新たな行動
二人でおやつのショートケーキを食べていると……
「ただいま」
ミール、エールが帰宅した。
「おかえり、今日はどこに行っていたの?」
リリアと一緒にショートケーキを食べていたノールがテーブルの椅子から立ち上がり、帰ってきた二人のもとへ行く。
「ん? 城の図書館だよ」
迎えてくれたノールに笑顔を見せ、エールが答えた。
即座にテーブルのショートケーキにエールは気づき、そちらに目線がいく。
「今日は図書館かあ……」
ノールはキッチンに行き、ミール・エールの分のおやつを用意し始める。
「あっ……というと、リリアがこの家に来てから丁度一ヶ月か」
しみじみと語っていると、ノールの視界の隅になにかが映る。
「オレの分もある?」
ノールの隣に、クロノが立っていた。
「いつ、この家に入った?」
「ミール、エールと一緒に入ったろ? なんていうか、わざわざ持て成してもらっている身の上でこんなことを言うのはどうかと思うけど、オレもな、オレなりに忙しいんだ。支払いが済んだら、すぐに出ていくよ」
「誰も持て成してはいないんだが」
二人のおやつを用意すると、それをテーブルに置く。
「ミルクティーが冷める前におやつにしよう」
ミール、エールに語り、ノールはベッド脇の棚に近づく。
そこから前回同様に百万の束一つを取り出し、クロノに持っていく。
「はい、今月分」
「こういうのは、信頼関係だ。相互理解の上での契約なんだから、土地をわずか百万で使わせて頂きありがとうございますクロノさん、くらいはたまに言ってみても罰は当たらないぞ?」
クロノは諭すように軽くノールの肩をポンと叩く。
「もう帰ってくれない? 今からおやつの時間なの」
「そうだな、家族の団欒は大切だ。悪かった、謝るよ」
今月分の土地代を受け取れたクロノはさっさと帰っていく。
「あの者は礼儀が全くなっておりません」
先月から気に障っていたことをリリアが語る。
「先月も話したけど、クロノはボクの友達なの。彼は魔法も扱えないけど、この魔力邂逅のボクにも堂々としている。それは、帝だからだよ。なんでもかんでも平身低頭でお願いする姿を領民になんて見せられないでしょ」
話ながら、ノールもテーブルの椅子に座る。
「つまりは、独裁者ですね。あの態度を見ていれば分かります」
「独裁者でもないよ、それにあの態度はお金が絡む時だけ。もしも端からそういう独裁者だったのなら、ボクとの初対面時に墓の下」
「あの、どうしてノールさんはあのような者に従っているのですか?」
「一般常識でしょ、普通。強ければ従わなくてもいいとかやっている無頼漢が手配書に載る悪い奴なんだよ。リリアちゃんも歴とした能力者なんだから、まともな神経を残しておかないと駄目」
気にくわない発言だったせいか、ノールは説教口調で話している。
「ノールさんも手配書に載っていますよ?」
「………」
静かにノールはリリアを見ていた。
「あれは、総世界政府クロノスと敵対していた名残。あと、正義の使者呼ばわりされるのは避けたかったから。傭兵は金さえあればなんでもする外道なんだよ」
「姉貴、ちょっとうるさい」
エールが文句を言う。
「うん」
そこで、ノールは話すのを止め、ショートケーキを食べ始める。
「リリア、この家に来て一ヶ月になるけど、なにかしてみたいことは見つかった?」
ミールがさり気なく聞く。
「いえ、今でも私はなにをしたかったのか、なにをしてみたいのか、それが全く分からないのです」
「なら、僕たちと一緒にスロートのアカデミーに行かない?」
「私、ミラディ城で勉学を積んでおりますの。スロートのアカデミーには通いません」
「ミラディ城? どこそれ?」
「エアルドフ王国の私の城です」
「?」
ミールはノールを見る。
「エアルドフ王国はR・クァール・コミューン内にある世界の、一つの国だよ。そこの統治は、エアルドフという魔力体がしているだろうから、リリアの城ではないよ」
「なぜ、それを……」
ノールがあっさりと嘘を見破り、リリアは少し狼狽える。
「以前、リリアちゃんが話してくれたじゃん」
「そうでしたか?」
「アカデミーに行かないのなら、姉さんが話していたアレ。教えてみたら?」
とにかく、ミールはリリアになにかをさせたがっている。
一ヶ月をともに過ごしていたため、リリアが暇そうなのが気になっていた。
「どうしよっかな」
ぼんやりとリリアを見てから、ミルクティーを飲む。
「リリアちゃんは弱いから」
「ああ、やっぱり」
なぜかミールは、そしてエールも納得している。
「少し、よろしいでしょうか? この私が弱いという言葉は聞き捨てられないですわ」
「なにも普通のことだよ。ボクよりも強いのは、総世界内で十数人くらいじゃないかな」
まだ、ぼんやりしながらリリアを見つめている。
「それでも、“ノール流”は来るもの拒まずだし。弱いリリアちゃんにも教えてあげる」
「それは一体なんですか?」
「ボクは魔力体が一人でも生きていける術や、一人でも戦い抜ける術を教えているの。もしも気になるのなら、おやつを食べ終わってからにしよう」
「ええ」
若干、興味があったリリアはひとまず話を聞いてみようと思う。
おやつを食べ終わり、片づけが済むとノールは定位置にしているソファーベッドに横たわる。
「あの、ノールさん」
「ノール流に興味あるの?」
「そうですね」
「それなら」
ソファーベッドから立ち上がり、ノールは家の外へ出ていこうとする。
「どちらへ?」
「これから体術を含めた技を教えるから家の中では不味いの。他人の家だったら構わないんだけどね」
楽しげに語り、ノールはリリアと手を繋ぎ、家の外へ出ていく。
それから二人は丁度、ログハウス風の家と、黒塗りの屋敷の間に行く。
そこまで行くとノールは手を離し、水人能力を発動させる。
ノールの右手には、魔力でできた水竜刀という細身の魔法剣が出現する。
「えっ?」
危険を察し、リリアはとっさに構えの体勢に入った。
「近接戦闘の構え? ふうん、リリアちゃんは徒手空拳で戦うのか」
「ええ」
「早い段階で君の得意な戦い方が分かって良かった。ボクも同じく徒手空拳で戦う」
剣の切っ先を地面につけ、ノールは地面になにかを描いていく。
リリアが立っている場所を中心にした丸い大きな円だった。
「リリアちゃん、ここから出たら負けね」
そういうと、ノールはリリアから一メートル程、離れた位置に立つ。
すると突然、周囲に描いた円の位置から透明なドーム型の障壁が現れる。
「これは、封印障壁。これを張ったからそもそも出られないんだけどね」
ノールは持っていた水竜刀を消す。
「………」
なにも話せず、リリアは静かにしている。
率直にノールが怖かった。
家にいる間はさほど感じなかったノールの強さ。
同じ魔力体とは思えないレベルで魔力量も能力値も桁違い。
「味方であるうちは分からなくとも、敵として対峙して初めて分かるものがある。このボクが優しくて才色兼備なお姉さんだと思った? ボクは魔力邂逅だよ。リリアちゃんと同じに見えてもリリアちゃんとは全然違う」
怯えの様子が窺えるリリアに近づき、構えの姿勢を眺める。
「あっ」
そこで、ノールはなにかを思い出す。
「久しぶりだから忘れていた。リリアちゃん、炎人衣装に着替えて」
「……えっ?」
恐怖が和らいだのを感じた。
なぜ、ノールへの恐怖心が薄れたのか分からず、若干反応が遅れた。
「ボクは基本的にノール流を、魔力体としての衣装をまとった者にしか教えていないの。つまりは、人以外にね。それにリリアちゃんには魔力体の尊厳も自覚してもらいたい」
「着るのは構いませんが……」
「ドレスはボクが持っていてあげるから」
「まさか、ここでですか?」
「こんな街外れに誰も来ないよ」
「ええ……」
仕方なく応じ、リリアはドレスを脱ぎ、下着姿になる。
下着姿になったと同時に、リリアの身体には炎人衣装がまとわれていた。
ノールがまとう水人衣装とはまた別の独特な刺繍がなされたワンピース状の衣服。
「これが、私の炎人衣装ですか」
いつの間にか、まとわれていた炎人衣装を確認している。
「この世に一つしかない君だけの炎人衣装だよ、大事にしないとね。大事にしなくとも、炎人化する際と同じ要領で魔力を駆使すれば破れもほつれも滅失していても一瞬で直るけどね」
「とても便利ですね、この衣装があれば激しい鍛錬でも衣服を気にせずにいられます」
リリアは衣装からノールに視線を移す。
綺麗に畳まれたドレスをノールは水人の能力を駆使し、身体にしまっていた。
「ドレスはボクの空間にしまっておいたから、そろそろ鍛錬を始めようか」
再び、リリアはノールに対し、強く恐怖を感じた。
ノールを凝視し気づいたが、ノールの瞳が水色から銀色へと変化していた。
変化は、覚醒化。
能力値の向上により、リリアなど端から手に負える相手ではない。
「強い相手を見るのは初めてかい、リリアちゃん? 今から君はなにも考えずにボクを攻撃するんだ」
リリアの手を引き、自らの顔にくっつける。
「こことかを殴るんだよ」
その時だった。
リリアの本能が絶好の機会と察知し、渾身の力で拳を振り抜いた。
「ん?」
痛みによる悲鳴でも、怒りによる怒声でもなく、不思議に思った際に発する言葉を出し、ノールは地面に倒れる。
即座にリリアはノールに馬乗りになり、頭部へ猛攻をかける。
この際、ノールを俯せの状態にしていた。
強い恐怖を覚え、この場で仕留めておかなければならないと思っていながらも、恩人を痛めつける際にその表情を見るのがリリアは嫌だった。
罪悪感からノールの顔を見ないように攻撃を続ける。
その攻撃が数分近く続いていた時……
「リリアちゃん」
ノールが突然リリアに呼びかける。
呼びかけるのと同時にノールはリリアが馬乗りになっている状態で普通に立ち上がった。
一瞬、肩車に近い状態になったが、リリアはすぐにノールから落ちた。
「レベルを確認してみて」
地面に落ちて尻もちをついているリリアに語る。
「は……い」
ノールに全くダメージがないことに、リリアは気づく。
ひとまず、リリアは魔力を高めて自らのレベルを確認した。
数値は飛躍的に向上しており、三万程だったレベルが五万にまで上がっていた。
「あ、あの五万に上がっています!」
わずか数分足らずで、レベルが二万も上がっていた。
約二万を上げるのに半年もかかった経験から、リリアは驚きを隠せない。
「凄いよね、堅実に上がるのって。圧倒的強者を一発どころか何百発も殴りかかれることなんて普通有り得ないから」
「ええ、凄いです。こんなに早く強くなれるなんて!」
リリアはノールの顔を見る。
先程まで強い恐怖を抱いていたはずが、今ではそれ程怖く感じなかった。
「でも、本当に強くなるには実戦が必要。次はボクも手を出すから」
「……えっ?」
「ボクにも実戦格闘技の基礎を教授してくれた人がいる。魔族であり天使のグリードという人だ。あの人は弱かった頃のボクに情け容赦なく暗黒魔法を叩きつけ、骨や臓器が滅茶苦茶になる程殴りつけたりを平気で行った。でもその過程で魔力流動や武術を教えてくれたからこそ、ボクは水竜刀で戦う以外の戦い方を知れた。ボクも彼同様に実戦が大事だと思うし、これ以上の方法を知らない」
ノールはリリアに頬笑みかける。
「それでも、リリアちゃんはボクと強くなりたい?」
「勿論です」
リリアは即答する。
まだ、はっきりと記憶が戻っていないが強くならなくてはならないという意思がそう発言させていた。
「ノール流を教える際に、ボクとの実戦にまで臨む魔力体は十人中一人くらいだから、リリアが応じてくれて良かった。君はきっと強くなる。ううん、強くさせる」
先程までとは違い、ノールはリリアを呼び捨てしていた。
ノールの内ではリリアを痛めつける覚悟ができている。