戻らない記憶
翌日の早朝五時。
普段通りの時刻に、リリアは目覚める。
ノールやミール、エールはまだ毛布に包まり、起きる気配がない。
昨日のノールの発言を、リリアは少し気になっていた。
リリアは隣で眠るノールに近づき、顔を覗き込む。
魔力体であるはずなのに確かにノールは眠っていた。
「本当に、ノールさんは眠られるのですね」
人から生まれた魔力体と、魔力体から生まれた魔力体の違いは他にもなにかあるのか?
それが、リリアは気になった。
「なに? もう起きたの?」
すっと、ノールは上半身を起こす。
「起こしてしまいましたか?」
「あと、一時間半くらいは横になっていてくれない? 六時半から動かないとなんか気持ちが悪いの」
目を閉じながら、ノールは話していた。
それだけ言うと、ノールは再び横になる。
ノールの発言に従い、リリアも目を閉じる。
それから時間が経過して、時刻は六時半。
「おはよう、リリア」
その時間きっかりに、ノールは起きる。
「おはようございます、ノールさん」
「まずは朝の支度をしてから、ご飯作ろっか」
「ええ」
二人はベッドから出ていく。
ノールたちがメインに使っている部屋には、玄関とは別にもう一つ出入り口がある。
その扉をノールが開くと、そこは洗面所とトイレへの扉があった。
洗面所の台には、すでにリリア用の歯ブラシやコップなど各種アメニティグッズが用意されてあった。
朝の支度をし終えると、二人は四人分の朝食を作り始める。
作っている間もミール、エールはまだ寝ていた。
「二人の寝顔を見ているとさ」
「はい?」
「ボクは、とってもやる気が出てくるんだ。この子たちのためにボクは生きているんだなあって。本当にボクの生き甲斐だよ」
「ノールさんたちは家族なんですよね」
「そうなの、大事な大事な家族。このボク自身の命よりもね」
ちらっと、リリアを見る。
「料理をテーブルに並べるから、リリアは二人を起こしてくれない?」
「ええ」
ひとまず、リリアはエールから揺すって起こす。
「……あと、五分」
エールは全く起きる気配がない。
その間に、ミールは身体を起こす。
「おはよう、姉さん、リリア」
「おはようございます、ミールさん」
「リリア、エールはそう言っている間は絶対に起きないから洗面所まで連れていって」
「そうなのですか?」
ミールに言われた通り、エールを洗面所に連れていくため上体を起こさせる。
「………」
特になにも文句を言わず、リリアに体重をかけながらエールはベッドから立ち上がった。
エールはリリアに誘導されながら洗面所へ行き、目を閉じながら朝の支度を済ませていた。
ここまで連れていけば問題ないと思ったリリアはテーブルの椅子まで戻り座った。
「エール、いつまで経っても子供みたいなの。そこが可愛いところでもあるんだけど」
テーブルの上に料理を並べ終えていたノールが洗面所の方を見ながら話す。
「お待たせ」
ミール、エールがテーブルの椅子に座り、四人で朝食を食べ始める。
朝食後、ミールとエールはどこかへ出かけていった。
「二人はどちらに?」
「ああ、あの二人? スロート城の傍にあるアカデミーに通っているの」
「城の傍にアカデミーが?」
エアルドフ王国にも、アカデミーはある。
もしもミラディ城の傍にアカデミーがあったのなら、自らが女王になった暁には100%移転させるだろうとリリアは思った。
「リリア、君の学歴は?」
そう言いながら、ノールは定位置にしているソファーベッドに横たわる。
「王族の私には民が授かるような学歴など必要ありません」
「へえ、言うじゃん」
仰向けになり、ノールは腕を組んだ。
「ボクは、リリアと違って喉から手が出るぐらい学歴が欲しかった。ボクは三十才くらいになるまで幼小部の学歴さえなかったの」
ノールは手を伸ばし、ソファーの傍の床に置いてあった雑誌を手に取る。
「15年くらい……前だったかな? 総世界政府クロノスで七強としての仕事をしながら、クロノスのアカデミーに入学したの。とても早く卒業になっちゃったけどさ。幼小部や年少部は一日の講習で卒業になって、青年部もたったの二週間で卒業だった。ただ皆とボクは勉強がしたかっただけなのに。やっぱり、その当時に適性の年令でその場にいないとおかしいのかな」
不満げにノールは語っている。
本質的に学生としての生活も生き方も堪能したかった。
「まあ、ボクも悪かったとは思うよ。クロノス上位の者が幼小部から勉強させてほしいと頼み込めば、なにかの冗談だと思われるだろうし、それが本気だと分かってもらえても現場を戦々恐々とさせてしまった。そのせいで激甘飛び級卒業になったんだろうね」
「ノールさんは何才なのですか?」
「ああ、そっか。見た目は18才くらいだしね。ボクの年令は43才。魔力体は100才で、人間年令の20才くらいの見た目となって、あとは100才ごとに2才見た目年令が上がる。寿命となる500才で人間年令の30才くらいらしいよ」
「見た目の話は必要ないのでは?」
「大事でしょ、こういうの。だって、リリアはボクの年令が分からなかったはず」
ふっと、読んでいた雑誌からノールはリリアに視線を移す。
「ところで、リリアは今日なにするの?」
「なにをしましょうか? 私、なにをしていいのか分かりません」
「分からないのなら、この家で過ごすといいよ。そうすれば自ずとなにをしたいのか分かるはず。別に家賃とか食費もいらないし」
そのようにノールに言われ、リリアはお言葉に甘えてしまう。
エアルドフ王国や魔導剣士修練場のある世界に帰りたいとも思わず、ノールの家で日々過ごしていく。
皆と一緒に寝て起きて、ノールとともに市場へ買い物へ行ったり、孤児院に行ったり、城の図書館へ行ったりと大体そのような毎日を過ごしていた。
そうして、一ヶ月の期間が過ぎようとしていた。
「………」
リリアはテーブルの椅子に座り、静かに本を読んでいる。
この本は、リリアが読みたくて読んでいる本ではない。
ノールと図書館に行った際に、読むことを勧められた本。
特になにも文句をいうわけでもなく、すんなりとそれを受け入れていた。
最近ずっとリリアはノールの言われた通りにだけ行動している。
できるだけ、ノールの目の届く範囲内だけでの行動。
通常なら疑問を抱き、別の行動へシフトしている時期ではあるが……
「リリア“ちゃん”」
リリアの座るテーブルに、ショートケーキとミルクティーの入ったコップを置く。
「お勉強ばかりするのもいいけど、外で身体を動かすのもいいことだよ?」
ノールの口調はもはや子供扱い一辺倒になっていた。
「そうですわね」
「でも運動をする前に、お姉さんが作った美味しいケーキを食べましょう。今日のケーキも自信があるの」
ノールはとても生き生きしている。
お姉さんとしての立場でいられる時、ノールはいつもこんな感じ。
「ええ」
もうリリアはこの生活に疑問など抱いていない。
国や父親、セシルやギルド、そしてデミスのこと。
そういった話題をわずかに話したのも最初くらいなもので、今では全くふれもしないし、話題にもしない。
今でもその内容についてリリアの記憶は鮮明ではなかった。