ノール流
翌日の訓練。
それは、ミール・エールがアカデミーへ出かけてから始まった。
ノール、リリアの二人は昨日と同じくログハウス風の家と黒塗りの屋敷の間辺りにいる。
「それじゃあ、リリア。ボクは昨日のことで大体君の能力についてを把握した。とりあえずは現時点からの更なる向上を目指す方向で話を進めていきたい」
とても、いきいきとした様子でノールは話している。
前日の段階で、リリアには戦闘のスキルやセンスがないと判断していた。
だが、ノールが教えるノール流とはスキルやセンスなど必要がない。
そのようにノール自身が自負している。
「よいしょっと」
自然な流れで、ノールは魔力を高めていく。
ノールの魔力の質は、他とは段違いの高精度を誇る。
研ぎ澄まされ、潤沢であり、底の知れぬ魔力量。
「リリア、この状態がいつまでキープできると思う?」
「ノールさんならば……きっと、いつまでも」
「正解だよ、リリア」
問いかけの答えが合っていたようで、ノールは頬笑む。
「ノール流とは、簡単に言えば基礎中の基礎の向上なんだ。逆に言えば、それでしかない」
「そんなはずがありませんわ、ノールさんの能力を見れば分かります」
「もしもリリアにボクが強く映ったのなら、それこそノール流をこのボクが真髄まで極めている証拠。今からボクと同じ通りにすれば、リリアもボクと同じになれる」
「えっ……」
リリアは絶句した。
なにを言っているのか皆目見当がつかない。
ノールの魔力邂逅という高みは、一朝一夕で到達できる位置ではないからだ。
おそらくは自らの生涯をかけても絶対に到達不可能の領域。
「さては、難しいと思っているね?」
「当然ですわ」
「でも、今ではレベルが五万もあるんだ。とりあえず、今のボクのように最大には及ばない程度に魔力を身にまとって」
「えっ、ええ」
リリアは言われた通り、魔力をまとい出す。
大体、七・八割を基準に発揮していた。
「よし、それくらいでいいよ。殺し合いをしている時ならともかく今はフルパワーでもそれくらいのはずだから。リリアはその状態をどれくらいの時間キープできる?」
「それは……分かりません」
「試したことないでしょ? ボクにノール流を習いに来た人たちも、そのことごとくが試したことがなかったよ。こういうのは誰かに言われて初めて実践するものだしさ」
「やはりそうですか」
「とりあえずは、自分の最も維持しやすいと思える状態で……」
そこで、ノールは話すのを止める。
「どうしましたか?」
「もう無理とか大変だなと思ったら、すぐに言ってね。人は魔力切れを起こしても問題ないけど、ボクら魔力体が魔力切れを起こすと分解という死に至るから」
「分かりましたわ」
リリアは静かに目を閉じ、いつもの両手を合わせた精神統一の体勢に入る。
それから、二人はずっとフルパワーぎりぎりの状態を維持し続ける。
リリアは三十分程で限界が近づきだした。
身体がふらつき出し、このままでは不味いと思い始める。
「す、すみません……魔力の維持を止めます」
「いいよー」
ノールの声を聞くとともに、リリアは地面に崩れ落ちる。
魔力の激しい消耗により、疲弊し切っているリリア。
申しわけない気持ちがあり、閉じていた目を開いたリリアはノールの方を見る。
「ん? 休んでていいよ?」
ノールはフルパワーに近い状態で、地面に横たわりながら雑誌を読んでいた。
「………」
リリアは驚愕していた。
現在の状態を維持するだけでも難しいのに。
暇そうに雑誌を読むなど闘争心を100%無視する形では、尚のこと魔力を維持などできるはずがない。
「ああ、凄く疲れちゃってたのか。リリア、手を出して」
「ええ」
ノールは差し出されたリリアの手を掴む。
一瞬に近い速さで、リリアは自らのうちに魔力が満たされていくのを感じる。
訓練を始める以前よりも魔力量が増していた。
「これでまたフルパワーを維持できるね」
楽しそうにノールは頬笑みかける。
「ええ、そうですね」
自らの手を見つつ、リリアは立ち上がる。
再び、リリアはフルパワーに近い状態で魔力を維持し続けた。
「よし、頑張れ頑張れ」
相変わらず、暇そうにノールは話している。
それからは繰り返しが始まった。
魔力切れを起こしそうになれば、ノールが魔力を供給して、再度リリアはフルパワーで魔力を維持する。
繰り返しが何度も行われるうちに、リリアの維持できる時間は伸び始めていった。
「そういえば、なのですが……」
「ん? なに?」
「いつまで続けてよいですか?」
「リリアの気が済むまで、いつまででもいいよ」
「しかし、そろそろミールさん、エールさんが帰ってくる時刻となるはずです」
「もしかして、時間を数えていたの? それじゃあ、今日は終了で」
ゆっくりと、ノールは地面から起き上がる。
ずっと、ノールはフルパワー近くを維持し続けていた。
それを今やっと緩めた。
「リリア、ミールとエールの前ではフルパワー近くの維持はしないようにね、驚かせちゃうし。だから、次は別の方法をしていよう。それは魔力流動だ」
「魔力流動ですか? まさか、それも……」
「明日の鍛錬を行う時まで、ずっと魔力流動をしていてね。身体の同じ場所にだけ魔力を貯めるのではなくて、しっかりと全身に魔力を絶え間なく行き来させるんだ」
「……はい」
とてもではないが、身体が持たないと思った。
このまま言われた通りにしていては本当に死んでしまう。
「それじゃあ、リリア。夕飯を作ろうか」
リリアの考えとは異なり、ノールはリリアが良い線行っていると思っている。
魔力体とは、一人で衣食住ができるという性質がある。
ましてや三大欲求も存在しない。
人化などせずに、魔力のみの姿として総世界中を漂うのがある意味正しい姿と言える。
ましてや自然発生型が大部分を占めているため、種の存続など必要がない。
そのおかげで誰にも頼らない一匹狼のような者ばかり。
せっかく強くなれる状況を手取り足取り作り上げても、音を上げるのではなく気移りして止めてしまうのが魔力体には非常に多い。
そのような魔力体ではないと分かっただけでも、リリアが殊勝な人物だと本当に思えている。
ノールはワクワクしてきていた。
これからが大事なのだ。
相手および自らの魔力量を即座に認識し、反射に近いタイミングで魔力体化も行え、一瞬で攻守のために魔力流動を熟せる。
これにより、索敵・変化・攻撃・防御・回復の五つの対応が戦いに活かせるようになる。
まだまだ操作・解析・奪取と続くが、それらが熟せて初めてノール流会得の第一歩。
基礎中の基礎とされてはいるが、その実態は困難に次ぐ困難である。
ノール流には合計で数万程度の受講者がいたが、ノール流の免許皆伝者はわずかに11名。
それでもリリアならやり遂げられると、ノールは信じている。