様変わり
祝いの会が行われたその翌朝。
時刻は六時半となっていた。
「?」
ベッドに横たわるリリアは不思議に思うことがあった。
普段と異なり、隣で寝ているはずのノールが起きなかったため。
いつも通りの時間とは一分差でリリアは目を開く。
目を開けた先には、見覚えのある天蓋が見えた。
それはそれは絢爛豪華な、リリアの最も好きな色である紫を基調とした作りの見慣れたもの。
「この光景は……」
リリアは上半身を起こす。
紛れもなく、この見ている風景はエアルドフ王国の自室内だった。
左右を見ても、ノールやミール、エールの姿はなく、あの家らしい部分が一欠けらもない。
「私は夢を……見ていたのでしょうか?」
とりあえず、リリアは確認のため部屋を出ようと考えた。
「?」
ベッドから這い出ようとしたが、リリアは衣服を身につけていなかった。
疑問を感じ、もう少し毛布を捲ると全裸で寝ていたのだと気づく。
「………?」
不思議に思ったが、リリアは炎人能力を駆使し、炎人衣装を身体にまとわせる。
毛布があったり、ベッドに座っていてもなにも問題なく、最初から着用していたようにどこかへ巻き込まれることもなく炎人衣装は現れた。
「これで良しと」
リリアはベッドから這い出て、ゆっくりとアイボリー色の色調がなされたワードローブへ向かい、下着を取り出す。
炎人衣装を消し、下着を身につけると次に普段着にしていた紫色のドレスをまとう。
「あとは……」
すたすたと、ドレッサーへ向かう。
ドレッサーの椅子に座り、リリアは髪の手入れを始める。
「あれ?」
この時、リリアはあることに気づく。
ドレッサーの台に両手を置き、鏡を覗き込むようにして見る。
リリアが気づいたこと、それは瞳の色だった。
炎人であるリリアの瞳の色は真紅の色をしている。
なのに、今は綺麗な青色の瞳をしていた。
「な、なんなのかしら、これって……」
非常にリリアは焦っていた。
もしかしたら、視力がなくなってしまうのではないかとの恐れがリリアにはあった。
ひとまず、目を強く閉じてから開く。
だが、色の変化はなく変わらない。
次にリリアは魔力を瞳に集中させた。
それによってか、リリアの瞳の色が普段の真紅の瞳へ戻る。
「今のは、なんだったのでしょうか?」
若干気分が落ち着いたリリアはドレッサーの椅子から立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
その時、ふいに部屋の扉が開いた。
入ってきた人物は、なぜかメイド姿のセシルだった。
「どうしたのですか、その格好は?」
なにを遊んでいるんだと、リリアは思っている。
「リリア……?」
セシルはリリアを見て、固まった。
「どうしましたか?」
声を聞き、セシルはリリアに駆け出して思いっきり抱きついた。
「うわっ!」
驚いた声を上げ、セシルはすぐにリリアから離れた。
「一体なんなのですか、失礼ですね」
そういうリリアも驚いている。
「貴方、本当にリリアなのよね?」
「これ程の麗しき美女を貴方は他でも見ましたか?」
「いいえ? そうじゃなくて、そういう意味じゃないの。今までと魔力量が段違いじゃないの。貴方はずっとお人形さんになっていたのに……なにがあったの?」
「それについては、私も聞きたいことがあります。セシルさん、貴方は随分とお強いのですね。あのスクイードさんよりも」
「一度、身体にふれただけで分かったの?」
「私、騙されていたのですね」
「でも、それは私が戦闘向けじゃないからよ」
「セシルさんは私と同じアタッカー専門じゃないですか。私が解析をしたのですよ? 嘘をついても手に取るように分かります。魔力は決して嘘をつきませんので」
「なんか、リリア怖い。貴方のレベルじゃ、解析なんかができるはずないもの」
「私のレベルは今では十万程ですわ。それとですが、魔力体以外で解析という言葉が分かる能力者は、レベルが十五万以上あると聞かされました」
「確かに私はレベルが十五万以上あるわ。でも、一体それはどこの誰に聞いたのよ……なにもかにもが今までのリリアとは別格じゃないの」
「それはいいとして、私はお父様に会わなければなりません」
「そ、そうね。貴方が目覚めたのを知れば、きっとエアルドフさんも喜ぶと思うの」
「ええ」
リリアは部屋を出ていく。
「……リリア姫様!」
偶然、リリアの部屋の前を通りかかったメイドがいた。
リリアに気づき、メイドは驚いている。
「お勤めご苦労様です。ところで、お父様はどちらにいらっしゃいますか?」
「リリア姫様!」
リリアが労いの言葉を口にした事実があまりにも衝撃的で先程よりも驚いている。
労いの言葉など、メイドという仕事自体を下に見ていた今までのリリアが口にするはずがない言葉。
あっても自らの部屋を掃除したり、着衣を整えてくれる専属のメイドのみに対してだけだったから尚更である。
そのあと、メイドはリリアの手を両手で握った。
「リリア姫様、意識が戻ったのですね!」
「ええ、そのようですね」
やけにリアクションが大げさだなと、リリアは思っている。
メイドの声が大きかったからか、それに気づいた兵士や他のメイドたちも続々とリリアのもとへとやってきた。
リリアの身体や体調を心配する者。
リリアが目覚めたことに感激または感涙する者。
それぞれが様々な反応を取っていた。
この反応を見ても、今までのリリアだったのならば。
やはり自らがそうされるだけの貴き存在なのだと強い自負心が働き、笑みを表情に浮かべそうなものだったが……
「皆さん、この私をこれ程までに心配なさっていたのですね……」
リリアの頬にも静かに涙が伝う。
感極まった何人かの若いメイドがリリアに抱きついたが、振り払うことなくリリアも大事そうに抱き締める。
その中には、セシルもいた。
「良かったよー、リリアぁあー」
セシルは他のメイドたちよりも泣いて、そして喜んでいた。
先程はリリアの変化に、驚きのあまり心境や本音を言い出せなかったが、場の空気からその感情が露わになった。
こういうところで無意識に点数稼ぎをするのが、セシルは得意だった。