決意
「皆、帰っちゃったね」
会場の外で諸国の王族や貴族を見送っていたリリアのもとへセシルがやってくる。
「そうですね」
「私、凄く褒められちゃった。あんなに褒められたのなんて初めてよ。私は貴方に対して本当に当たり前のことをしていただけなのに」
「これは、セシルさんにしかできない偉業なのでしょう。ありがとうございます、セシルさん」
「なにか今日のリリア、変じゃない? いつも通りでいいと思うよ?」
「普段の私は一体どういう者だったのでしょうか……」
リリアはなんとも言えない複雑な気持ちになった。
「じゃあ、私はいつも通り魔導剣士修練場の部屋に戻るから、また明日ね」
「なぜ、そちらへ?」
「私はいつもそっちで生活をしていたし。エアルドフ王国で暮らすのもいいけど、やっぱり生活環境はあんまり変えたくないかなあって」
「そうですか?」
「それに、ほら。今日は私との時間よりも家族水入らずで過ごす方がリリアにとっても、エアルドフさんやレト君にとってもいいことだと思うの。私のことはなにも気にしなくていいわ、また明日来るから」
軽く手を振り、セシルは空間転移を発動して姿を消した。
「セシルさんなりに考えていらしたのですね」
そう思ったリリアは早速レトへ会いに行く。
皆が帰っていくのを見送っていたリリアとは異なり、先にレトは自室へ戻っていた。
「レト、いらっしゃいますか?」
レトの自室の扉を軽くノックする。
「リリアお姉様ですか?」
声を聞き、急いでレトは部屋から出てきた。
「レト、もう湯浴みは済ませましたか?」
「いいえ、まだです」
「それでは、今から行きましょうか」
レトは頬笑みながら頷き、リリアの手を握る。
二人は浴場へと向かって歩き始めた。
「私がいない間、レトは一人で湯浴みを?」
「そうなのです。でも、それにも慣れました」
「そう……でしたか」
なにか、リリアは寂しさを覚えた。
「いえ、やはりお姉様と一緒がいいです」
「私もです」
少し機嫌が良くなり、ふとリリアはあることを思い出す。
レトもそういえば魔力体だったと。
「レト、貴方は私やお父様が魔力体だと知っていましたか?」
「?」
言葉の意味が分からないようで、レトは首を傾げる。
「あの、お姉様。やはり、まだ意識が……」
「ついこの間まで私は自分自身を魔力体ではなく人だと認識していました」
「お姉様が?」
レトは頬笑みを見せた。
リリアの話を単なる冗談だと思っている。
「面白かったですか、それはなによりです」
リリアも頬笑んでみせ、冗談を話したで通す。
最初からレトはエアルドフもリリアも勿論自らも魔力体だと認識していたらしい。
そうして、二人は王族専用の浴場へ到着した。
隣り合って一緒に湯に浸かっていても、レトはリリアの裸に興味を示さない。
レトは実際に魔力体であるのだから、異性を意識しないのだと理解できた気がした。
湯浴みも終わり、二人は再びレトの自室前まで戻ってきた。
「では、レト。明日も私とともに」
「ええ、お姉様」
にこやかに頬笑みかけてから、レトは自室へ入っていった。
「さて、私も……」
そこから自室へ戻るまでの間、リリアは考え事をしていた。
レトでも自らを魔力体だと認識していたのに、なぜ自分は全く認識できなかったのだろう。
きっと、レトは水人の魔力体としての能力を誰からも教わらず自力でできるはず。
ノールの助力で今では炎人の魔力体としての能力が発動できるようになったが、それらを自覚できるようになったが故にリリアのコンプレックスになりつつあった。
「……えっ」
そのような思いで回廊を歩いていると、リリアは物悲しい波動を感じ取る。
それは些細な、本当に些細なもので、リリアがノール流を極めていなければ気づけぬ程のもの。
なにか胸騒ぎを覚え、リリアはそれが感じ取れた場所へと急ぐ。
辿り着いた場所は城の庭園だった。
庭園にある外灯近くの薄暗がりに、一人の人物がいた。
豪華な貴族らしい衣装をまとった恰幅のある男性の姿。
それで、リリアはエアルドフだと分かった。
「お父様……」
そっと、リリアはエアルドフに近づき、手を両手で静かに包む。
気づいたエアルドフはリリアの方を見た。
エアルドフは一人、涙していた。
手で涙を拭い、安心させようとリリアに頬笑みかける。
だが、リリアには涙の理由が一瞬で分かった気がした。
魔力を解析した結果、エアルドフが御印となっている。
御印についてをようやくリリアは思い出した。
「気づいて……しまったね。もっと後に伝えるはずだった」
「なぜ、お父様が? どうして……」
「リリア、落ち着いて聞いていてほしい。そして、どうか私を許してほしい。私は今までリリアに多くの隠し事をしていた」
「唐突にどうしたのですか、それよりもお父様が御印となられた理由は……」
「リリア、私たちは本当の家族ではないのだ」
「………」
非常に強く衝撃のある言葉に、リリアは返答ができない。
「私もリリアもレトも勿論プリズム、セヴランも誰もが血を分けた肉親ではない。そして、君はまだ20才にはなっていない。本当はもっとずっと若く、レトの方がリリアよりも年上なのだ」
「あの、その、一体なんの話を……」
途轍もない言葉が洪水の如く押し寄せ、リリアの頭は一種のパニック状態に陥っている。
「私は数ヶ月後には死ぬ。私が死んでからは、リリアがレトとともに私たちがそうしていたように他の魔力体たちをスカウトし、この世界に御印役を招いてほしい」
「お父様はあと数ヶ月しか生きられないのですか」
様々なことを聞かされたが、リリアがしっかりと認識できたのはそこだけだった。
すでに、エアルドフは生きることを諦めている。
「くうぅ……」
奥歯を噛み締め、リリアは涙を流す。
自らの過ちでエアルドフにそうさせてしまった事実にいてもたってもいられなくなり、リリアは地面に座り頭を下げる。
「お父様。どうか、その命を私に託しては頂けませんか」
一変たりともリリアは諦めてなどいない。
エアルドフが示した未来を見据えた選択肢など、とうに捨て去った。
「私とリリアは本当の家族ではないのだ」
涙し言葉を詰まらせながら、エアルドフはリリアの傍へしゃがみ込む。
「それが……それが一体なんだと言うのですか。私にとって、お父様は貴方しかおりません。この私のために身代わりになってまで、私を思い守って下さっているのになぜ私がそれを信じられようと思うのですか。絶対にお父様を死なせはしません」
烈火の如き、強い意志がリリアのうちに宿った。
もうなにがあってもリリアの意志は違えない。
とはいえ、その意志を成就させるには、あのデミスに打ち勝たなければならない。
レベル22万という正真正銘の怪物。
もしデミスを打倒し得る者がいるとすれば、R・ノールくらいなものである。
あの日、見たR・ノールという頂。
その高みへ到達するべく、リリアの自問自答の日々が始まった。