日課
用意した夕食も食べ終わり、今度は四人で食器の片づけを行った。
そして、ノール以外の三人は各々また同じ椅子へ座る。
その間、ノールは銀製のティーポットで紅茶を淹れていた。
テーブルのところまで戻ってくると、ノールは手に持つトレイから四つのソーサーに乗ったカップを各々の前に置いていく。
「紅茶、どうぞ」
食後のリラックスタイムに紅茶を飲むのが、この家での日課。
全員に配り終えたノールも椅子へと座る。
「姉貴、風呂は? あと、寝るところ」
エールが、一度リリアを軽く指差して聞く。
今の発言はリリアのために聞いていた。
「いつも通り」
三つ並んだベッドを指差す。
「これ、三人用だけど?」
「詰めれば問題ないよ」
「大丈夫かな……あと、風呂は?」
「皆で入るに決まっているじゃん」
「アタシは全然構わないけど、リリアと兄貴はどうだろうかなっと思って」
「あの、少しよろしいですか?」
もしやと思い、リリアが尋ねる。
「ミールさんも一緒にお風呂へ?」
「毎日全員一緒に入っているけど?」
不思議そうにノールは語る。
「私一人で入ることは……」
「それは無理だよ。だってさ、この家のお風呂はここだから」
テーブルに肘をつき、ノールは自らを指差す。
「ですが、殿方と一緒は……」
「さっき、孤児院の男の子たちとも一緒に入っていたじゃん。身体を見られるのが嫌ならタオルを使うといいよ」
「そういうものですかね……」
「じゃあ、早速」
まだ納得していないのに、普通にノールは着ていた水人衣装を消し、下着姿になる。
「えっ?」
リリアが困惑していると、ミール、エールも当然のように服を脱ぎ出していた。
「リリア」
「?」
声をかけられて確認すると、ノールはもう裸になっていた。
広げた手のひらからは魔力による水が溢れ出ている。
周囲に水が飛び散ってもなお、周囲は水に濡れた様子が一切ない。
「脱がないと身体洗えないよ」
「………」
結局、タオルもなにも渡されない。
仕方なくリリアもドレスを脱いでいく。
ミールの存在を気にしながら。
リリアの考えとは異なり、ミールが自らの身体に関心を寄せることはない。
何度か視線がリリア側に行くことがあったとしても。
エアルドフ王国でも、ギルドでの仕事先でもリリアは魅力的で美しい女性と見られていた。
そのせいか、ミールの無反応が安心よりも逆に不愉快な気分。
この私の美貌に関心を示さない殿方が存在するとは……
口には出さないが、身体を洗い終えたリリアはそう思いながら普段着のドレスを着ていく。
先程の孤児院の時とは異なり、水人能力で発生した水のダメージはない。
ノールの施した効果により、攻撃ではない水人能力なら対処できるようになっていた。
「リリア、魔力の水には慣れた?」
すでに、ノールは水人衣装をまとっていた。
下着を着てから、水人衣装を身にまとった状態で発現するだけなので、着替えの時間が一番短い。
「ええ、まあ……」
「ミールが身体を見ても、なにも反応しなかったのが気になる?」
「えっ」
「孤児院の時もそうだったけど、やっぱり皆で一緒に入っているからかな」
「見慣れている、ということですか」
なにか、リリアの頭に思い浮かびそうなものがあった。
自らにも、とても大事な、一緒にお風呂にまで入る幼き存在がいたような……
しかし、それが思い出せない。
「ねえ、リリアは炎人衣装を着ないの?」
「実は私、炎人衣装の出し方が分からないのです」
「冗談でしょ? 炎人化はできるよね?」
「炎人化は私が初めてこの手で殺害した友人との命懸けの戦いで習得しました」
しんみりした様子で、リリアは語る。
記憶がちぐはぐになっているが、なぜかトゥーリのことはすぐに思い出していた。
「そっか、大変だね。命懸けの戦いは傭兵稼業をやっていればいくらでも転がっているからやんなっちゃうよね。ボクも何度か死んだからそれは分かるよ」
「えっ」
「炎人衣装については任せて」
ノールはリリアの肩に手を置く。
ふっと、なにか忘れていたものを思い出した感覚がした。
「炎人衣装が今なら出せそうな、そんな気がします。ですが、今のは一体?」
「ボクは魔力邂逅だよ。魔力体の能力向上くらいは簡単にしてあげられる」
「魔力邂逅とはなんなのですか?」
「魔力体が世界にいる人や物だとすると、魔力邂逅は世界そのものかな? 魔力同士が出会う場所であり、発生源」
「そうですか」
「なんか適当に返事していない? それはともかくもう寝ようか」
「もうそんな時間ですか?」
壁かけの時計を確認する。
時間はまだ八時頃だった。
「もう八時でしたか、気づきませんでしたわ」
普段から八時に寝ているリリアには問題にならない時間。
ミール・エールもこの時間帯に寝るのが日課らしく特に問題なく床に就く。
四人は三つのベッドへ狭いながらも寝に入った。
壁側に置かれたベッドからミール、エール、ノール、リリアの順に。
時間が経過し、リリアは目覚める。
隣に寝ていたノールの気配が消えたからだった。
仰向けの状態から身体を捻り確認すると、やはりノールはベッドにいなかった。
「ノールさん?」
ベッドから姿を消してはいたが、リリアにはノールがどこへ向かったかが分かる。
魔力となり、ノールは外に出ていた。
「しかし、なぜ外へ?」
ミールやエールたちを見る。
二人は寝息を立て、静かに眠っていた。
「こんな深夜にノールさんがなにをしているのかを、二人とも気づいていないのですね」
気になったリリアは、ノールを追って外へ出る。
時刻は深夜。
月明かりが頼りな程、辺りは薄暗い。
だが、ノールはすぐに見つかった。
ログハウス風の家の正面にある黒塗りの屋敷。
ノールは屋敷のとある部屋を家の前で眺めていた。
「ノールさん」
「ん? 起きたの?」
「なにをしているのですか?」
「今は静かにしてて」
「………」
少しだけ寂しそうに、ノールは話す。
察して、リリアは静かになった。
ふっと、ノールはとある部屋に視線を戻す。
黒塗りの屋敷三階の部屋に一つだけ明かりがついている部屋があった。
そこをどこか嬉しそうであり、どこか寂しげな表情でノールは眺めている。
リリアも一緒に静かに眺めることにした。
それから数分が経ち、三階の部屋に人影が映る。
姿を見せたのは綺麗な人物だった。
外の暗闇に映える純白のドレスを身にまとい、ブルーグレー色の長い髪。
眼鏡をかけた細身で美しい女性の姿。
優しそうな表情でノールを静かに見ていた。
「気づいてくれた」
そう言葉を漏らしたノールは笑顔で手を振る。
十数秒程、ノールは手を振っていた。
優しく女性はノールを見つめていたが、窓から離れ部屋の明かりも消えた。
それは一分にも満たない時間だった。
「さっ、戻ろうか」
リリアに声をかけ、家にノールは戻ろうとする。
「隣の屋敷の女性に会いたかったのですか?」
「それは色々と間違っているよ。ここに来たのが君は初めてだろうから仕方ないけど」
黒塗りの屋敷を指差す。
「これは、R・ノール名義の屋敷。所有者は、このボク。だからあのクロノは徴収に来るの。あと、あの部屋にいるのは男性」
「えっ? ならどうして屋敷に住まないの……あれが男性なのですか!」
黒塗りの屋敷に住まない理由が気になったが、どこからどう見ても女性だと思った人物が男性と言われ、リリアは驚きを隠せない。
「あのイケメンを女性扱いとはね」
「だとすれば、なぜあの方はドレスを?」
「あれは仕方ないの。ボクがキングで、あの子がクイーンの順位になったから」
「意味が分かりませんが」
「詳しく知りたいのなら、R・ノールコロシアムに行ってみるといいよ。とっても楽しいし、一日中をそこで過ごせるはず。ちなみにキングが一位、クイーンが二位ね。それはいいとして」
ログハウス風の家を指差す。
「子供はもう寝る時間」
「私は子供ではありません」
「見た目はね」
ノールに手を引かれ、二人は家に戻る。
「さっ、リリア。もう寝ましょうね」
「え、ええ」
やけに嬉しそうなノールは完全にリリアを子供扱いしている。
段々と口調も子供に対してのものへと変わり始めていた。
「なにか、引っかかりますね……」
そのノールの変化にはリリアも違和感を抱いている。