猫かぶり
時間が経過し、夕暮れ過ぎに宴が催された。
早馬を飛ばしていたのか、その日のうちに各国の国王などの王族たち、有名貴族、高名な学者や音楽家が会場に集まってきていた。
それは以前、リリアの誕生日にも見たことがある面々。
「随分と早いですわね。国内でならともかく、他国からこれ程にも早く移動ができるのでしょうか?」
続々と人々が集まってくる風景を会場方面が見えるテラスから眺めながら、リリアは独り言を語る。
当然ながら有り得ないと、リリアは思った。
「どうしたの、リリア?」
リリアの隣に伴っていたセシルが聞く。
今日ばかりはセシルもドレスをまとい、正装をしている。
そのドレスはリリアのまとうドレスに並び立つレベルの高級品。
化粧や立ち居振る舞いによってなのか、いつもの妖艶さがなく清楚な気品ある女性に見える。
「いえ、なんでもありませんわ」
「それならいいの。早く会場へ行きましょうよ。貴方がいなくては意味がないからね」
「ええ、そうですね」
以前と同じく自らが主役なのに、リリアには以前のような驕りが見られない。
セシルはその時の様子を知らないので、それについて特になにも語らなかった。
「ん?」
会場の扉前まで来たリリアがあるものに注意を向ける。
それは、料理が乗った配膳台。
リリアは無意識に近い形で配膳台から料理が盛りつけられた皿を取り、客のテーブルへ持っていこうとした。
「ま、待ちなさいよ、リリア」
セシルが結構強めにリリアの肩を掴む。
「どう……しましたか?」
「それは貴方が持っていくべきものではないわ。よく自分の立場を考えてほしいの」
リリアの手から皿を取り、配膳台へセシルは戻す。
「これは貴方と貴方のために集まってくれた人たちを持て成す側の者が行うべきことよ。貴方自身が持っていけば、貴方は自国の者にも他国の者にも舐められてしまう」
「そういうものですかね……」
仕方なくリリアは料理を運ぶのを止める。
それから、リリアは何事もなく至って普通に会場へと入った。
会場内の人々は一斉にリリアへと注目を向けた。
「御機嫌よう、皆様」
以前と同じくにこやかな笑顔でリリアは小さく手を振り、自らの座る席まで歩み出す。
なにか以前とは雰囲気が異なる。
それが、リリアには分かった。
驚きだったり、尊敬の念だったり、非常に好意的な場へと変化していた。
「リリア姫」
聞き覚えのある優しげな声とともに、リリアは手を掴まれる。
「レクタ王子?」
以前は嫌悪感を露にさせていたにもかかわらず、今ではそれが全くない。
リリアは手を掴まれた瞬間にレクタ王子の魔力を解析していた。
その結果、日々自国の領民たちのために苦労を重ね骨を折り、まっとうに生きている好青年だと気づけた。
なぜ、私はこのような人物を毛嫌いしていたのだろう?
自らが生きてきた世界の狭さが影響して視野狭窄へと繋がり、相手を本質的に理解できなかったのだと強く実感した。
「体調は悪くないかい? 我々のために君が無理をする必要はないんだ……そう言うつもりだった。でも、君はもう平気なんだな」
「お気遣い頂きありがとうございます、レクタ王子。私はもう平気ですよ」
「リリア姫、そういえば初めてですね。私の名を呼んで頂いたのは」
「私は貴方を誤解していたようですわ。レクタ王子、貴方はとても良き人物でしたのね」
二人が話している間。
周囲は明らかに沸き立っている雰囲気になっていた。
関係が急激に親密となり、これはもう婚約秒読みの段階になっていると勘違いをしている。
周囲の者たちにとっては、リリアが20才になったあのバースデーの日に婚約しているはずの二人。
当然ながら、いくら関係が良くなってもリリアがレクタと婚約する気は毛頭ない。
リリアはレクタから手を離し、軽く会釈をすると自らが座る席へと向かう。
すでにエアルドフもレトもそこにはいた。
「さあ、二人とも。席にかけなさい」
「ええ」
リリアは席へと座り、リリアの隣の席へセシルも座る。
「さあ、主役が来てくれた。皆、待たせて済まなかったな。此度は我が娘リリアのために集まってくれて感謝している」
それから、エアルドフはいつものように長々と話し始める。
エアルドフは好感が持てるようで、誰も話を聞き流そうとはしない。
最初から聞く気がなかったリリアは暇になり、会場内にどのような人物がいるのか見渡し始めた。
その時、エアルドフがあることを語る。
「皆、彼女がセシルだ」
セシルの名を語ったことで不思議に思い、リリアはエアルドフを見る。
すると、隣でセシルが立ち上がった。
「セシルは我が国で最も魔力の高い女性だ。リリアが死の淵から戻れたその奇跡を実現させられたのは、リリアが意識のない間に彼女が行ってくれた献身的な介護と魔力の供給があってこそだろう。私は新たな高位の地位を作り、それを彼女へ与えたいと思う。また彼女が望んだものを私のできる限りで与えてあげたい。今度は我々が彼女の健気な思いに答える番だと私は考えている」
「………」
静かにセシルはエアルドフの話を聞いていた。
エアルドフが話し終わると、セシルも口を開く。
「私という存在のために、エアルドフ国王がそのようにお考えだと知り、幸福を感じております。ただ、私は地位や名誉が欲しくてリリア姫様を支えていたのではありません。私はこの王国の一員としてすべき務めを果たしていたに過ぎません」
さも当然のようにセシルは地位も栄誉でさえも要らないと語る。
セシルが辞退したことに会場はざわつき出す。
能力も素質もあり、それを生かしてエアルドフ王国に多大な貢献を果たしたにもかかわらず、リリアが無事であったからそれでいい?
まさかと疑ってかかってしまう事態に、周囲はセシルへ驚きの眼差しを向ける。
まるでこの女性は、聖女のようだと。
リリアも驚きを隠せない。
露骨に猫を被っているのが手に取るように分かる。
こういうところでしっかりと弁えられ、着実に点数を稼いでいくのがセシルらしさ。
生活をともにしてきたからこそ分かったが、こうやってセシルは生き抜いてきたのだなとリリアは思う。
「しかし、それではあまりにも……セシル、我々は君に報いなければならぬ恩義を感じているのだ。どうか断らずに、なにか君が望むもので良いのだ、それを受け取ってほしい」
「では、一つだけ。これからもリリア姫様の隣で支えられる専属のメイドとしての立場を、この私に」
会場内は再びざわつく。
誉れ高き栄誉に対して地位や名誉や財産を与え尽くそうとしているエアルドフだったが、結局セシルはそれら拒否し、求めたものはただ一つだけ。
欲が一欠けらもなく、これからも無償の愛でリリアを支えていたいのだと非常に好意的に受け取られ、セシルを本物の聖女と見る者も会場内には多くいた。
数時間後、宴も終わり、集まった者たちはそれぞれの国へと帰っていく。
開催時点で、すでに夕暮れだったせいか辺りはもう闇に包まれている。
この時刻であっても離れた国へ諸国の者たちは帰っていくのかと、会場の外でリリアは見送りつつ思っていた。
やはり、空間転移を扱っているのだろうかともなんとなく思う。
以前とはリリアも状況が変わり、この世界らしさとも言える環境を理解した上での発想ができるようになっていた。