変わったお姫様
歓喜に満ち溢れる中。
エアルドフ国王、レト王子もやってきた。
「リリア、私が来た。もう大丈夫だ」
いつも通りの優しい口調のエアルドフ。
「リリアお姉様、心配していたのですよ……ですが、今日は本当に善き日です。またお姉様に会えて良かった」
涙を流しながらも、朗らかに笑って見せるレト。
「お父様……レト……」
すぐさま、リリアはメイドたちから離れ、エアルドフに抱きつく。
そこへ、レトも抱きついた。
ノールたちとの二ヶ月間に及ぶ共同生活で、リリアは若干ホームシックになっていたのもあり、二人に会えたのが心底嬉しかった。
「そうだ、リリア。この善き日に、宴を催そうではないか。リリアも皆にこの快報を知らせるべきだろう?」
「そう……ですかね?」
若干、リリアの歯切れが悪い。
今までのリリアならば。
リリアの良き知らせを知らないなどという事実が万が一にでも世に知れ渡ってしまえば、多くの者たちの人生に対し多大な損害を与えてしまうと自分優位な思想を張り巡らせ、開催は二つ返事の即決で決まっていた。
「どうしたのだ、リリア?」
それを知っているからこそ、リリアの喜ぶ顔が見たくてエアルドフは提案した。
だが、思っていた反応とは異なっていたため不思議に思う。
「私は、お父様とレト。そして、私を慕う皆様方のお気持ちだけでも十分過ぎるのです。この私がここまで慕われているだけでも勿体ないもので……」
「待ちなさい、リリア」
リリアの言葉を、エアルドフは遮る。
「皆はどうだろうか? きっと、リリアはただ寝て、起きてをしただけだと思っている。しかし、私たちは知っているのだ。死の淵にいたリリアが私たちのもとへ帰って来てくれたことを。この奇跡を、それをやり遂げたリリアをともに労り、祝いたいのだが皆の思いを聞かせてほしい」
「勿論でございます!」
以前、リリアにボコボコにされたことがある兵士長が腹の底からの声を上げる。
「私たちはエアルドフ国王、リリア姫様、レト王子様の治めるこのエアルドフ王国の一員として、今日この日にリリア姫様が成し遂げた奇跡を祝わせて頂きたく存じます!」
兵士長の語る言葉に皆、力強く頷き、理解を示す。
まるでそれが共通認識であるかのように。
そして、メイドだろうが兵士だろうが各々目がマジだった。
皆が全身全霊でリリアの功績を是が非でも祝いたがっている。
「え、ええ。是非とも皆様方に私は祝って頂きたいです……」
リリアは怖さを感じた。
この国の事実を知ってしまったからこその認識。
やはり、スクイードやノールが話していた通り、ここはR・クァールというR一族の支配地域R・クァール・コミューン内なのだろうと。
なぜならば、リリアは自らの過去を顧みて、メイドや兵士たちにここまで熱狂的に支持される程、他人に良くして来たことはない。
視野狭窄のお姫様から、世間を見て仕事をし他人からの本当の評価を理解し、精神的にも成長できた今現在のリリアだからこそ現状の姿が手に取るように分かる。
エアルドフはこの事実を知っているのだろうか?
それが、リリアには気になった。
「リリアが受け入れてくれて本当に良かった。さあ、皆。今から忙しくなるぞ」
「はっ!」
兵士たちは敬礼し、メイドたちは礼をし、各々持ち場へ向かう。
「リリアが城を離れている間や、寝ている間に新しいドレスを誂え、新しい装飾や宝石を一通り揃えて置いた。女性のお前のことだ。きっと、宴の時間に間に合わなくなる。今から、この王国に相応しい姫だと自信が持てる姿になりなさい」
「……そうですわね」
リリアの反応は非常に悪い。
リリアの内面には様々な感情が渦巻いていた。
「さあ、リリア。こっちよ」
どこか楽しそうにセシルがリリアの手を引き、自室へ戻そうとする。
「セシルさん?」
「今は私がリリアの専属メイドなの。全て私に任せなさい」
自信を持って、セシルは話している。
リリアのために自室の扉を開き、セシルはリリアの後ろに控える。
「あの、セシルさん?」
「なに?」
「メイドとしての行動を取らなくても良いのですよ。第一に貴方はメイドではなく客人です」
「リリアの意識がない間、色々とあったの。私は貴方をお世話するのが好きだし、好きだからこそ自由にさせてもらうわ」
「そうですか? なら、お任せしますよ」
リリアから自室に入り、セシルも部屋に入ると、そっと音を立てないように静かに扉を閉めた。
「リリア、次はお召しものの着替えを……ああ、着替えをしましょう」
「セシルさん」
「まだ、着替えるの早かった?」
「次、私に恭しく接したら、これですよ」
セシルに向かって、拳を突き出して見せる。
「セシルさんと私は対等です。確かに私はエアルドフ王国の姫ですが、私たちは良き友人同士ではないですか。いつものように接してください」
「ふふっ……ただ、言い間違えちゃっただけよ」
綺麗な笑顔をセシルは見せる。
そのあとで、目を擦る仕草をした。
「リリアに出会えてから私の人生は好転したわ。本当に私、こんなに良い人生を送れてもいいのかって思うくらい。リリア、貴方に逢えて本当に良かった」
「なんですか、いきなり」
「さあね」
リリアの手を取り、アイボリー色の色調がなされたワードローブ前に連れていく。
「リリア、どれにする? 貴方の好きな色ばかりよ」
セシルが扉を開いてあげた。
「沢山、ありますね」
こんなにドレスがあったかな?とリリアは思っている。
「で、これが貴方のためにエアルドフさんが誂えさせたドレス」
「このドレスは……」
以前、誕生日の日に見たようなコルセットドレスだった。
もしかしたら、コルセットドレスの締めつけで気絶し、女性らしさを演出させようとしたかったのではなく。
このドレスの種類を好きだと誤認されているのではないかと思い始めた。
「これは、セシルさんにあげます。私は今着ているドレスで十分です」
「リリアが着ているそれって普段着みたいにいつも着ているドレスでしょ? 少し擦れてきているよ?」
「分かりましたわ、着ればいいのでしょう?」
ひとまず、リリアはセシルにドレスを脱がしてもらう。
「あっ……良い匂い」
ぎゅっと、セシルはドレスを抱き締める。
「あの、セシルさん?」
「ああ、ゴメン」
ドレスをワードローブ内に戻し、リリアの前にしゃがむと下着に手をかけ、一気に降ろす。
「あの、セシルさん?」
「ん?」
不思議そうに、セシルはリリアを見上げた。
リリアの足首まで降ろした下着の端を両手で持ちながら、リリアが足を上げるのを待っている。
「この、アングルのリリアって良いね」
「下着は取り換えなくてもいいですよ。今さっき、私が穿いたものです」
「そんなわけないでしょ、着ていたとしても昨日の夜よ」
「目覚めたら裸でしたの」
「……もしかしたら」
斜め上の方を眺めながら、セシルは深く考え出す。
「裸のままの方が可愛いと思ってしまったからかも」
「………」
なに言ってんだこいつ?とは思ったが、口にはしない。
素直にリリアは以前の専属メイドの方に変えてほしいと思った。
「それじゃあ、取り換えないわね」
ゆっくりとした手つきで再び下着を穿かせ、次にコルセットドレスをワードローブから取り出す。
「さあ、リリア」
「ええ」
リリアはセシルにドレスを着させてもらう。
しっかりと相手を思いやった着せ方の心得があるようで、セシルは手慣れていた。
「あの、セシルさん。そういえば、以前の専属の者はどうなさいましたか?」
リリアは鏡の前でポーズを取りながら、ドレスがあっているか確認している。
「ああ、あの人? あの人なら結婚して仕事を辞めたわ」
「えっ?」
「この城で仕事量が最も多い仕事ってなんだと思う? それはね、リリアのお世話だったみたい。あの人は過重労働で自分を捨ててでもリリアのお世話に命を懸けていたの。でも、リリアが城を出たからようやく自分の時間が取れて人並みに恋愛をしていたら子供ができて辞めたの」
「ええ……」
「リリア、いくらお姫様だからってなんでもかんでもわがままし放題なのは駄目よ?」
色々と聞かなければ良かったとリリアは後悔した。