応を聞かされていた。


そのせいか、大事な認識が欠如していたと悟る。


リリアの一番大事な人が死ぬのだ。


そうした事実にどこか他人事でリリアの考えとは大きく異なった提案を自らしてしまっていた。


「リリアのしたい通りにするべきだわ。私にはリリアを止められそうにない」


「分かって頂けましたか。では、セシルさん。まずは、スクイードさんに会いましょう」


「スクイードに?」


「色々と聞きたいことがあるのです」


リリア、セシルはスクイードの自室へ向かう。


「スクイードさん、入りますよ」


扉をノックして呼びかける。


「どうぞー」


室内から声がし、リリアが扉を開く。


「あれ、リリアじゃないか! もう大丈夫なのか!」


役員用机でパソコンを打ちながら、書類を確認していたスクイードがリリアの姿を見て、椅子から立ち上がる。


「この通り、なにも不自由なく過ごせていますわ」


「凄いな、リリアは……」


スクイードは卒倒していて見ていなかったが、後に聞いたリリアの惨状は酷いものだった。


よくぞ、その身でこの世界に再び舞い戻ってきたと感心している。


「スクイードさん、聞きたいことがあります」


「どうしたんだ?」


話がしやすいようスクイードはリリアのもとまで来る。


「私はR・ノールコロシアムへ参加したいのです、参加方法を聞かせてください」


「R・ノールコロシアム……」


スクイードの表情が明らかに強張る。


「どうしましたか?」


「あそこは客としていくのなら別だが、あんなところに参加者として行ったって面白くもなんともないぞ。止めておくべきだ」


「私はどうしてもそこで参加者として戦いたいのです。どうすれば、私は参加者になれますか?」


「もう一度言うが止めておくべきだ。誰だって自慢の力を見せつけようと鳴り物入りで挑むがその末路は悲惨なものだ。R・ノールコロシアムは……地獄だ」


先程よりもスクイードの表情は硬い。


過去のトラウマを掘り起こしてしまったというのが見て取れる。


「そこがどんな場所か、参加してみた者にしか分からないだろう。勝ち筋も見えず、飯もろくに食えなくなり、地の底を這いずり回って、そして死ぬんだ。並みの者なら一月と持たない。この世の地獄だ」


「ご心配なく」


にいっと、リリアは口角を上げる。


そして、スクイードの手を握った。


「この私は、並の者ではございません」


「こ、この反応は……」


リリアが魔力によって、スクイードを解析しようとしているのが一瞬で分かった。


「か、解析ができるなんて……」


再び嫌なことを思い出してしまい、スクイードは調子が悪くなる。


「解析ができるようになったのなら……リリアならまともに戦えるかも。でも、絶対に無理はするな。無理したところでなにも良い結果にはならないのだから。これは、スイーパーの長としての命令であり、悲惨な目に遭った者としての忠告だ」


「ご安心ください、私の名声がスイーパーの名を広く世に伝えることになるでしょう」


「そうか、頑張ってくれ。件のR・ノールコロシアムに関してだが、別に誰かしらの紹介状とかは必要ない。金も地位も名誉も資格さえ必要なく誰でも自由に参加ができる。R・ノールコロシアムを指定してから空間転移を発動すれば、いつでも誰でも辿り着けるぞ」


あえて、スクイードはリリアに期待しているような反応を取らない。


無理に期待をかけ、リリアが自らのようになにかが壊れてしまうのは避けてほしい気持ちがあった。


「教えて頂きありがとうございます。では、これより私はスイーパーでの職務を一時中断させてもらいます」


「ああ、それは構わない。それとだが、いつでも帰ってきていいんだからな。負けても、逃げても、諦めても恥ではないんだ」


「ええ、心に留めておきますわ」


報告が終わったリリアは空間転移を発動する。


指定先は、R・ノールコロシアム。


リリア、セシルはR・ノールコロシアムへと移動した。

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